Endless Daydream

 その娘をいつから気にするようになったのか、はっきりとしたことは覚えていない。位の低い魔術師が使い走りにやって来ることはそう多くもないとは言え、決して珍しいものではなく、また私は特にそれを頑なに追い返していたというわけでもなかったからだ。

 ただその娘が他とは違っていたのは、ダンマーではなくブレトンだったということだろう。余所者に門戸を閉ざしているわけではなくとも、諸手を挙げて迎え入れるような真似事もせぬ我がテルヴァンニにおいて、曲がりなりにもそれなりの能力を持っている他種族の者を目にする機会は少ない。だからこそ私はそのブレトン娘が初めて我が塔へやって来た時には目的を疑いこそすれ、同じ大家に籍を置く者として認識することはなかった。

 やがてその娘がアリョンを師と仰ぎ、いよいよ強大な魔術師としての頭角を表してきた頃には既に、大した用もなく我が塔を訪れるその娘を私は心待ちにしていたように思う。なぜその娘が我が元に姿を見せるのか、その意図は全く掴めもしなかった。だが特段ドワーフに興味を持っているわけでもないはずのその娘は、折に触れ飽きもせずアルヴス・ドレレンを駆け上がっては顔を見せに来るのだ。

 時にはドワーフ遺跡より持ち帰った様々な遺物の解説を乞われ、またある時には単に近くまで来たので寄ったのだと他愛もない会話のみを交わす。そんな無意味な交流など、今までの私であれば何の意味も見出さなかっただろう。現に今この時でさえ、相手があの娘でなかったならば即刻塔から叩き出している。

 私は己の集中を他人に乱されることを好まず、そうであるからこそこのヴェロシの塔に独り籠ることを選んだ。それでいていつ何時現れるかも定かではない小娘を待ち望んでいるだなどと、我ながら頭がおかしくなったとしか形容しようがない。次にいつあの娘が姿を見せるのか、どんな話を切り出すのか。そんなことが気にかかるあまり、その頃の研究の進みはスクリブの歩みのように遅かった。

 そういった類の精神の高揚、あるいは狂気とでも言って然るべき感情を何と呼ぶのか、さすがの私も知らぬ存ぜぬなどと嘯くつもりはない。さりとてここまで齢を重ねた私が一体何を望めると言うのか。ブレトン娘の気の迷い、一時の気紛れを乞うてみたところで、相手は開いた窓から飛び立つ鳥の如く我が元から去っていくのが落ちだ。

 そのくらいのことは理解している。私があの娘に焦がれていても、あの娘は私を愛しているわけではない。私があの娘に求めていることと、あの娘が私に望んでいることが異なっているのは十分にわかっているのだ。

 だからこそ私は手を出さぬ。あの娘が一夜の床を求めたならば、階下の客間の鍵を渡してやる。必要以上に距離が近いと感じたならば、本を手に取るふりをして離れる。もしも私が迫ったならば、あの娘は必ず逃げるだろう。そして二度とここへ戻ってくることもない。それだけは避けねばならぬのだ。これからもあの娘を密かに恋慕し、その姿を見ていたいと望む限り、私は己を律しつつ、心をかき乱されるに任せておくことしかできぬ。

 しかし、ここ最近あの娘はどこかおかしい。妙に熱っぽい瞳を私に向け、意味もなく側近くに寄りたがる。以前よりも頻繁に来訪し、私が水を向けるまで帰ろうとはしない。己が心に正直に言うならば、それを嬉しいと思わぬはずもなかった。だが所詮は叶わぬ願いなら、無駄に期待を持たせる真似をしてほしくもなかった。ただでさえ抑えきれぬほどに募る恋情を持て余しているところへ、理性の箍が緩むような瞬間を積み上げられたならば、ふとした弾みで良からぬ事態が没発せぬとも限らない。

 そして――それは現実となる。

「それではそろそろ休ませていただきます。バラダスさんも無理はしないでくださいね」
「ああ。好きなだけ休んでいけ」

 それはそんな日々がしばし続いた後のある夜のことだった。その日もブレトン娘は常と同じく階下で休んでいくと言い、夜も更けたところで研究の手を止めた私もまた己が寝台で独り微睡んでいた。私が実際に眠り込んでいたのかそうでなかったのか、それは今なおはっきりと答えることはできぬ。しかし夢の中で私はその娘の華奢な背を我が手で引き寄せ、幸せそうに微笑み私を見上げる相手の唇に口づけていた。

