Into the Light

 繰り返し何度も見る夢、それはいつもこのヴィヴェクの聖堂の中だ。私の前には険しい顔をしたサリョニ大司教が立っていて、夢の中の私は指一本動かすこともできずに続く言葉を聞く。あの時、私が全てを失った瞬間に耳にしたのと同じ言葉を。

「そなたを今この時限り永遠にトリビュナル聖堂から破門する。ただちにこの場から立ち去るがいい」

 言葉で人が殺せるのなら、私はその時確実に死んでいた。生きていたくなんてなかった……誰よりも想いを寄せていた人から、こんな風に別れを告げられるくらいなら。

 サリョニ様、と夢の中の私は泣きながら何度も叫ぶ。けれど声が枯れるほど大きな声で叫び続けたところで、その人が私の方を再び振り返ってくれることはない。私は必死に腕を伸ばそうとしているのに、サリョニ様の背中はどこか遠いところへどんどん遠ざかってしまう。悲しみのあまりに息ができない。絶望で目の前が真っ暗になる。もう二度とその人に会えなくなってしまうことが、夢の中の私にははっきりとわかっているのだ。

 側にいられるのならそれだけでよかった。ただサリョニ様の近くで、その姿を見ていられるのなら幸せだった。そのためなら何でもできた。どんな困難も苦とは思わなかった。例えアズラ自身が私をネレヴァリンだと認めても、私はトリビュナル聖堂の司祭でいたかった。

 なのに――。

「……マ……ルマ、アルマ!」
「っ!?」

 はっと目を開けば深刻そうな表情でこちらを見ているサリョニ様が映り、私はその人が何度も声をかけて悪夢から呼び覚ましてくれたことを知った。

「サ……リョニ……さま」

 私はぐったりとしたまま、震える声でその人の名を口にする。目の前にいる人が幻ではないことを確かめようとでもするかのように。

「ひどい汗だ、今着替えを――」
「待ってください!」

 肩に触れていた手が離れた瞬間、私は自分でも驚くほどの勢いでサリョニ様の腕を掴んだ。今この人と離れてしまったら、あの夢が現実になってしまいそうで。

「大丈夫です……大丈夫、ちょっと恐い夢を見てしまっただけですから」
「……私の、夢をか」
「!」

 小さな声で呟かれたその言葉に、私は二の句を継ぐことができなかった。思わず黙りこくってしまった私を、サリョニ様は悲しそうな目で見つめる。

「そなたがうなされている間、何も口に出さなかったと思っているのなら間違いだ。そなたがいつのことを夢に見ていたのか、それを改めて尋ねる必要はない。それに……そなたがこの夢を見るのもこれが初めてというわけではないだろう」

 この人は全て気づいている、それは私にもすぐにわかった。いつの頃からかずっとこのことに気づいていて、それでいて何も言わずに黙っていてくれたということを。

 私がネレヴァリンであるという証が立てられた時から、いつか来ることがわかっていた別れ。サリョニ様がトリビュナル聖堂の大司教で、私がその天敵であるアズラの預言に記されし者である限り、それぞれの道は決して交わらない。私がどんなにその人と同じ道を歩みたいと思っていても、それが不可能なことはわかりきっていた。

 それでも心の中で望み続けていた願いが打ち砕かれた時のことは、全てが終わりサリョニ様の腕の中にいられる今でさえ折に触れて蘇る。愛する人に愛される幸せを得ることができたというのに、私はそれでもこの悲惨な夢を繰り返し見てしまうのだ。それは自分の意志とは関係なく、忘れられたと安心した頃を狙いすましたかのように訪れる。まるで私が受ける傷が最も大きくなる瞬間を知っているかのように。

 できることなら忘れ去ってしまいたい。悲痛という言葉ではとても表しきれはしないようなあの日の記憶。今こうしていられる幸福を壊してしまいかねない、苦痛に満ちた過去のことなんて。

「……アルマ、すまない……」

 唇を引き結んだサリョニ様の辛そうな表情を見ていると、私は心臓の辺りが鋭く締め付けられる。こんな顔なんてさせたくないのに。私といて幸せだと、この人にも心からそう思ってほしいのに。

