JP translation of the Developer Interview

 2025年9月、突如8時間もあるモロオリジナル開発者インタビュービデオ↑がこの世に現れた。私は当然すぐにクリックし…自環境ではなぜか日本語自動字幕が動作しないことに頭を抱えるしかなかった。

 英語自動字幕はどうにか生きてるけどどうすんだこれ? どうにかしろ俺! ということで大して英語も得意ではないが内容を知りたいというパッションだけで翻訳しました。明らかに間違った訳とか文脈的にそうじゃないだろみたいなのまみれだと思いますが、日本語自動字幕が微妙とかそんなのでもないよりマシという方はどうぞ。なお例の如く日本語として通りのいい感じに補足・言い換え等多用しているので、そのあたり気になる方はぜひご自身で原文をあたられたし。インタビュー内の(※コメント)部分は訳者注。

 上述の通りめちゃくちゃ長いのでインタビューごとに飛べます。できたところから載せているので永遠に埋まらない項目がある可能性あり。

  1. Introduction (はじめに)
  2. Ken Rolston (リードデザイナー)
  3. Michael Kirkbride (コンセプトアート及びシナリオ)
  4. Kurt Kuhlmann (プリプロダクション時のリードデザイナー) NEW
  5. Douglas Goodall (シナリオ及びクエストデザイン) NEW
  6. Mark Nelson (シナリオ及びクエストデザイン)
  7. Mark Bullock (ワールドアート及び建築)
  8. Noah Berry (ワールドアート及び建築)
  9. Christine Miller (ワールドアート及び建築)
  10. Jason Carl Ruddy (音響)
  11. Matt Picioccio (プログラミング)
  12. Scott Hoffman (プログラミング)
  13. Juan Sanchez (キャラクター及びクリーチャーデザイン)
  14. Jeff Baker (声優: ダゴス・ウル、メイルーンズ・デイゴン、シェオゴラス、ダンマー及びインペリアル男性NPC)
  15. Linda Kenyon (声優: アルマレクシア、ダークエルフ女性NPC)
  16. Shari Elliker (声優: アズラ、インペリアル女性NPC)
  17. Wes Johnson (声優: ボエシア、マラキャス、モラグ・バル、アルゴニアン及びオーク男性NPC)
  18. Catherine Flye (声優: アルトマー及びブレトン女性NPC)
  19. David DeBoy (声優: アルトマー及びボズマー男性NPC)
  20. Elisabeth Noone (声優: アルゴニアン及びオーク女性NPC)

1. はじめに

 皆さんこんにちは。まず初めに軽くこのドキュメンタリー動画の紹介をさせてください。もし興味がなければこのパートは飛ばしていただいても構いません。この動画の概要部分に各インタビューの目次がありますので、この説明は省いてすぐに見たいところまで飛んでください。

 ですがもし興味を持ってくださる方がいるなら、私はトム・エヴァンスと申します。Film Deck Miniatures Onlineの名前で英国ノッティンガムで活動しています。日頃、私のYouTubeチャンネルでは主にミニチュアゲームの『Warhammer』シリーズについて扱っています。

 私はJohn Blanche、Rick Priestley、Andy Chambersなど、このゲームの独創的なゲームクリエーターたちと交流があります。基本的に、私のビデオは彼らにゲーム会社『Games Workshop(※『Warhammer』シリーズの開発会社)』やその他の場所で働いていた時、それぞれが取り組んでいたプロジェクトについて語ってもらっています。一種の口伝や回顧録的なものです。

 したがって私自身が介入・付け加えているものはほとんどなく、釣り的な部分もありません。ビデオは単にこれらのゲームクリエーターに独りで語ってもらったり、様々なトピックについて考えていたことを話してもらったりするためのプラットフォームで、そういった内容に興味がある方にとってのソース元として機能することを目指したものです。

 こういったことを手がけている背景には、PCゲームが私の人生の大きな部分を占めているということがあります。90年代に育った私は父や兄(※または弟)と一緒に『Red Alert』や『Age of Empires』などの多くのゲームを遊んできました。なので、言うなればPCゲームのドキュメンタリーのようなものを作ってみたかったんです。