 離れてはまた唇を重ね、互いの舌が甘く絡み合う。それは幾度も思い描いた淡い夢想のうちの一つでしかなかった。ただその幻が常とは違っていたのは、目覚めた後もなぜかその娘の姿が目の前から消えなかったからだ。

「……ア、アルマ!?」

 我が身に何が起こっているのか、すぐに把握することなど不可能だった。仰向けに横たわった私の身体の上に跨るように座り、アルマという名のそのブレトン娘は私の顔を覗き込んでいた。あたかも深い接吻を交わしたばかりの者が、余韻の中で身を引きかけていたところだとでも言わんばかりに。

「お……ま……えは……な、何を、している……!?」

 あまりにも心を許しすぎていたからか、寝首でも掻きに来たのだろうか。そうであればすぐにでも相手を突き飛ばし、身を守らねばならぬと理性は告げていたが、何の魔術もかけられていないはずの身体は不思議と動かなかった。

「答えろ、アルマ。お前はここで……一体何をしようとしていた?」
「…………」

 我が問いに答えを返すこともなく、ブレトン娘は押し黙ったままじっと私を見つめていた。月明かりでもはっきりとわかる、その苦しげに歪められた表情。そして見る間にじわりとあふれてくる、その娘の目元を濡らす涙。誰かに脅されてでもいるのか、何が目的なのかもわからず困惑する私の前で、その娘は一度唇を噛み締めると蚊の鳴くような声で言った。

「わた……し、は……」
「…………」
「私は、そんなに魅力がありませんか」
「……っ!?」
「魅力がないから、だから……だからあなたは、どんなに待っても、私を」
「ま、待て。おま……お前は、自分が何を言っているのかわかっているのか!?」

 思わず大きな声を上げた私に、涙で濡れた瞳が見開かれる。そのあまりにも無防備な様はさすがに私を殺しに来たようには見えない。

「おかしなことを言うな。お前の魅力の有無と……この状況と、何の関係があると言うのだ」
「おわかりになりませんか?」

 相も変わらず私の上から退く気配すら見せぬまま、アルマは悲しみとも憤りとも判別し難い表情で私を見据える。

「私はあなたが好きなんです。だからずっと態度でそう示してきたつもりなのに……あなたは受け入れてくれるわけでも、はっきりと拒むわけでもないから、だから……」

 だから今夜はっきりさせたいと思ったのだ、と。ブレトン娘は震える声で、しかしどこか挑むようなまなざしでそう告げた。

 私はごくりと息を呑み、想定を遥かに超える現実を認識するだけで手一杯だった。アルマもまた私を好いていた。私が思わせぶりなことをしてくれるなと思っていた振る舞いの全ては、小生意気な娘ができ得る愛情表現だったというわけだ。

 そうであればと願っていた。だがそんなことはあり得ないと思っていた。起こり得るはずがない物事を前提に論ずるを私は好まない。しかしこの娘もまた私に惹かれているという仮定を採用するならば、今に至るまでのあらゆる奇妙な出来事にも明快な理由が見出せるだろう。

 だとすれば、アルマの唇が今しがたの夢と同じく濡れているのも……。

「つまり――お前はこの私に、夜這いをかけに来たと言うのか」

 最も可能性が小さく、また最も非現実的ではあれど、残った唯一の答えであるそれを私は呆然と口にする。アルマはほんの一瞬頬をぱっと染め怯んだようにたじろぎはしたが、すぐに唇を引き結ぶとはっきりと大きく一度頷いた。

「はい、そうです」

 何という愚かな娘だ――私は率直にそう思った。アルマは自らの価値を、恐らくは全く理解していない。こんな真似をしでかして、このまま何も起こらぬと思っているのだろうか。否、それを期待してこんな愚行に手を染めたのだとこの娘は訴える。さりとて我が手が明確な意図を持ってその身体に触れた後でも、果たしてこのブレトン娘は同じことをのたまえるだろうか? 恐れ慄き、嫌悪を宿した目で私を眺めるのではあるまいか?