 けれど、私といることが罪の意識を突きつけられているに等しいことだったなら。もしサリョニ様が否が応でもそれを感じてしまわざるを得ないのなら、きっとこの関係も長くは続かない。こんな拷問に耐えきれずいずれ相手がここから去ってしまうか、そうでなければ私が自ら解放してあげなければいけないはずだ。

 やはり私たちは一緒にいてはいけない運命だったのだと、この気持ちにけじめをつけなければならない。本当にその人を不幸にしたくないのなら、サリョニ様のことを愛しているならそうしなければいけないことはわかっている。

 でも――。

「ち、が……いま、す。違うんです。サリョニ様は何も悪くない……!」
「アルマ」
「サリョニ様は私を受け入れてくれました。今もこうして一緒にいることを許してくださいました。それだけで十分なんです。これ以上何も望むことなんてありません。だから――」
「アルマ!」

 だから私を捨てないでください、その言葉は少し強引に重ねられたサリョニ様の唇へと消える。抱きしめられ、口づけられ、あっという間に涙が頬を濡らす。幸せで、なのに苦しくて、どうすればいいのかわからなくて。

「私がそなたに負わせた心の傷は一生かけても癒えないだろう。それを償いたいという思いももちろんある。だが私がそなたを愛しているのは、そのこととはまた違う次元の話だ」
「……!」

 優しいキスを終えたサリョニ様は、何度も私の髪を撫でながら真っ直ぐに私を見つめてそう言った。

「誤解のないようはっきりさせておくが、私がそなたの側にいたいと思うのは贖罪が理由ではない」
「サリョニ……様……」
「そなたを傷つけた者が言えることではないが……私はもう大司教の立場ではなくなった。ようやくアルマ、そなたと共に在ることを許される身分になったのだ。そなたを守り、そなたの笑顔のためだけにこの身を捧げることのできる者に」

 私の涙を拭ってくれる温かい手が与えてくれる安らぎ。すがりつくように抱きつく私を、その人はぎゅっと強く抱きしめ返してくれる。

「アルマ、私はそなたを愛している。私の側にいることが必ずしもそなたにとって最善ではないとしても、そなたがそれを望む限り、私はもう決してそなたを離しはしない」

 それはかつて説法を説いていた時と同じ、断固とした意志と決意に満ちた揺るぎのない言葉だった。サリョニ様自身がそれを望み、求め、信じているとはっきりわかる。私がその人のことを想っているように、サリョニ様もまた私を必要としてくれているということが。

「サリョニ様……サリョニ様、っ!」

 私は相手の胸を涙で濡らしながら、子供のように何度もその名前を呼び続ける。これは許されない想いなのだと、ならばせめて役に立てる手足としてでもいいからその側にいたいと、そう思っていた頃には決して口にできなかった感情を込めて。

「ごめんなさい、私のせいで……あなたを辛い目に遭わせてしまって」
「何を言う。こうして傷ついたそなたを抱きしめることが苦難だと言うなら、私は喜んでその役を生涯独占させてもらおうではないか」

 私を見つめているサリョニ様のまなざしはひどく優しい。それは誰にでも平等に向けられる慈悲の温かさを秘めていながら、私だけが知っているその人個人の愛情にも満ちている。私だけが知ることを許された、ソラー・サリョニという人の限りない愛が。

「そなたがあの時の夢を見て、私の言葉に再び傷つきうなされているのを見るのは辛い。だがそんなそなたの傷を癒せるのも、また私の言葉であってほしいと思うのだ。あの時そなたを守ってやれなかったという私の後悔を、昇華できるのはこの世にそなたただ一人しか存在しないように」

 再び唇が重なり、私は愛する人の腕に抱かれながら穏やかに目を閉じる。もうどんな夢を見ても恐くはない。例えまた同じ夢を見ても、サリョニ様は必ずこうして抱きしめてくれることがわかっているから。

「さあ眠れ、我が愛し子よ。私はずっとそなたの側にいる」

 そう囁いてくれたその人の声の何と心地いいことだろう。私は幸せに包まれながら、まどろみの中で愛する人に微笑んだ。