 そんな私にとって、論理的なスタート地点はミニチュアゲームの『Warhammer』シリーズでした。去年から今年の初めにかけて、私はシリーズの『Dawn of War』や『Shadow of the Horned Rat』、『Final Liberation』(※以上3つ全て『Warhammer』シリーズ)などのゲーム開発者たちに、彼らのゲーム制作の経験を聞くために連絡を取ったりしていました。

 先述したようにPCゲームは私の人生の大部分を占めていますから、私が1番好きなゲーム、つまり『The Elder Scrolls 3: Morrowind』についてのドキュメンタリーも作りたいと思ったわけです(※ここでコレクターズエディションのボックスを見せる)。幸いにも私はコレクターズエディションを手に入れることができました。

 上手く言えないのですが、モロウィンドは発売以来常に私の心の中にあるものです。完全に夢中になったゲームです。リリースされた2002年からずっとプレイし続けています。それに触れた最初の記憶は確か友達の家でX boxでのことでした。

 『Red Alert』などを遊んで育ってきた11歳には、このゲームはとにかくものすごかったんです。探検できるオープンワールドがとにかく広大で、ディテールも凝っているし没入感も桁違いでした。本当にびっくりしました。それで急いで家に帰ってPC版を買ってくれと親に頼み込み、ありがたいことにそうしてもらえました。以来、これはいつも私の中にあるゲームで、何回プレイしても飽きません。

 探索するなら、ビターコーストやソルスセイム、アッシュランドあたりが個人的に好みです。そして思い出せる限り、こんな風に自由に行動できるゲームを遊んだのは多分これが初めてでした。セイダ・ニーンのトレードハウスに入って、扉の近くにあった銀色の何かを取って…いやそれは結果的に盗んだということになるんですが、そうするつもりだったわけではなくて…そうしたら衛兵が来て殺されました。

 リリース時の2002年に11歳だった私は、先ほども述べた通り主にリアルタイムストラテジーゲームを遊んでいましたので、このレベルの没入感や細かい作り込み、自分の行動に応じて異なる結果が導かれることが衝撃的でした。そしてこのゲームの魅力が多分今もずっと、強い思い出として心に残っているんですね。なので私はモロウィンドというゲームとその背景となった物事を理解するための、本当に信頼できる人々の証言による様々な観点をまとめた動画を作りたかったんです。どのように、なぜ、どこで、いつそれが作られたのか、その全てを。

 私は連絡先を調べられる限りの関係者たちに連絡を取り、ビデオ通話をして彼らにゲーム開発中のことについて話してもらいました。私はこの企画に2024年の11月から着手しましたが、当時は少しやる気を失ってしまっていたのでしばらく中断せざるを得ませんでした。でも数ヶ月前、2025年の3月頃からもう1度真剣に集中して取り組み始めて、自分の感情を奮い立たせるためにより多くの人に連絡を取りました。ありがたいことにかなりの返事が来て連絡を取り合うことができ、ビデオ通話にも応じていただけました。

 これらのインタビューは全て2025年の4月から8月にかけて収録されました。私の『Warhammer』シリーズの動画のように、これらは各関係者が自分のモロウィンド開発中の経験について話したいように語ってもらったものです。そのためいくつかのインタビューは他のものより包括的かもしれませんが、それは単に私のインタビュー方針の性質によるものです。本当に楽しかったしやり甲斐がありました。25年前に世に出たゲームの8時間の動画を作るため、やることはたくさんありましたし、そのための努力もたくさんしましたが、本当に本当に楽しい作業でした。

 大部分のインタビューについては編集をしていません。主題から逸れた部分や、思考中の長すぎる間をカットした程度です。使える部分はできるだけそのまま使っています。私はゲームデザイナー、アートデザイナー、プログラマー、声優といったスタッフたちに連絡を取り、モロウィンドの世界とその背景、関係者たちがどのようなことをしようとし、何を成し遂げたのかを理解するための本当に信頼できる包括的な動画を作成するため、彼らの話を聞きました。

 この動画のコンセプトは、視聴者が自分の見たい部分を選んで見られるということです。もしシナリオやアート部分に特に興味があれば、関連するインタビューに飛んですぐに見ることができます。ただ正直、これは8時間の長い動画ではありますが、できるだけ多くの部分を皆さんにも見てほしいと思っています。