「……ならば、好きにしろ」
「え?」

 私が一体どう答えるのか、この娘とてその頭の中で幾度となく想像していたに違いない。だがその虚を突かれたような反応を見る限り、私の言葉は覚悟していたであろうもののどれにも当てはまらなかったようだ。

「聞こえなかったか? 好きにしろと言ったのだ。私が抗わず、あるいは目を覚まさずに眠ったままでいたならば、お前がしようとしていたことをそのままやってみせるがいい」
「……!」

 驚きも露わなアルマの表情は、次の瞬間意地が悪いとでも言いたげにその眉を下げる。その批難が当てはまらぬと主張するつもりなど毛頭ないが、私にとってはこの娘の言葉を信ずるに足る証拠が乏しい。自ら封印を解いたならば二度と元には戻らぬ箱の蓋を開けるならば、万が一にもその結果が無に帰すようなことがあってはならぬ。

 臆病だとでも往生際が悪いとでも何とでも謗ればよい。それでも私はアルマからの決定的な好意の確証を得られなければ、迂闊に己の本心を明かす気にはやはりなれなかったのだ。

「……っ、わかりました」

 戯れや揶揄いの類なら引き返す道は作ってやった。しかし大人しそうな見目に隠された生来の強い負けん気は、愚かなブレトン娘を袋小路に引き込んでしまったらしい。私の腹の上にかかっていた重みがふいに遠のき、やや前のめりになった小娘は赤い顔をそっと近づけてくる。

「目……を、閉じてください。口づける時はそうするものでしょう」

 羞恥故か困惑故か、何とも落ち着きのないまなざしでアルマは歯切れ悪く呟いた。ここで目を閉じた私の首を掻き斬ろうとでもするのならば、私が眠っている間に手早く済ませればよかったはずだ。そうであればこそ私は無防備に娘の前で両の瞳を閉じ、甘い熱を孕んだ吐息が首筋を緩く撫でるに任せた。

「……っ」

 唇に柔らかいものが触れる。離されてはまた合わせられるそれは否応なしに夢の中の接吻を彷彿とさせ、ただ触れ合わせるだけだった口づけはしばしの後、遠慮がちに差し入れられた舌によって深いものへと変わる。その蛮勇に反応を返してやるか否か、私はこの期に及んでどうするかを未だ決めかねていた。この歳頃の娘にとって、この程度のことはそう大きな意味を持たぬのかもしれなかったからだ。

 だが私がそれに応えるならば、そこには確かな意味がある。この齢で、このような小娘相手に関係性を逸脱する何らかの行為に及ぶとすれば、それは決して軽々しく誰にでも起こり得るようなものではない。

「…………」

 ゆっくりと唇が離され、相手が身を起こす気配を感じる。そこで我が目を開いてみれば、アルマと私の唇を銀の糸が細く繋いでいた。上気した頬をほのかに赤く染め、潤んだ目元を微かに歪めながら、息を乱した娘は今にも泣き出しそうな顔で私を見ていた。嫌ならやめろ、すぐに立ち去れ――そう言ってやることもできたが、アルマは頑として首を横に振るであろうことはわかっていた。

「さあ、どうした。続きをしてみろ」

 常日頃のこの娘ならば、私の声に隠しきれぬ昂揚が混じっていたことに気づいただろう。鏡など見なくとも、己が瞳に仄暗い情欲が燃えているであろうこともわかっている。しかし目の前の小娘はそんなことにすら注意を向けることもできぬまま、一瞬悔しげに唇を噛み、震える手を私のローブへと伸ばした。

 急いているのか、その逆なのか、ブレトン娘は大して堅くもなかろう結び目一つすぐに解けはしない。私を焦らしているつもりならば、実にもどかしく効果的なものだ。私がその気になりさえすればすぐにでも互いの身の位置を入れ替え、組み敷いたその肌を暴くことも簡単にできるということを、すっかり失念しているであろうアルマは焦りも露わに我が衣服を脱がしていく。

