Star of House Telvanni

「帝国のしきたりがどうたらこうたら言うつもりはないんだけどよ」
「はい?」
「モロウィンドじゃ他所の行事がそう流行るってわけじゃないのはわかるだろ。でもよ……」

 テル・ウヴィリスの最上階、私の個人的な部屋の中で、ソルスセイムから届いたばかりの大きな針葉樹の鉢を運びながらエディ君が言う。

「こいつが広まったのは納得だ。いちいちこういう木を持ってくるってのはさすがに人気は出なかったけどな」

 満足いく置き場所が見つかったのか、立ち上がって伸びをしたエディ君は私の方を振り向いた。

「ミストレス・アルマ、フラールのガラス職人のところで買ってきたってのはこれか?」
「ええ。値は張りましたがやっぱり綺麗なので」
「……まぁ、そうだな。さすが金になりそうなもん作るのが専売特許な奴らだけはあるぜ」

 テーブルの上で開けられた箱の中には色とりどりの精巧なガラス細工が並んでいて、一つ一つを眺めているだけでも心が浮き立つ気分になる。

「しっかし小せえなぁ。間違えて落としたらどうなっちまうんだ?」
「だ、だめですよ! 気をつけて扱ってください!」
「はっはは! わかってるさ。あんたは怒らせると恐いからな」

 そのうちの一つを摘み上げ、わざとらしく私をからかったエディ君は、慌てた私を空いた手で抱き寄せるとそのまま額にキスをした。

「……で?」
「はい?」
「今年は何をくれる気なんだ? ミストレス」

 エディ君と私は恋人同士で、一緒にサトゥラリアの季節を迎えるのももうすぐ二回目になる。とは言え去年はまだ師匠と弟子という間柄なだけで、それ以上の関係ではなかったものだから、サトゥラリアの前日、私は彼への贈り物として錬金術の道具一式をプレゼントした。

 本当はその機会に私の気持ちを打ち明けてもよかったのだけれど、全くそんな風に見てもらえていなかったらと思うと怖気ついて、無難な実用性優先の贈り物を選んでしまったのだ。

 どこか浮足だった様子のエディ君は嬉しそうに包みを開けてくれたけれど、中身を見た瞬間ほんの僅かに表情が曇ったことには気づいていた。それは彼の反応を穴が開くほど見つめていたからこそわかったことで、相手がエディ君でなかったならきっと知ることもなかっただろう。

 もしかして道具を一揃い買い替えたばかりだったりしたのだろうか? わざわざこの日に渡したいものがあると言って呼び出しておきながら、がっかりさせてしまったのなら悔やんでも悔やみきれそうにない。けれどエディ君はそんな私の内心に気づいているのかいないのか、まとまったお金ができたら買おうと思っていたんだと言ってお礼を言ってくれた。

「ご、ごめんなさい。もしかしてお給金が他の人より少なかったり――」
「ああ、いや、違う。ちょっと……別のもんを買っちまっただけだ。あんたがくれたこれは助かる。薬と毒が必要な時は俺に任せてくれよ、あんたより腕はいいつもりだぜ」
「……頼りにしています。ええと、それじゃエディ君が持ってきてくれたこちらの箱を開けてみてもいいですか?」
「っ!」

 その言葉をそのまま受け取っていいのかどうかはわからないながらも、私は自分の後ろめたさをごまかすことだけでいっぱいいっぱいで、彼が私に持ってきてくれたという箱を手に取って話題を変えようとした。その時エディ君は一瞬私を止めるかのように手を伸ばしかけたけれど、驚いた私の顔を見るなり、びくりと肩を跳ねさせて腕を引いた。

「あー……悪い、俺はその……ちょっと勘違いしてたもんで」
「?」
「嫌ならそのまま突っ返してくれ。別にこの先あんたと気まずくなりたいってわけじゃないんだ」
「エ、エディ君?」
「何だ……くそっ、他に何も持って来なかったもんだから……まあとりあえず開けてみてくれよ。話はそれからだ」
「……?」