 この動画を作るにあたって、ゲームデザインに関してこれまで考えたこともなかったような要素が盛り込まれていたことがわかりました。とても興味深いことを発見したのです。なのでこれを作るのは本当に楽しくやりがいのあることでした。この数ヶ月は大変苦労しましたけどね。視聴者の方々には本当に楽しんでもらいたいです。

 これを作るのは本当に楽しかったですし、関係者が多忙な合間を縫ってインタビューに時間を割き、私と話してくださったことに感謝しています。このゲームは一生プレイし続けるつもりでいますし、ずっと大好きです(※ここでコレクターズエディションのボックスをもう1度見せる)。この動画、インタビューを皆さんにも楽しんでいただければ幸いです。では始めましょう。

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4.カート・クールマン(プリプロダクション時のリードデザイナー)

 私はゲームデザイナーとしてはとても若輩で、ダガーフォールの開発の終わり頃に合流しました。完全にこの業界での初仕事でした。当時は自分が何をやっているのか本当にわかっていませんでした、と言うのも私はゲーム業界で働いた経験が全くなかったからです。ただボードゲームのデザインなどはしていましたので、それが私とこちらの仕事の縁になったのだと思います。

 出来事の正確な順序については少し曖昧なのですが、ダガーフォールの直後にモロウィンド開発準備のための小さなチームが立ち上げられたのは確かです。それはバトルスパイアの開発と同時進行だったと思います。社内では多分他にもいろいろなゲームの開発が同時に行われていて、もう1つのターミネーターのゲームも作っていたと思います。

 私がそれに関わっていたわけではないので覚えていないんです。それで、私たちはモロウィンドのプリプロダクションを始めました。私はゲームデザイナー、それも唯一のゲームデザイナーでしたので、リードデザイナーだったと言えるでしょう。その時点では3人とか4人程度の小さなチームでした。単にアイデアを出したり、机上で書き出したりと言った具合です。私たちはまだ実際のゲームについて取り組んでいたわけではありませんでしたから。

 ですがその時点の構想ではモロウィンドはダガーフォールと同じスタイルを引き継いだものになる予定でした。ダガーフォールと同じエンジンを使う予定でしたので、ゲーム本体もダガーフォールのようなもの、大部分はプログラミングで自動生成されたワールドマップに、手動で生成した都市部や何らかの固定されたエリアといったものを想定していました。

 その時はダガーフォールと同じ広大な世界が舞台になるという構想でしたので、私たちはモロウィンドのゲーム全体の開発を始めました。それからケンがある時点で私たちに合流し、その時に彼がモロウィンド準備チームのリードデザイナーになったんだと思います。ですが彼はその後バトルスパイア班に移りました。この辺りが私が正確に出来事の順序を思い出せない理由です。

 ケンはとても熱心に取り組んでいました。そしてある時点で私たちもレッドガード班に移りました。それも小さなチームでしたが、ケンはレッドガードには関わっていなかったはずです。私の記憶では、彼はフルタイムでバトルスパイアの開発をしていました。

 正確な理由はわかりませんが、私の推測では、ダガーフォールがベセスダを倒産寸前まで追い込んだこと、リリースが遅すぎたこと、バグが酷かったことなどがあったため、恐らくはそういった正当な理由からダガーフォールのやり方はゲームを構築するのに適した基盤ではないと会社が判断したのでしょう。ダガーフォール のコードを使って直接構築されていたバトルスパイアをリリースした経験も、もはやこのコードで別のゲームを作れない、作りたくないと認識するのに寄与したかもしれません。

 いずれにせよ、レッドガードはより小規模でシンプルなプロジェクトになる予定だったと思います。それがどうやって私たちが取り組んでいるものになったのかは正確にはわかりませんが、プロジェクト周りで働いていた人々、私、マイケル、トッドは、とても興奮していました。海賊というコンセプトにです。

 話題に出たものが私たちが作ろうとしていたゲームだったのかどうかはわかりませんが、多分そうでしょう。当時はどんなゲームを作ることも可能でした。その頃のベセスダはRPGやElder Scrollsシリーズの会社ではなく、あらゆるジャンルの様々なゲームを手がけていました。なので理論上は、マイケルと私が話していたような海賊がガス惑星の飛行船に乗って冒険するといったゲームを作れない特別な理由はありませんでした。そのような構想の中から生き残ったアイデアが海賊でした。