「……っ!」

 そしてついに後は肌着を残すのみとなった時点で、勝ち気な小娘ははっと息を呑んだようにその目を軽く見開いた。ブレトン娘の視線は明らかに私の下腹部に向けられていて、男として反応しているその場所をどこか安堵したように見つめている。相手の覚悟を計りかねていた私は娘が怯むものだと考えていたが、その妙に安心した様子に柄にもなく我が鼓動が早まった。

 このままいけば、私はアルマと契る。急に現実味を帯びて目の前に突きつけられたその事実に、期待をするなと言うは不可能だろう。何百年もの時を生きた私でさえ、千々に乱れる感情を全て手中に収めておくことなどできはしない。

「人の服を脱がせておいて、お前は襟一つ緩めんのか。随分と良い趣味があると見える」
「!」

 私はこの状況をどうにか動かすことだけを望んだはずだが、口にできた言葉はその先を促しているも同然の皮肉だけだった。そこでようやくブレトン娘は私の顔へまなざしを向けると、ふとその表情を和らげ微笑みながら自身の衣服へ手をかけた。

「……っ……!」

 手を伸ばせば触れられる距離で徐々に露わになる焦がれた娘の身体。目を逸らそうとしたところで、食い入るように相手を見つめる己が視線を制御することはできない。躊躇いがちではあれど、決して手を止めることのないその娘は、一糸纏わぬ裸体を我が目前に晒して再び私を見つめた。

「バラダスさん……」

 勃ち上がった私のものに白くたおやかな手を添えながら、ブレトン娘は秘密を打ち明けるかのような声で我が名を囁く。

「あなたが私を愛していなくても、私はあなたを愛しています。だから、どうか一度だけでも……今夜だけでも、私と……」

 その目に涙が滲むのと呼応するように想いを打ち明ける声は震え、我が楔に触れたままのアルマの細い指先もまた震える。何も答えぬ私をほんの僅か悲しげに眺めた後、娘は微かに体勢を変え、我がものをその身に受け入れんと脚を開いた。

「――っ!」

 アルマが濡れていなかったわけではない。だが我が槍をその身に納めたブレトン娘の顔に浮かんでいたのは、紛れもなく鋭い痛みだった。そこで私はようやく気づいた――この娘が処女であったことに。

「お、前は……生娘か、アルマ……!」

 妙にぎこちない手つきだったのは、気が進まぬわけではなかったのだ。痛みを感じるほどに引き絞られる秘所が強張っているのは、私こそアルマが初めて受け入れる男であったからなのだ。

「何ということを……!」

 文字通り身を裂かれる痛みに娘の頬を一筋の涙が伝い、一瞬で我に返った私は相手の肩を掴み繋がりを解かせようとした。しかしブレトン娘は素早く手を伸ばし我が両の腕を押さえると、涙に濡れた睫毛を瞬かせきっぱりと首を横に振った。

「私の……したいようにしていいと、バラダスさんはそうおっしゃいました」
「それとこれとは――」
「違いません!」

 すぐには引かぬ痛みに耐えるためか、私の腕を掴むアルマの手にぐっと力が込められる。呼吸を乱し、額にうっすらと汗を滲ませながらも、娘はやおらその頭を下げ、目を閉じて私に唇を重ねた。

「……愛しています。あなたが好きなんです。ずっとこうしたかった……」

 口づけを終えた後、私の耳元で囁かれたアルマのその言葉は、古の魔術のように私の理性をたちまち奪っていく。私もお前を愛している、お前をこうして抱きたいと思っていたと、心の奥底に秘めていた慕情が声を得たかのように錯覚する。未経験が故の、世辞にも巧みとは言えぬ娘の動きでさえ、我が劣情を何より煽り、相手を求めて止まなくさせる。

「……っ、アルマ……!」
「あ、っ!」

 不慣れな動きに体勢を崩したブレトン娘の背をかき抱き、私は我が胸に抱き留めた相手の肌の熱さを直に感じる。反射的に顔を上げた娘の半ば開いた唇に口づけ、不意を突かれた驚きに乗じて更に深くまで侵蝕する。その舌先の甘さ、また拒むでもなく私を受け入れ拙くも応えようとする仕草に、私は相手の想いが己のそれと等しく強いことをついに悟った。

