エラベニムスンの族長、ハン・アンムさんは私の恋人だ。他のアッシュランダーの族長は年長で強面な人も多いのだけれど、ハン・アンムさんはまだ若く、そしてとても温和で優しい。あまり戦士としての気質には恵まれていなかったからか、アッシュランダーとしては苦労の多い人生を送ってきてはいるのだろうけれど、その分グアーの育て方や血統については誰よりも詳しく、私の知っている限りこの分野で彼の右に出る人はいないだろう。
初めて会った時こそおどおどとして目も合わせてはくれなかったハン・アンムさんだったけれど、彼が人一倍他人の気持ちに敏感な人であることはすぐにわかった。エラベニムスンの人たちを失望させたくないからこそ、自分は族長の重荷を引き受けることはできない、もっとその立場に相応しい力のある人にこそ集落を率いてもらいたいと思っていたことも。
そんな彼と長い時間をかけて話し合い説得をしている間に、私はハン・アンムさんに淡い憧れを抱いた。戦いよりも平和な世界に必要とされる資質を備えたその人は、戦いを宿命づけられたネレヴァリンである私にはとても眩しく見えたのだ。
ヴァーデンフェルの大地にもう一度穏やかな日々が訪れれば、ハン・アンムさんはきっとグアーやネッチを愛情を込めてたくさん育てるだろう。もしその時、私が彼の近くにいて、その笑顔を眺めていられたら。それはとても幸せなことだろうと、思い描かずにはいられなかった。そして……。
「僕はあなたに釣り合う男ではありませんが、絶対にあなたに悲しい思いはさせません。アルマさん、あなたのことが好きなんです……!」
レッドマウンテンでの戦いが終わり、モロウィンドに再び平和が訪れて、ハン・アンムさんが私のことを好きだと告白してくれた時、私は嬉しいあまりにその場で泣き崩れてしまったものだ。その時慌てて私の背中をさすってくれた手の温かさを、これから先も私が忘れる日なんて決して来ないだろう。
エラベニムスンに来るたびに彼は私を優しく迎え入れてくれて、グアーの放牧の合間に見つけた花や果実をプレゼントしてくれることもある。ハン・アンムさんと過ごす時間は幸せで、大切にしてくれていることに不満なんてあるはずもないけれど、重ねてはすぐに離されてしまう唇に寂しさを感じないというわけではない。
あともう少し一緒にいたいのに、日暮れになると彼は必ず私を家に帰してしまうし、夕食を共にすることさえ少ない。最近は私と二人でヤートにいると何だか上の空のような気もするし、会話も長くは続かなくなってしまった。
私はハン・アンムさんともっと親密な関係になりたいのに、やっぱり私とそんな風になることは考えられないのだろうか。好きだと言ってくれただけで満足しなければならないのだろうか。彼の肌の温もりを感じたいと思ってしまう私はおかしいのだろうか……?
「ハン・アンムさん……」
お互いの背に腕を回して、啄むような口づけを何度も重ねて。その日も私はエラベニムスンの集落を訪れて、ハン・アンムさんと恋人らしいひと時を過ごしていた。一緒にグアーの放牧をして、手を繋いで、抱きしめ合って、キスをして。そして日も傾き涼しくなってきたからと、彼のヤートに戻ってきたところだった。
いつもならもうすぐハン・アンムさんに促されて私は集落を後にする。でも、今日はここよりも先に進みたい。だから私は彼の名前を呼ぶと、自分からその首に腕を回して口づけたのだ。
「……アルマさ……ん」
角度を変えてキスを繰り返し、頬をすり寄せ、身を寄せてその先をねだる。ハン・アンムさんの吐息が微かに乱れ、私の首筋をくすぐってはいるのに、それでも彼はそこから先に進もうとはしなかった。ぎこちない手つきで私から身を離すと、ハン・アンムさんはこちらに顔を向けないまま口を開く。
「も、もう時間も遅いですし、今日はそろそろお帰りになった方が。もし泊まるのであればマニライさんのヤートへ……っ!?」
いつもと同じ言葉を口にした彼に私は最後までそれを言わせず、ハン・アンムさんを勢いのままに敷物の上に押し倒した。
「ア……アルマさん……!?」
何も言わずに馬乗りになった私を見上げて、彼は困惑した表情で尋ねる。それが無性に悲しくて、私は目に涙を溜めたまま聞いた。
「ハン・アンムさんは……私のこと、どう思っているんです?」
「ど……どう、って」
「好きですか? それとも嫌いですか?」
「も、もちろん好きです!」
「なら……なら、どうしていつもここから先へ進もうとしてはくれないんですか……?」