 それで私たちはレッドガードの開発に本格的に取り組み始めましたが、もちろんモロウィンドのプリプロダクションにも取り組んでいました。頭の中にはたくさんのアイデアがあり、そのうちのいくつかは興奮させられるものでした。

 Elder Scrollsシリーズの現在の方向性については存じていませんし、私たちがそのように考えていたからこう言うわけではありませんが、当時私たちはとても若く、Elder Scrollsシリーズを自分たちが考える“クールな”ものにしようとしていました。この発言が私たちにとってとりわけ合理的で、必ずしも正当なことだとは思いませんが、私たちは変化を望んでいました。もっと自分たちの好きなものを作りたかったのです。

 ただ当時の作品としてはかなり典型的だったと言えるかもしれません。オリジナルの要素もありましたが、標準的な中世ファンタジーの要素も多かったですよね? 『D&D』や『Knights』などのように。でもヌミディウムなどやはり典型的ではない変わった要素もありました。なぜかと言うと私のD&Dにはその巨大なロボが登場していて、マイケルも私もそれが大好きなんです。そしてそこにはモロウィンドや『DUNE/デューン 砂の惑星』など、私たちが好きな様々な本や物が登場するんです。そういうところからモロウィンドのプリプロダクションは始まりました。

 レッドガードの主要な貢献は『帝国へのポケットガイド』を生み出したことだと思います。いろいろな理由でその内容はタムリエル全土へと拡大されました。実際それ自体はレッドガードのゲーム内容には全く関係ないのですが。

 それ以前にはアリーナがありましたし、異なる地域にまつわる断片的な伝承はたくさんありましたので、全くの白紙と言うわけではありません。ただ今現在どのような要素がアリーナ以降で確立されているのかは承知していませんが、当時私たちの元にあった作中本やダガーフォールのゲーム内に登場した本の内容はかなりバラバラで一貫性がありませんでした。ファンという言葉が適切かはわかりませんが、多分プレイテスターによって書かれていたものも多くありました。

 私自身はダガーフォールにはほとんど関与していないためはっきりしたことはわかりませんが、ダガーフォールのためのプレイテスターたちのグループが存在していて、そのコミュニティはベセスダとも非常に緊密だったという印象があります。昔の時代のことです。そしてその中の数人がゲーム内に登場する本を書き、実際ゲームはそれらを含めてリリースされました。はっきりとはわかりませんが。

 当時は確立された伝承はあまりなく、包括的でもなかったのです。ですのである意味では白紙とも言えますが、私たちには新たに想像できる余地がたくさんあったため、もちろんそれを活用しました(※〇〇スタンプを押す、の意味がはっきりしなかったため推測。“改変・修正”の可能性もあり)。

 私たちは矛盾したり、何かを捨て去ったりするような考え方を決してしないように努めていました。そしてその時点で、ゲームマスターの観点から“外部”の情報で伝承を作らないという標準を確立し始めました。全ての伝承はその世界(※ゲーム内)の誰かの視点から語られるものにしようと。

 現実の歴史のようなものです。私は853年に何が起きたのかを確定的に述べている本を持ってはいませんが、見たものや起こったと思うことについて語る当時の人々の証言については目にしたことがあります。そのうちどれが真実でどれがそうでないか、どれが作り話かまた別の何かかは自分で判断しなければなりません。私は歴史を学んでいたので、その作業は私にとって本当に魅力的でした。それこそが世界というものだからです。

 ええ。「これが起こったことです」と言ってくれるゲームマスターはいません。RPG 製品ではよくあることですが、人々に遊んでもらうために世に出すのであれば、そのゲームの世界観を提供する必要があります。遊んでいる世界について様々なプレイヤーが共通の認識を持てるように、一貫性を持たせたいと思うでしょう。プレイヤーが世界観を把握できるのは、こちらがそれを提供しているからです。そしてこのようなゲームではそうしなければいけないということもわかっています。

