Deal of Life

「お前もつくづく阿呆な女よな」

 私の前で胡座をかいて座っている人はどこかおもしろそうにそう言った。

「確かにお前はテルヴァンニの貴族だ。それもマスター・ウィザードの一人とくる」

 残り少ないゴブレットの中身を飲み干し、口元を片手で拭いながら、それでもザイナブ族の長が私から視線を外すことはない。

「私は魔術師どもの家のどれかから貴族の嫁を見繕ってくれとは言った。だが自ら名乗りを上げるような阿呆は後にも先にもお前しかいまい」
「やはり私ではご不満ですか」

 ネレヴァリンとしての予言を成就させるためにこの人の元を訪れた私は、近隣に根城を定めたという吸血鬼退治を頼まれた。それ自体はそう難しいことではなかったのだけれど、彼は――コシャド族長はしれっと真の無理難題をふっかけてきたのだ。すなわち、テルヴァンニの名家の中から彼の花嫁を見つけてくるように、と。

 無論そんな荒唐無稽な話を引き受けてくれるような女性がいないことはわかっていた。かと言って賢女のソナンムさんが提案していたように別人をそれらしく身代わりに仕立てるのも、コシャドさんと女性の双方にどうにも申し訳ない気がしたのだ。

 彼を満足させない限り私はネレヴァリンにはなれない。けれど、私は知っていた。テルヴァンニの貴族の位を持っていて、それでいてアッシュランダーへの偏見もなく、独身で、できれば暖かい家庭というものを持ってみたいと思っている人物を。

「家柄というか、本人自体が高位の貴族であれば構いませんか。それがダンマーではない、別の種族の女性だとしても」
「ん? ああ、構わん。ただしさっきも言ったように、見目と肉付きがよく子を何人でも産めそうな尻をした娘というのは譲れんぞ」
「……外見については、ご自身で判断してもらった方がよさそうですが」

 手振りを交えて熱く希望を語るコシャドさんを見てしまうと、さすがにその先を続ける勇気がくじける。馬鹿げたこと、笑い話、きっとそんな風に言われるのがオチだ。それでも――。

「どうした? 嫁の目星がついているならとっととここへ連れてくるがいい。そうすればお前を我がザイナブのネレヴァリンとして認めてやる」
「……ですか?」
「何?」
「では、私でいかがですか?」

 いくら冷静さを装おうとしても、心臓の鼓動が破裂しそうに早い。けれど、他に手段なんて思いつかなかった。五大家の評議員の位を持っていて、こんな話を受けてもいいと思えるような人なんて、私自身以外に誰がいるだろう?

 族長はあっけに取られた顔で、しばしの間言葉一つ口にしなかった。それでも数度目を瞬くと、にやりと口元を緩めて言った。

「おもしろい、お前自ら蛮族の生贄に身を捧げると言うか。とんだ女よ」

 そして私は数日の準備の後にザイナブの集落で婚礼を挙げ、今に至る。今しがた終わったばかりの婚儀の衣装をこの身につけたまま、妻として最初の義務を果たそうと。

「私がどこの誰とも知れない身で、アッシュランダーどころかダンマーでもないことが気にかかるのなら、まだ」
「もしそうなら大人しく婚儀など終えやせんさ。だが私はそうしなかった。その意味するところくらいはわかるか?」

 ゆっくりと伸ばされた手が私の顎を捉え、上向かせる。

「私はお前を気に入った。その豪胆、加えて魔力の強さ、どちらも人間の女としては破格だ。それにお前は私の言った条件を満たしている――少なくとも、その顔はな」
「っ!」

 我ながら恥ずかしいけれど、自分の頬が赤くなっているのがわかる。彼と私しかいないヤートの中で、これから婚姻を本当の意味で完成させようとしているのだから無理もないかもしれないけれど。

「もう夜も更けた。それ以外の方はどうなのか、そろそろ確かめさせてもらうとするか」
「あ……!」

 そう言ったコシャドさんの手が私の身を包んでいるザイナブの衣服を脱がせ、幾重にも重ねられた手織りの布をかき分けるようにして私の身体を露わにしていく。

「……ほう!」

 その声に落胆の響きがなかったことは、私をかなり安心させてくれた。私は恥ずかしさのあまり強く目を瞑っていて、相手の表情を確かめることなんてとてもできそうになかったのだから。

「これはこれは、眼福だな。魔術師の服を着ていた時は、まさかこんなものがその下に隠れているとは思いもしなかったが」

 満足そうなその声に、私は恐る恐る目を開いて族長を見る。

「強欲で狡猾なテルヴァンニの中でも最高の魔術師どもの一人が、ずいぶんと初心なことよ。だが」
「きゃ……!」
「それでこそ我が花嫁にふさわしい」

 突然両手で抱き上げられて、私は思わず小さな声を上げた。けれど、そんなことで勇猛果敢なアッシュランダーの長を止められるはずもない。私を寝所の上に放ると、自らもシャツを脱いだコシャドさんが私の頬に手を添える。

「アルマ、我が花嫁。約束通りこれからお前を抱かせてもらう」
「は、はい」
「お前は夜毎私の相手を務め、我が血を引く強いザイナブの戦士を幾人も産み育てるのだ」
「はい」
「……っくくく、ははははは!」

 でもそこでコシャドさんは突然笑い出し、今度呆気に取られたのは私の方だった。何も変なことを言ったつもりはないのに、一体どうしたというのだろう。

「あ、あの……コシャドさん? 何を……」
「ははは……はは、すまん。信じがたいほど物事がうまく進んでおるのでな、笑わずにはいられんのだ」
「えっ?」

 私が困惑しながらそう聞き返すと、彼の赤い目がいたずらっぽく細められる。

「アルマ……我が部族のネレヴァリンよ。お前が何を望み、何を考え、この話を受けたのか予想はつく」
「!」
「そう驚いた顔をするな、私はお前や周りの者が考えているほど凡庸ではないのだぞ。まあそれはおいおいお前にもわかるだろう。とりあえず今一つだけ言えることは――」

 お前の願いは私が全て叶えてやる、と。情熱的な口づけの直前、コシャドさんは私に向かってそう告げた。

「お前の亭主はモロウィンド随一の男だ、後悔などしたくてもさせるものか」
「コシャド……さん……」
「さあ、ではお前のためにさっそく新たな家族を作るとしよう。お前が身を呈してでも守らずにはいられんような、愛くるしい赤子をな」

 ――そして私は彼の手によって名実共にザイナブの族長の妻となった。それでももし相手がコシャドさんではなかったならば、私はこんな突飛な話を自ら引き受けていただろうか? 答えは、否だ。

 きっと私は相手がこの人だったからこそ自ら花嫁になろうと思ったのだ。コシャドさんなら、不真面目そうに見せかけてはいても真実を見抜く力を持っているこの人なら、私の全てを受け止めてくれると心のどこかでわかっていたから。

 だから、私はここで幸せになれる。ネレヴァリンとしての使命を終えた後も、私には帰る場所がある。私を待っていてくれる人たちがいる。それがこんなにも嬉しいことだなんて。

「……ありがとうございます。コシャドさんの……あなたの望みも、早く叶えられるように努力しますね」

 秘密を打ち明ける時のように小さな声で私が囁くと、隣に横たわる人からは満足そうな寝息が聞こえた。