 突然挙動不審になったエディ君の様子に混乱しつつ、私は一瞬の間に箱の中身について様々なものを思い浮かべた。毒蛇が飛び出て首に噛み付く? 呪いがかかって動けなくなる? びっくり箱のような可愛いおもちゃから、切れ味鋭い抜き身のダガーまで、あらゆるものを想像しながら私は包みを解き箱の蓋を開ける。

 そして――。

「……!」

 物騒なものの数々を覚悟してしまったことを後悔するような、明らかに高価なものとわかるアミュレットが一連、そこにはあった。そしてその輝く宝石の連なりの下にそっと添えられていたカードには、目の前に立っている人の少し癖のある筆跡で一言こう書かれていた――私のことを愛していると。

「……何とか言ってくれよ。冗談はやめろとか、ふざけるなとかよ」

 箱の中身を見るなり瞬きもせず立ち尽くしたままの私に耐えられなくなったのか、エディ君はそうおどけながらこれ見よがしに肩を竦めてみせる。けれどその声にも、表情にも、隠しきれない不安の影がちらついていて、それはこのメッセージが嘘でも冗談でもないことをはっきりと示していた。

 私がこの日に塔まで会いに来てくれないかと告げた時から、彼は一体どんな気持ちで一日一日を過ごしていたのだろう。早々に告白することを諦めてしまった私とは違って、自分の想いを伝えようと準備をしてくれていたエディ君は、どんな気持ちでこの言葉をカードに書いてくれたのだろうか。

 箱を持つ手が震えるほど嬉しくて、でも簡単には返事ができなくて。それでもそんなに不安そうな目で私を見つめてほしくはなくて、私はぎこちなく顔を上げるとエディ君に向かってこう言った。

「冗談……なんですか?」
「あ? いや、っその……」
「もし冗談なら怒ります」
「……は……?」

 私の言葉の意味をすぐには理解できなかったらしい彼は、呆気に取られたように口を開けたまま二、三度その目を瞬いた。そして深呼吸を一つする間にようやく状況を把握したエディ君の、その表情が言いようのない喜びにくしゃっと歪むのを見つめていた私は、アミュレットの箱を持つ手にぎゅっと力を入れて勇気を振り絞る。

「冗談じゃないと言ってください。だって……だって、私もあなたが……エディ君のことが、私」

 その続きは勢いよく抱きついてきたエディ君のせいで言うことはできなかったし、その弾みで跳ね飛んだアミュレットが床に落ちて私は悲鳴を上げた。けれどエディ君はそんなものを鼻にもかけずに私を抱き上げてくるくる回ると、やったやったと叫びながら折れそうなほど強く私を抱きしめた。

「ミストレス・アルマ、あんたこそ冗談だなんて言ったら許さないぜ。まあもし冗談のつもりだったとしても、俺はそんなもん認めないし聞く耳も持たない。そのくらいはさすがにわかってるよな?」

 腕の力を微かに緩めて、彼は私にそう凄んでみせたけれど、きらきらと輝く赤い瞳は愛しげに細められていて、私はそのまま落とされた口づけに身を委ねて目を閉じた。

「……マ。ミストレス・アルマ。おい」
「えっ!? あ、はい!」
「おいおい、ぼけっとしてるとあんた自分でそのガラス細工を壊しちまいそうだぜ」

 二人でオーナメントを飾ろうとしていたところだったのを思い出し、私は一年前の甘い思い出を慌てて頭から振り払う。

「しかし今年は何をくれるんだって聞いたら黙り込んでニヤニヤしちまってよ。去年のことでも思い出してたのか?」
「そっ……んなことは、ないですけど」
「あんたって本当に嘘が下手だよな」

 ツリーの上の方をエディ君が、下の方を私が飾り付けながら、そっちの方がよほどニヤニヤしていると言いたいくらいの顔で彼は楽しそうにそう言った。

「わざわざあんな日に来いなんて言うくらいだ、こっちは絶対にいけると踏んでたんだぜ? なのにまさか良き師匠からの褒美をもらえるだけだったなんてな」
「ですからそれは申し訳なかったってもう何度も謝って――」
「でもよ」

