魅惑の魔術師

 魔術師同士の戦いは向かい合った時には既に終わっている、という説に私は賛成の立場を取る。戦場で剣や斧を振り回すだけが必ずしも優位を意味するわけではないように、単純な腕力で劣る我々の勝負はそれよりも前から始まっているものだ。それ故に1人の魔術師が大軍を相手に勝利を収めるためにはそれ相応の下準備というものが求められるし、巧妙に罠を張り、知略を巡らせ絡め取るための努力を惜しんではならない。

 もっとも私がその籍を置くウインターホールド大学はこの類の話に手を貸すことはなく、それだけに内戦の続く日々でも研究に専念していられる環境が整っているわけではあるが、1度支度の整った舞台に上がった時にはもう決着はついているという魔術師の大前提をついうっかりとでも忘れてしまえばそれは致命傷となり得るだろう。それを常に心に留めておかねばならないという教訓を、私は微かな緊張と共に思い出していた。

「――先生、もしかしてお口に合いませんか?」
「ん? いやいや、そんなことはない。他ならぬアークメイジの手料理だ、合わないことなどあるものか」

 そんなことを悠長に考えていれば先手を取られるもやむなし。私は内心で冷や汗をかきながらもさすがハイロックの血筋と思わせられる見事な料理の数々を口に運ぶ。そこで過ごした記憶はなくなってしまっても、舌の覚えは消えはしないということだろうか。初めて逢った時にはまだその魔術の才能もブレトンであるがためかと思っていたものだが、決してそれだけではないことはすぐに彼女自身が証明してくれた。マグナスの加護を受けていると讃えられるに相応しい、アークメイジという重職を十分に務められるほどの力の片鱗はあの頃からもう現れ始めていたのだろうから。

 見どころがあるからこそ助手に欲しいと思っていたことなど、立場が逆転した今となってはもう一生涯の秘密にしなくてはならない。

「あの……先生、どうかなさいましたか? 今日はずいぶん口数が少なくていらっしゃるような気がしますが……」
「そうか? 自分としてはそういつも何かしゃべっているというつもりはないんだが」
「きっと先生はご自身が考えていらっしゃるよりもよくお話しになっていると思いますよ」

 相手が魔法を唱えてからシールドを展開してももう遅い、それを如実に感じる。くすくすと笑うアルマに思わず目が釘付けになり、私はそう大して飲めるわけでもないアルトワインを口に運ぶことで防戦一方の自分をごまかすしかなかった。

「今日は前のようにアルマと呼んでください。アークメイジと呼ばれるのも最近はずいぶん慣れましたが、それでもまだ私には過ぎた称号のように感じることがありますから」

 謙虚にそう言う彼女ではあったが、もしここに他の教師たちがいたなら胸を貼ってその肩書きを名乗れと言ったに違いない。アルマが大学の門を叩く前からウインターホールドの住民をその首長も含め何度か手助けしていたこともあり、最近はずいぶんと地元との交流も増えてきたものだ。まだ若い彼女が学長の座に就いたことは良い意味で大学の空気を変えつつある。誰もが偉大なアークメイジであったと疑いなく認める歴代の学長をも上回るかもしれないと思わせるものを、アルマは確かにその身に秘めているのだろう。

「だがそれでは私の方が気が引けてしまいそうだな。何せお前はもう私の教え子ではない、この大学の欠かすべからざる存在になってしまったわけだから」
「そんなことはありません!」

 私が言葉を終えるかどうかという時、間髪入れずに少し大きな声が上がった。日頃から穏やかなアルマにしては珍しいその様子に目を瞬くと、自分でも礼を失したと思ったのか僅かに頬を染めた彼女が俯き気味に続ける。

「トルフディル先生はいつまでも私の先生です。もう教え子ではないなんて、そんな寂しいことはおっしゃらないでください」

 どきりと自分の心臓が不自然に大きな鼓動を刻む。何と答えるべきか、上手い言葉など到底すぐには思いつかない。退路はことごとく絶たれ、私は避けていたある1点へとアルマの手によって導かれていくような気がしていた。だが考えてそうしているならばこの戦術は賞賛に値するほどだが、恐らく彼女は無意識のうちにこの巧みな話術を展開している。だからこそ私はそれを避けることも叶わず、しっかりと纏ったはずの心の鎧を剥がされるがままだ。

「そう肩を落とさないでくれ。アルマ、お前ほど優秀な生徒を私は他に知らない」
「先生……」
「今日こうして食事に招いてくれたことも、私は感謝しているよ」

 柔らかな微笑みを引き出した私はしかしまた1歩大きく敗北に近づく。だがそれが何だというのだ? 私の心はむしろその瞬間を待ちわびているではないか。私の反撃など無力に等しく、逆にアルマの一挙一同は確実に私の秘密を暴いていく。変性魔法の研究に生涯を捧げてきたこの私が、それ以外のことにこんなにも心躍ったことなどきっと1度もなかったに違いない。

 若く、美しく、自分とは比べ物にならない才能を持った彼女に膝を屈したいという私の秘密。アルマという魅惑の魔術師に年甲斐もなく惹かれてしまったと気づいた時にはもう全ては手遅れだったのだ。彼女から寄せられる純粋な敬意を私の望む好意だと思い込みたい。マスターウィザードという地位で、せめて他の者より近くにいたい。自ら術中に飛び込んでいくにも等しい愚かな行為だと知っていても、誘われればこうしてアルマの元へと足を運ばずにはいられない。

 彼女は何も隠し立てなどしていないというのに、知れば知るほど深みに嵌まる――だがその底は未だに見えず、私はとてもアルマの全てを知っているとは言い難い。

「それは、トルフディル先生ですから」

 そんな時、ついに勝負が決する瞬間が訪れる。落ち着きなく膝の上で手を組んだアークメイジはさまよわせていた視線を私に戻し、囁くような……それでいて私にははっきりと届く声でそう言った。

「先生のことはもちろんずっと尊敬していますが……その、もう少し魔法のこと以外もお話しできればと……そう、思って。あの」
「…………」
「も、もちろんお時間のある時だけで。先生の研究のお邪魔をしようとは思いませんし、その次か……次の次か、もっと後でもいいんです。でも」

 “たまにこうして2人でお会いできれば嬉しいです”――続けられたその言葉と共に解き放たれたのはこの世界で最も強力な魅了の魔術だったかもしれない。私はきっとこの先もずっと、この内気で愛らしい魔術師の虜でい続けることだろう。だからと言って私に不満があるなどとは思わないでほしい。それこそが私の望みであり、そして夢でもあったのだから。

「お前が望んでくれるならいつだって時間を作ろう、アルマ」
「……!」
「私もちょうど同じことを考えていたところだよ」

 マスターウィザードの地位をファラルダに譲るのは、どうやらまだまだ先になりそうだ。