 いずれにせよ、もし私たちが望むことと違うことを言っている本や何かがあった場合、それは間違っていた、またはそれは執筆者の視点であった、もしくは彼らの情報源が悪かった、そしてそれは出来事が起こった千年後に書かれたものである、と言う余地が私たちにはありました。それらが本当は何を語っているのかは何でもいいんです、その気になればいつでも無視できますから。

 私はレッドガードの開発の方に少し所属を移したので、その間モロウィンドの開発がどの程度進んだかについては詳細がわかりませんでした。なぜならレッドガードのリリース後、実際にモロウィンドの制作が開始され構築されたものは、私たちがプリプロダクション中に考えていたものと比べて明らかにゲーム自体が大きく変わっていたからです。

 いいえ、モロウィンドです。ですが最初はモロウィンド地域全体になる予定でした。リリース時にはヴァーデンフェル島だけになりましたが。私たちが作り出した世界観の多くは、クールで本当に現実にあるような、素晴らしいものになりました。しかしそれは必ずしも必要というわけではありませんでした。いくつかのDLCの物語は別の地域で展開されましたので、もう少し他のスタイルも作られました。

 ただモロウィンドのストーリーの基本的な部分、トリビュナル、ネレヴァル、ドゥマック、またネレヴァルの身に何が起こったのか、異なる大家の設定などはほとんどプリプロダクション時に作られたように思います。少なくともそれらの構想については既に出ていました。そういった派閥の主要な都市や各都市のテーマなど、高度な概念に関してもです。

 それらはかなり“イケてる”コンセプトでしたので、プリプロダクション以降本格的にゲームが作成される時期に私自身が直接関わっていたわけではありませんでしたが、実際にモロウィンドをプレイしてみてこれはすごいと思ったんです。けれど私は驚いたわけではありませんでした。と言うのもケンとマイケルがまだモロウィンドチームにいましたので、ゲームがその目指すビジョンに忠実であり続けたことは驚くべきことではなかったからです。

 他に何か特に聞いておきたいことなどはありますか?

 何がクエストでプレイヤーが何をすればいいかというような詳細については、プリプロダクション時にはそこまでできませんでした。私たちはストーリーはどんなものか、設定をどうするかといったことについて取り組んでいました。トリビュナルがモロウィンドを治めているだとか、そういったものです。

 帝国のポケットガイドのモロウィンドの章を見れば、私たちは今どういう場所にいるかということがモロウィンドについて判明している知識と共にわかります。統治者であるトリビュナル、そういった奇妙な神のような存在、彼らがどのようにして生まれたのか、そしてネレヴァルとの関係…ですがこれらはもちろんゲームのバックストーリーです。

 プリプロダクション時にはプレイヤーが何をするのか、ゲーム自体のストーリーはどうなるのか、まだはっきりと思いついていなかったと思います。私たちはまだ大まかな部分の作業中だったので、そこまでたどり着けなかったのです。

 ブライトという概念は当時私たちが既に持っていて、私がいまだに覚えているExcelでの大きな成功の1つが、ブライトの進行具合を自動的にカバーできるインタラクティブなExcelシートを作成したことです。なぜならそれは元々私のアイデアで…私はいつも体系的で手順的なゲームプレイに興味がありましたし、また私がやりたかったことの1つとして、ゲーム中で段階的にブライトの感染を世界に広めていくということがありました。

 それは私たちが作ろうとしていたゲームでは比較的実装しやすいものでした。ワールドマップを移動している時にブライトに侵されたセルを生成するのか、それとも安全なセルを生成するのかを管理できるからです。ですがゲームの舞台をヴァーデンフェルだけに設定することになり、規模を大幅に縮小する必要に迫られました。 

 私たちの当初の構想では、ヴァーデンフェルは恐らく島中が完全にブライトに汚染されていたと思います。それが病の源であり、そこから時間の経過と共にモロウィンド中にブライトが広がっていくという予定でした。プレイヤー向けのゲームストーリーや、全ての派閥で何をするかはまだ決まっていませんでした。まだ設定作業中だったのです。

 モロウィンドは本当に素晴らしいゲームだと思います。これは私がリリースに関わっていない唯一のTESシリーズで…アリーナにも関わってはいませんでしたが、モロウィンドはある意味では関わっていましたけれども直接的にではありませんでした。