「バ、ラダス、さ……?」

 接吻の合間に体を入れ替え、私は我が身を受け入れながら寝台に横たわるアルマを見下ろす。幾度も夢見た光景が、今目の前に広がっている。ブレトン娘は熱に浮かされたような、どこか煙ったような瞳を私に向けながら、何が起こっているのかわからぬと言いたげな声で私の名を呼んだ。

 私はそれ以上の問答を許さぬと言わんばかりに再び唇を重ね、そのまま娘の柔らかな胸をゆっくりと弄っていく。相手が身じろげば身じろぐほどその秘所は締め付けの度合いを増したが、破瓜したばかりの時よりは馴染んできた気がするのは思い違いでもなかろう。仰け反らせた首筋を舐めるように辿り、鎖骨の下に一つ情交の痕を刻めば、アルマの口からは意味を成さない甘い喘ぎが紡がれる。既に固く尖った胸の先を口に含み、舌先で転がしてやるだけで、底知れぬ魔力を秘めた娘は無力にも打ち震えるばかりだ。

 その間にも私は浅い抽送を絶え間なく繰り返し、互いの秘所を交わらせていく。言葉にならぬ声を上げては悩ましく身悶えるばかりのアルマは、痛み以外の感覚が大きくなっていくに従って、ようやくその身の主導権を私に明け渡したように思えた。

「あ、っあ……ぁ……!」

 痛みに上がる悲鳴ではなく、耳をも犯すような甘さをそこはかとなく帯びたその声。この娘もまた感じていることに、より正確に言うならば快楽を得られていると思しきその証拠に、私の男としての矜持が満たされていくのがわかる。老いたとは言えど、私とてやはり男なのだ。何百年もの間この類の行為とは縁遠くなっていたところで、密かに想いを寄せていた娘と契る機会が訪れたならば、でき得る限り悦ばせてやりたいと年甲斐もなく励んでしまう。

「ゃ……耳、だめ……っ!」

 丸い耳の縁を甘く食み、舌先を這わせてやるだけで、ブレトン娘はびくびくとその背を跳ねさせ我が腕から逃れようとする。無論、私はそんな抵抗を許してやるつもりなどない。破瓜の痛みをも凌駕する快楽を与えてやれるのなら、多少強引であろうとここで退く意味など何もないからだ。

「〜〜っ!」

 私の肩を掴む娘の手に一際強い力が込められ、噛み締められた唇が緩むと共に甘い吐息が漏れる。私が思うがまま相手を貪りたい欲望を押し殺し、アルマの額に張り付いた髪をかき上げその頭を撫でつつ問うた。

「まだ痛むか」
「痛……く、なくは……ない……ですが、っそれでも」
「そうか。だがじきに慣れる――こうして幾度も夜を重ねればな」
「……え……?」

 あらゆる感情に翻弄され、涙に濡れていた娘の瞳は、私の言葉の意味を理解した瞬間にその焦点を取り戻す。

「そ、それって――っ、ん!」

 己が本心を明かすに等しい呟きを投げかけた後とて、今この時が会話に相応しいわけでないことは明白だ。私はそれ以上の問いかけを遮るようにアルマの唇をふさぎ、高みへ駆け上がるための律動を少しずつ早めていく。

「あ、ぁ、バラダ、スさ……!」

 ブレトン娘の腕は今や私の背にしっかりと回され、愛を乞う文言のように我が名を繰り返しその口にする。己が名をこんなにも甘く呼ばれたことなど今までにあっただろうか? 仮に我が永き生を一つ一つ振り返ってみたところで、そんなことは一度たりとてありはしないだろうとわかってはいるが。

「アルマ……!」

 今私が抱いている、私に抱かれている娘の名を唱える。己のこんなにも余裕のない声など、もう何百年も覚えがない。この娘はそれほどまでに私を狂わせる。私を翻弄し、溺れさせる。そしてその全てに抗い難い妙なる歓びを与えてみせる。一度でも知ってしまえば、もう二度とそれを知る前には戻れぬ感情を。