ずっと胸の中にしまい込んでいた思いが言葉になると同時に、私の頬を涙が一雫こぼれ落ちる。こんな風に言わないと触れてももらえないほど私には魅力がないのだろうか。こんな風に言っても、まだそんな風に見てもらうことはできないのだろうか。
「アルマさん……」
「…………」
「僕は……あなたが大切なんです。大事だから、傷つけたくない」
そっと伸ばされたハン・アンムさんの手が私の肩を掴み、どこか苦しげに歪められた赤い瞳が私をじっと見つめる。
「僕もエラベニムスンの男なんです。こんな青瓢箪ではありますが、血気盛んな一族の血が流れていることは間違いないんですよ。あなたと……アルマさんとそういうことをして、もし欲望のままに無理をさせてしまったらと思うと、僕は」
「それでもいいと言ったら?」
「……アルマさん……」
困ったような、呆れたような声。こんなことばかり言っていたら二人の関係も終わってしまうかもしれない。ハン・アンムさんに嫌われてしまうかもしれない。それでも、伝えずにはいられない――彼のことが、大好きだから。
「私だって、女です。あなたに抱きしめてほしいし、キスもしてほしい。あなたもそれを望んでくれるのであれば、その先だって。そう思うのはおかしなことですか?」
「そんなことは……」
「私はもっとあなたと一緒にいたい。あなたのことをもっと知りたい。もっと……あなたを感じたい。でも……でもそう思っているのは私だけで、ハン・アンムさんは私のことなんて」
「アルマさん!」
出し抜けに私の名前を呼んだハン・アンムさんは私を両腕で抱き寄せると、身を捩って私を床に組み敷いた。そのまま唇をふさがれ、熱い舌で口内をくまなくまさぐられる。今まで恐る恐る重ねていたキスとは違う、もっと濃厚で欲望に満ちた口づけ。長く続いたそれから解放され、呼吸が乱れたままの私を見下ろしながら、彼は何かを我慢しているようにきつく眉を寄せたまま掠れた声で言った。
「……本当にいいんですか? 僕は優しくできないかもしれませんよ」
「あなたなら、いいです。それでも」
「もう……困った人ですね、あなたは……!」
私の肩口に顔を埋めながら、ハン・アンムさんは両腕で私をぎゅっと強く抱きしめる。
「あなたは自分だけと言いましたが……僕だってずっとあなたが欲しかった。こんな風にあなたに触れたかった。知ってましたか? 僕はあなたといると、いつだってそういうことを考えずにはいられなかったって」
「そう……だったんですか?」
彼は決まり悪そうに視線を逸らしながらも、耳まで真っ赤に染めながら小さく頷いた。
「あなたみたいに魅力的な人の側にいて、それを考えない男なんていませんよ。でもあなたにそれを知られるのが恐かった。いつもこんなことばかり考えていると知られたら、嫌われてしまうに違いないと思っていましたから」
「そんな……」
だから二人きりでいると黙り込んでしまっていたのだろうか? 頭の中をよぎるいろいろなことを、考えないようにするのに忙しくて。私が彼に嫌われたくないと思っていたように、ハン・アンムさんも、私のことを。
「でも何度も何度も考えていました、いつかもしこんな日が来たら……あなたが僕を受け入れてくれる時が来たら」
「……来たら?」
「もう絶対にあなたを離さない、アルマさんを僕だけのものにするって。本当に覚悟はいいんですね?」
そう問いかけてくる彼の赤い目は、紛れもなくアッシュランダーの戦士の鋭いそれだ。戦いを好まない、穏やかで優しいハン・アンムさんも、灰の大地の戦士の血を引く人なんだとはっきりわかる。私を欲しいと思ってくれていることも、ずっとそれを抑え込んできていたのだということも。
「……はい!」
だから私はそう答えた。この人のものになりたい。ハン・アンムさんの、エラベニムスンの族長の、ただ一人のかけがえのない人に。彼の何もかも全てを受け入れたいと、私の全てを愛してほしいと。
「だったら、今日は帰しません。僕と一緒にいてください、アルマさん」
そう言ったハン・アンムさんにはいつものどこか頼りなげな様子は欠片も見えない。他のアッシュランダーの族長たちと同じように、相手に否とは言わせない不思議な覇気をまとっているかのようだ。もちろん、例えそうでなかったとしても私に断るつもりなんて微塵もなかったのだけれど。
「アルマさん……愛してる……」
愛の言葉を囁いた唇が耳元に触れて、私は幸せを噛みしめながら目を閉じた。