 ですから自分が貢献した部分がゲームの中で活かされていて、それをプレイできるというのは楽しかったです。特に実際に手を動かし、詳細を作り込んでちょっとしたメモを実際のゲームに昇華するために詰めなければいけない詳細ややらなければならない実働作業をしなくていい立場でしたので。何が見つかるのか知らないままにゲームの世界に足を踏み入れ、これはすごい! と感じるのは本当に楽しかったですよ。

 私は本開発の場にいなかったので、ゲーム自体はそれ以前に私がやっていたことと必ずしも同じではありません。ですがそれはマイケルと私とケンが思い描いていたビジョンを実現してくれていたのです。これだ、と。当時実用可能だった技術はとてもクールでした。初めてゲームを起動した時、本当に感動したんです。

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5. ダグラス・グッドール(シナリオ及びクエストデザイン)

 どうも、ダグラス・グッドールです。私はモロウィンドの主なシナリオライターの1人で、多くのクエストを作りました。3大家のクエストのほとんどは私が作成しました。あと魔術師ギルドと戦士ギルドも…魔術師ギルドの半分、盗賊ギルド、戦士ギルドの半分、トリビュナル聖堂、あとモラグ・トングもです。他にはそこら中にあるいろいろなクエストも手掛けました。大体200個くらいはあったと思います。後は少し内装もやりました。アルドルーンと、他のレドラン様式の町です。そのあたりが私がモロウィンドで主に担当した部分です。

 ベセスダの面接を受けたのはダガーフォールの大ファンだったからです。ベセスダが求人を出していると知って、ダガーフォールの形式でクエストをいくつか作って送りました。ダガーフォールのシステムを解析して、自分で作ったクエストを組み込んで送ったのです。私に面接の機会を与えてくれるくらいにはベセスダ側は感心してくれました。そうやって私はベセスダでの仕事にありつきました。

 ちょっと違います。私が働き始めた時はまだシナリオはできていませんでした。クエストを組み込むシステムがまだなかったのです。ケン・ロルストンはいろいろな派閥に使えるテンプレートクエストのようなものを作成していました。様々な派閥のクエストがどのようなものになるかといったアイデアなどです。そのうちのいくつかは実際に採用されました。私がアイデアを最終的に直接クエストの形にして組み込んだのです。

 ただその時点ではクエストを作れる状態では全くありませんでした。なので私は最初の3ヶ月はレベルデザインをしていました。内装を作って家具を設置し、その後でNPCを配置したりなどです。

 はい、そうです。私が働き始めた時、全ては順調でした。ただおもしろいことに、1ヶ月ほどすると私のモニターには緑色が表示されなくなりました。そのため、色味の調整をするのはとんでもなく難しくなりました。そもそも私は美的感覚に特に優れている方ではありません。芸術家タイプではないのです。アート担当は私が作ったものを全て見直して、照明設定をやり直さなければなりませんでした。その時他の部分にも少し手直しが入ったと思います。そういうわけでスペアのモニターを使うことになりました。

 ええ。実際にベセスダで働き始めた時、私はモロウィンドがもっとダガーフォールのようなものになるだろうと思っていました。プリプロダクションチームがバトルスパイアとレッドガードの開発に分割されるまで手がけていたオリジナルの古いモロウィンドは、もっとダガーフォール2という趣のものでしたので。

 ですが再考の結果、モロウィンドは全く異なる方向に進むことになりました。それは長い目で見れば正しい決断だったと思います。マップの自動生成をほとんど廃止し、非常に手作り的な方向へと舵を切ったのです。

 しかし同時に多くの伝承の変更も行われました。私は古い伝承の大ファンでしたので、その変更は恐らく必要以上に私を動揺させました。新しい伝承のほとんどは、実際のところかなりクールです。恐らく他の人も話していたと思いますが、何かを正典にするかどうか、または何かを変更するかどうかを決定するのはそれがイケているかどうかです。変更を行うには、それが十分にイケていなければなりません。そしてモロウィンドではそれは非常にうまくいったと思います。