 針葉樹の向こうからひょいと顔を覗かせたエディ君は優しいまなざしで、てっきりまたからかわれるのかと身構えていた私は少し驚く。

「あんたが呼び出してくれなかったら、好きだなんて伝えるつもりはなかったんだ」
「!」
「あんたはまだまだ遠い存在で、相手にされないことなんてわかってた。それでも他の誘いを全部断ってたあんたが会いたいなんて言ってきたら、期待するななんて方が無理だろ?」
「エディ君……」
「まあちょっとばかり読みは外れてたが、結果オーライってやつだ。違うか?」

 そしてまた彼はツリーの反対側に隠れてしまったけれど、その耳の先がほんのりと染まっていることを私は見逃さなかった。

 あの日から一年の時を過ごす間に、エディ君と私はお互いのことを前よりも深く知っていった。想像よりもずっと前から彼が私を好きでいてくれたと知った時は、驚きと嬉しさのあまり涙してしまったこともあったし、師匠である私がエディ君の頼もしさに惹かれていたと言った時は、目を丸くした相手に根掘り葉掘りそのあたりを聞き出されてしまったこともあった。

 帝都の牢獄に囚われる以前の記憶が全くない私のことも、エディ君にとっては自分の色に染めることができるので都合がいいらしい。もし私が昔のことを思い出して今の生活を何もかも忘れてしまったとしても、彼は必ず私を見つけ出して、もう一度自分に恋をさせてみせると自信たっぷりに言ってくれた。それが私にとってどんなにありがたいか、本人は知らないだろうけれど。

 そんな言葉の一つ一つ、与えてくれた温もりの全てが、今の私の限りない幸福を形作ってくれている。こうして一緒に過ごせる時間は言葉にならないほど愛しくて、彼の隣にいられる私はきっと世界で一番幸せなはずだ。エディ君と唇を交わす度に私はまた自分のことを好きになれる。これからもずっと彼が好きだと言ってくれる私であるために、あの日から私はどんな努力も苦だと思ったことはないのだから。

「エディ君」
「ん? ……っ!」

 飾り付けを終えた私は最後のオーナメントをつけているエディ君に歩み寄り、呼びかけに応えて彼が振り向いた瞬間に自分から唇を重ねた。

「あのなぁ……気をつけて扱えって俺に言ったのはあんただろうが……」

 喜び半分、呆れ半分と言った様子のエディ君はそう言いながらも、ガラス細工がしっかりと留められたことを確認してから両腕で私を抱きしめてくれた。

「いつも言ってるだろ、俺はいつだってあんたを甘やかしてやりたいって。でもこいつが壊れたらあんたが悲しむ。だからあと一、二秒くらい待ってくれよ」
「ごめんなさい」
「ったく……嬉しそうな顔しちまって」

 今年の彼へのプレゼントは、実はもうかなり前から決めている。以前からモロウィンドの外に息抜きのできる場所が欲しいと思っていた私は、帝都の商業地区の近くに小綺麗な家を一軒買っていた。独りで住むには大きいけれど、二人で暮らすには少し手狭かもしれないそこは、たまの旅行で訪れるくらいならきっといい隠れ家になってくれるだろう。

 人を雇って手入れをしてもらっているのでいつでも行くことはできるのだけど、結局購入してから私がまともに足を運ぶ機会はなかった。けれどこうしてエディ君と二人で長い時間を過ごすようになった今、私はその家の鍵を彼に持っていてもらいたくてたまらない。

 注文しようとしていた家具を白紙に戻し、ダンマー様式のものをモロウィンドやシェイディンハルから取り寄せ終わった家で、彼と二人で過ごせたならそれはどんなにか素晴らしいことだろう。少なくとも去年のように実用一辺倒の贈り物を渡すよりは、エディ君もきっと喜んでくれるのではと期待しているところなのだ。

「先程の話ですが、去年よりは気に入ってもらえると思いますよ」
「あ? ああ、プレゼントのことか? 錬金道具だってちゃんと役には立ってるぜ。特にあんたがくれたもんだ、失敗ばっかりじゃ格好つかないだろ」

 壊れるくらい使い倒して早くあんたに釣り合う男にならないとな――と、どこか照れ臭そうにそう言ったエディ君が私の頬にキスを落とす。

「ミストレス、あんたも楽しみにしててくれよ。いろいろ考えてはみたがな、俺なりにあんたが喜んでくれそうなもんを用意してあるんだ」
「……ありがとうございます。でも……」
「どうした?」

