Into You

「お前、アルマと言ったか。覚えておけ、ドゥーマーどもは議題に関する興味も理解力もない者との議論を拒んだそうだ」

 バラダスさんと初めて会った時、ドゥーマーの消失に関して尋ねた私に返された答えはこうだった。続けて尋ねた二つの質問にも意味のありそうな答えは全くもらえず、終始冷たい……というよりも無関心極まる対応をされたことを覚えている。

 用がないならさっさと出て行けとばかりにこちらに背を向け、私よりも遥かに長い年月を経ているだろう本をめくる作業に戻ったこの人のことを、その時の私は苦手に思いこそすれ好意を感じたことはなかった。

 それからしばらくの後にアリョンさんの使いとしてアルヴス・ドレレンに行くことになった時も、私はどこか重い気持ちでシルトストライダーの背に揺られていた。まともに会話ができないようなマスターも少なくはない中、バラダス・デムネヴァンニという人は一応普通に言葉を交わすことができる。けれど、相手に私と話をする気がないということは既に十分わかっていた。

 バラダスさんは研究の手を止めさせるいかなる物事をも厭っているのだろう。だからこそマスターとして評議会の一員になってくれるようその人を説得するだなんてことは、私には天地がひっくり返ろうとも成就し得ない無理難題のように思えた。下手をすればいつもバラダスさんの部屋にいるスチーム・センチュリオンをけしかけられて、今度こそ命からがら塔から逃げ出すようなことになってもおかしくない。

 けれど……。

「テルヴァンニ家の方針だの何だのということにさして興味はないのだがな……だが、その話を引き受けたところで私の側にさしたる不都合もあるまい。アルマ、お前の尋ねた通り、評議員を引き受けてやっても構わん」
「えっ!?」
「ただし、これから私が言う三冊の本をお前が集めて来られればの話だ」

 あっさりと申し出を受けてくれたことに驚く間もなく、バラダスさんはすかさず交換条件を私に告げる。幸いそれらの本は希少ではあったけれど、三冊とも無事に集めることができた。それでも相手はテルヴァンニの中でも高位の魔術師なのだから、果たして本当に本を持っていくだけで済むのだろうか……?

「おお、よくやった。つまらんものだがこれらは私からの礼として取っておけ。そして約束通り、アリョンの若造の頼みとやらも考慮してやろう」

 そんな私の不安とは裏腹に、バラダスさんは今度こそ評議員の話を受けてくれた。手前一、二世紀は務めてくれるという言葉は驚きでしかなかったけれど、ただでさえ長く生きるエルフの、それも力のあるウィザードともなれば、そんなことも世間話の延長のように言ってしまえるものなのだろうか。

 使い古しだと言って無造作に手渡されたいくつかの装身具にも、今の私には分不相応なほどの付呪がしっかりとついていて、私はお礼を言うことも忘れてただ茫然とそれらを眺めることしかできなかった。

「今後は私もある程度動くとあの若造に伝えておくがいい。それと」
「はい?」
「今日はもう遅かろう、下の階の部屋でよければ好きに使え。今後も必要ならば我が塔へ寄って自由に休むことを許す」
「!」

 思いがけないその申し出に、私は目を丸くしてバラダスさんを見た。そんな私へ訝しげに眉をひそめつつ、バラダスさんは少し忙しそうな様子で言った。

「どうした、もう話は終わったろう。私はこの本を読まねばならん。そこに突っ立っていられると気が散る」
「あっ……は、はい。すみません」

 私は金縛りが解けたかのようにはっと目を瞬くと、どこかそわそわしているバラダスさんの邪魔にならないように急ぎその場を離れた。階段を降りる間際、ふとその人の方に目をやってはみたものの、この塔の主は早くも手にした本のページを素早くめくっていて、他のことなんて何一つたりともその目に入っていそうにない。

 この人が生きてきた長い時間の中で、ドゥーマーの研究よりもその心を捕らえたものなんてあったのだろうか? アルヴス・ドレレンの客間で横になりながら、私はそんなことを考えていた。バラダスさんが老成した大魔術師の一人であることは間違いないのに、私が本を渡した時に一瞬垣間見えた嬉しそうな表情が、不思議と私の頭に色濃く焼き付いてしまって離れない。

 自分でもその理由をはっきりとはわからないまま、私はそれからも幾度となくグニシスを訪れてはバラダスさんの様子を見に来ていた。私が探してきた本がどんな風に研究に貢献しているのか、それを教えてもらうのももちろん興味深くはあった。その頃にはもう最初の時のように取りつく島もないということはなく、私が質問すればバラダスさんは要点を的確に教えてくれたからだ。

 答えてもらえることが嬉しくて、いつしか私はたくさんの質問を胸に塔へやって来るようになっていた。きっとその人にとっては何百年も前に解き明かしてしまったことでしかなかったかもしれないけれど、バラダスさんはもう決して私の問いかけを拒むことはなかった。

 そしてある日、いくつか質問をして他愛ない会話を終えた後、私はいつものようにお礼を言うと塔を降りて行こうとした。広い部屋を横切り、階段を数歩分降りかけたところで、私は自分でも意識しないままバラダスさんの方を最後に振り向いた。

「……っ!」

 逆光の中でもはっきりとわかる。その人は、真っ直ぐに私を見ていた。手に本を持ったままではあったけれど、バラダスさんは研究の時間を割いて私を見送ってくれていたのだ。そしてその瞬間、私ははっきりと気づいた。自分がいつの間にかこんなにも、その人に心を惹かれていたということに。

 憧れではなく、尊敬でもなく、その想いは確かに恋だった。それが叶う日なんて来ないということはわかりきっているのに、すぐには気持ちを切り替えられないほどには深い想いだった。私は、バラダスさんが好きなのだ。一人の男の人として愛していたのだ。私のことなんてちっぽけな人間というだけで、女とも思っていないであろう、そんな人を。

 きっとまた私はすぐにでもここに戻って来てしまうに違いない。受け入れてもらえることはなくとも、私を拒まないでいてくれるのなら。もしバラダスさんがこれからも今と同じように接してくれるのなら、私の短い寿命が尽きるまでの間くらいなら夢を見ていても構わないだろうか。

 そんなことを考えながら、私は再びシルトストライダーに乗ってグニシスから旅立った。