 制作中はモロウィンドが好きではありませんでした。ゲーム制作中は、たいてい音無しで仮のアセットを使って7フレーム/秒でプレイしているからというのもあります。ゲーム自体はかなりよくできているとしても、ちょっと惨めな経験です。そういうわけで、私はモロウィンドが発売された時は全く好きではありませんでした。

 実は私がこのゲームを好きになったのはそれから何年も何年も経った後、多分今から10年ほど前にもう1度プレイしてみた時です。OpenMWの開発が十分に進んだ頃、私はOpenMWをインストールして自分が手がけたゲームを実際にプレイしてみようと思いました。

 実際にプレイしてみると、文字で読んでいるよりもずっと良かった点がいくつかあります。デベロッパーとしてメインクエストを支離滅裂な形でプレイしたり、クエストについて内容を読むだけだった時は、わけがわからない・つまらないという感じでした。ですがプレイヤーとして通しで遊んでみると、ゲームは本当に良かったです。予想していたよりもずっと。実際に数回プレイしてみて、このゲームをもっと好きになりました。

 ただ文章で内容を読んだだけでは私はあまり意味を見出せませんでした。ですがゲームとして通しで体験してみると、きちんと意味があるように思えます。ただTESシリーズに全く造詣のない人にとっては恐らくわけがわからないでしょう。

 私は最近流行している、プレイヤーを手取り足取りガイドするゲームが好きではないのですが、私たちがモロウィンドで失敗したことの一つとして、もっとゲーム中で適切な指示を出すべきだったと思っています。それが私が過去何年かにわたりモロウィンドのMODを出してきた理由の1つでもあります。

 そしてAFFreshを作った理由の1つが、もっとセイダ・ニーンにクエストがあった方がいいと思ったことです。プレイヤーがバルモラへ出発してメインクエストやその他のことを始める前に、町の周りをちょっと探検させるようなチュートリアル的なクエストが。

 私たちはそういった方法で更に多くのことをできたと思いますし、ギルドクエストを少し変えて、例えば魔術師ギルドが魔術師になるにはどうすればよいのかをもっと教えてくれるようにしたかもしれません。プレイヤーはポーションを作るための材料を手に入れるように言われてアジーラのために花を集めますが、実際には自分で薬を作るところもやってもらったり。呪文を作ったり、ポーションを作ったりという具合にです。

 一部のスクリプト言語ではサポートされていませんでしたが、ゲームのシステムにもう少し慣れるために、そのような方向に進んだ方がよかったかもしれません。ですが行き過ぎはダメです。そこら中にクエストマーカーをつけたり、特定の場所に行くように何度も何度も指示をするだとかは。

 ええ、なのでAFFreshではカイウスが会いに行くように言う全てのブレイズのトレーナーにクエストを追加しました。これもまた私たちが開発の時点でやるべきことだったでしょう。

 プロジェクトを辞めた時、私は自分が失敗したと感じていました。と言うのも私がゲームでやりたかったことの半分はできなかったからです。ですが振り返ってみると、モロウィンドほどクエストや内容が充実したゲームというのはそれほどありません。そしてその中身の多くは4ヶ月ほどで仕上げられたんです。つまり200そこそこのクエストを4ヶ月で作ったということです。私はそれをやり遂げたことを少し誇りに思うようになりました。個々のクエストのクオリティは別にするとしても、量という意味で。

 そうですね、時間的な制約やエンジンが対応していなかったためにカットされたものがいくつかあります。トッドかケンが「それはやめておけ」と言ってなくなったものもいくつかあります。

 そのうちの1つで私が覚えているのは、雑多なクエストを1つ作ろうとしていた時のことです。何か危険なアーティファクトや魔法道具を持っている時に特定の洞窟で眠るとそれを盗まれ、目覚めるとアイテムの代わりにインベントリに『ハハハ、お前は盗賊何々の最新の犠牲者だ』と書かれたメモが入っており、盗んだ相手を探し出してアイテムを取り戻すというクエストです。

 ですがケンが「あーダメダメ、そういうのはダメだ。プレイヤーからアイテムを取り上げてはいけない」と言うんです。でもそうでしょうか? それがいい考えだったのかどうかについては今でも複雑な気持ちです。

 ええ、あれは本当にもっとうまくサポートしなければなりませんでした。だから闇の一党の襲撃を遅らせたり、なくしたりするMODが最もDLされているMODの1つなわけです。