 自然に思い浮かんでしまったことを伝えるかどうかは少し悩んだけれど、私は抱きしめられた腕の中から相手を見上げて口を開いた。

「あなたが贈ってくれるものはどんなものも全部大切ですが、あなたの心よりも嬉しい贈り物なんてどこにもないでしょう?」
「!」

 それを聞いたエディ君は目を見開き、驚きも露わに私を見つめる。その反応を見て何だかとても恥ずかしいことを言ってしまったような気がした私は、急いで視線を外すと彼の腕から抜け出そうと身を捩った。

 決して嘘ではないけれど、少し大袈裟に聞こえてしまっただろうか。それでも去年のサトゥラリア、想いが通じ合ったということ以上に、自分が喜びそうなものが存在するなんてとても思えない。

 けれど後ろを向いた瞬間に力強い腕に腰を引き寄せられ、私は背中を預けるような姿勢でもう一度抱きしめられていた。その甘い感覚に思わず身体を震わせた私の耳元で、愛しい人は熱い吐息をつくと掠れた声でこう囁く。

「……俺の負けだ。やっぱりあんたには敵わないぜ」

 負けず嫌いのエディ君が降伏を認めてもいいと思うくらい、自分は愛されているんだと自惚れても構わないだろうか。触れられた場所から身体中に幸福が駆け巡っていくようで、彼に想われているということがどうしようもなく誇らしい。このままこの腕に抱かれて幸せな気分を味わっていたくなる。

 ――けれど、まずは仕事を片付けなければ。

「エディ君……エディ君?」
「何だよ、今いい雰囲気だろ。まだもう少しこのままあんたと――」
「でも飾り付けがまだ残っているんです」
「あ……?」

 今し方とは打って変わって機嫌の悪そうな声を上げたエディ君は、渋々と言った様子で私を離すと恨めしげなまなざしをこちらに向けた。

「じゃあさっさと終わらせようぜ。俺とベタベタするより大事な飾り付けっていうやつをよ」
「そんな風に言わないでください。あなたにこれを飾ってほしくて、特別に注文していたんですから」
「……?」

 ガラス細工の入っていた箱の隣に置かれていた小さな箱の中から、私は精巧な細工の施された星の飾りを慎重に取り出す。二人で迎えるサトゥラリアの季節をより一層彩るために、サマーセットの職人から今朝届いたばかりの特注品を。

「エディ君、あなたはテルヴァンニの輝ける星なんでしょう? だからぜひ、あなたの手でこれを一番高いところにつけてください」

 魂石が淡い光を放つ星飾りをそっと相手に手渡すと、まるで本物の星のように輝きがちらちらと瞬く。その芸術品さながらの細工を目の当たりにしたエディ君は、さすがに悪態を吐くのはやめて顔を上げると私を見やり、言葉で伝えた以上の期待がそこにあるのを読み取ると、ふっとその表情を和らげて木の頂点に腕を伸ばしてくれた。

 偉大な魔術師になるという彼の夢がいつか叶うようにと、思いを込めた星飾りがツリーの一番高いところで輝く。かつて飛ぶ鳥落とす勢いだった時に就いていた地位よりももっと上まで、エディ君が彗星のように駆け上がっていく日はそう遠くないだろう。そんな彼を支えていけるように、私も魔術に磨きをかけなくては。

「さあ、できたぜ。これで全部か?」
「はい」
「よし。ならもう遠慮はいらないわけだ」
「!」

 そう言うや否やエディ君は私をさっと抱き上げると、私が何か言おうとするよりも早く噛み付くようなキスをした。

「一仕事終わったんだぞ。その褒美はまだなのか、ミストレス?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべた彼がおもしろそうにそう問うと、私もその首に腕を回して笑顔にならずにはいられない。

「俺も一番欲しかったもんはもうとっくにもらってるんだけどな、こいつは何度もらっても飽きるなんてことは絶対ないんだ」

 私よりもよほど口のうまいエディ君に白旗を揚げながら、彼の望みを叶えるために私たちは部屋を後にした。