「……っ!」
「!」

 そしてやって来たその瞬間、私は何もかもを忘れてただアルマ身体を抱きしめていた。生命力とでも呼ぶべきものが、脈を打つ毎に搾り取られていく。重力の魔術をかけられたかのように身体は突然重さを増し、私はそのままブレトン娘の肩口に顔を埋める。互いの耳元で聞こえる荒い吐息が、たった今起こった出来事を物語っている――アルマと私が結ばれたことを。

「バラダス、さん」

 呼吸も整わぬと言うのに、その娘は途切れ途切れに私の名を呼んだ。

「……何だ」
「あの……さっき、あなたがおっしゃったのは……あれは、どういう」

 逸る思いに突き動かされてか、問いの答えを得るのに必死なのだろう。そのあまりにも青く未熟な様に、苦笑が込み上げてこないわけではないが。だが、それでも私は愛した。このどうしようもなく愚かで、道理を知らぬブレトン娘を。

「まだ理解できんか。お前にもわかるように言ってやったつもりだったのだがな」

 私は重い身体を起こし、繋がったままの娘を見下ろして静かに告げる。

「お前がこれに懲りて、他の男の元へ行くと言うのならば止めはせんが――」
「あ……っ」

 ゆっくりと自身を引き抜いてアルマと私の繋がりを解けば、緩い刺激に娘はほのかに眉を顰めて身悶える。それでも縋るようなまなざしが私から外されることはなく、気恥ずかしさに視線を逸らさねばならぬのは私の側だった。

「それでも私を望むのならば、応えてやるつもりがないわけではない」

 まともに相手を見ることもなく口早にそう言った私を、アルマがどんな顔で眺めていたのかは全く想像もつかぬ。しかし予想以上に長く続いた沈黙に耐えきれず視線を戻せば、それを待っていたかのようにブレトン娘は厳かに問うた。

「それは……あなたも私のことが好きだということですか? それともそうではないのですか?」
「っ!」

 年端も行かぬ娘は生意気にも私の口から言質を取りたいらしい。だが思わず口籠った私を見つめるアルマの両の瞳の奥には、かくも近くで向き合った者だけが気づく不安の影がちらついていた。

 アルマもまた決定的な、確信が持てる言葉を私の口から欲して止まないのだ。疑いようのない、聞き誤ることも、思い違うこともない、唯一にして絶対の意味を表すただ一つの言葉を。

 そして――。

「私は……お前を、好いている」

 その言葉は我知らず、気づいた時には既に声になって響いていた。

「アルマ、お前を好いている。恐らくはお前が私に惹かれるよりも前から」
「……!」

 瞬きもせずに私を見つめていた娘の目が見開かれる。見る間に涙があふれ、アルマの両の頬がたちまち濡れてゆく。

「お前が何を求めてかくも頻繁に我が元へ来ているのか、私には確証が持てなかった。だがそれでもこうしてやって来るお前の姿を見ていられるのならば、私は敢えて自ら何某かの変化を求めるつもりもなかった」

 私が手を伸ばし涙を拭ってやると、アルマは自身の手を私のそれに重ねた。濡れたままの頬をすり寄せ、安堵のあまりに震えながら、しばし伏せられていた瞳は再び我が姿をそこへ映し出す。

「しかし他ならぬお前も私と同じ想いでいると言うのならば、これ以上単なる知人の立場に甘んじていることもなかろう」

 それを聞いたブレトン娘の、何と幸福そうに微笑んだことか。アルマと私は何かに導かれるかのように再び唇を重ね、未だ布一枚纏わぬ素肌の温もりを互いに分かち合う。

「バラダスさん……バラダスさん」

 まるで腕を離せばかき消えてしまうとでも言わんばかりに、娘はしがみつくように私を抱きしめながら涙声で繰り返す。私はそんなアルマの額やこめかみに唇を押し当てつつ、並んで横たわる相手の肩まで上掛けを引っ張り上げてやった。

「これからは客間に降りる必要もない。お前が望む限り、この寝台で休め」
「……はい……!」

 長らく独りで使っていた我が寝台が幸福の重みで軋む。私の胸に寄り添い微睡む娘の髪を指先に絡めながら、空が白むまでの僅かな時間を私も目を閉じて味わう。

 この長い夜が明けた時、私はまた見ることができるだろう。目覚めた後も醒めることのない、アルマと私の夢の続きを。