 予想以上に多くの問題を引き起こしたことが1つあって、それは戦士ギルドと盗賊ギルドの間でどちらの側につくかというやり取りです。これは決して上手く機能しませんでした。恐らく今ならもっと上手く作れるでしょう。

 はい、一方のギルドがもう一方のギルドのリーダーや仲間を殺すように命じられるそれです。暗号帳を盗むように言われるクエストもあります。これらのうちのどれかを実行中に捕まることがあれば、プレイヤーはギルドから追放されます。

 最初にこのクエストを作った時、私はギルド同士のやり取りをもう少し増やしたいと考えていました。後続のシリーズでは、基本的に複数のギルドが絡むような場面は全くなくなってしまったことは皆さんもお気づきかと思います。オブリビオンやスカイリムで使われているクエストのシステムではそうする方が楽なのです。

 ですが私はどちらかの側につくかを選んだり、回避策を捻り出したりできるやり取りが存在するのはおもしろいと思うのです。ただそれを回避する方法を考え出すのには、もっといい方法があったはずだと私は思います。それは破綻しやすかった。戦士ギルドと盗賊ギルド両方のギルドマスターになるには、厳密に特定の順序でクエストを進めていかなければなりませんでした。

 ええ。もう1つ私がやりたかったこととして、もっと道徳的な選択を迫られるクエストを実装したかったというのがあります。一部の派閥に善と悪の対立するような道筋を用意したり、各大家毎に特定の評議員に従うかどうかなど、いろいろな選択肢を用意したかったのですが時間がありませんでした。

 恐らくそのうちのいくつかは入れようとしたでしょうね。私はゲームが選択肢を与えてくれるのが好きなのです。ゲーム全般において自分で選択できるということが好きです。現代のゲームの多くにはそれが欠けていると思います。

 主にアルドルーンです。そして同様のレドラン様式を使っている他の箇所をいくつか。アセット自体は私は何も作ってはいません。大体は殻の家屋です。私はレドランの議事堂を担当しました。大きなカニの殻の中身です。タイルセットもまた建物自体もかなり風変わりなものでした。私は建物を作り、家具などの中身を配置しました。ですがタイルセットは作っていません。アート担当がタイルセットを作成しました。

 ほぼ自由でしたね。ほとんどのレドランの家はカニの殻1つの一階建てでしたし、いくつかは地下があったりもしましたが、基本的には全て同じレイアウトをしていました。後はただ普段使っているようなものも含めて、そこに置きたいものを配置していくだけです。中央に小さなかまどを置いたり、下へ続く階段を作ったり。他にはベッドや棚をいくつか、ボトルや本や服、何でも。

 ゲームのリリース前に削除しましたが、私は小さな遊び場セルを作っていました。そこでは既に物が入った棚を並べてみたり、あらゆる種類のボトルを1つずつ、バラバラに置いてみたりすることができました。なので○○(※不明瞭)を心配する必要はありませんでした。それを全部コピペし、例えばそのうち5つを削除して残りを床の周りに配置すれば完成です。

 ですが最初はシステムがまだ利用できないためにクエストが作れないという理由だけで、スタッフ全員にその作業が割り当てられていました。ケンの他のメインシナリオライターの1人であるマーク・ネルソンも、始めはレベルデザインをしていたのです。私たち2人は実質同じ日に採用されました。1月の2日か3日か…確か2000年の。

 多分あったんじゃないかと思います。ただ最初に大家の設定を作ったのは私ではないんです。ほぼケンが作りました。恐らくはカート・クールマンが初期の設定の多くを作ったんじゃないかと思います。ですが私が働いていた時に彼らは社内にいませんでした(※2人がベセスダを退職したのは後年のため、開発チームまたは物理的に社内にの意と思われる)。しかしケンは各大家の価値観やその他の面での実際の設定の多くを最初に行っていたので、私は彼が書いたものに従っただけです。

 他のあらゆる種類の創作活動と同様に、作品の一部を見て「うお、自分がこんなの作ったんだ(喜)!」と思うものもあれば、「一体俺は何を考えてたんだろう…?」と思うものもあるでしょうね。

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14. ジェフ・ベイカー(ダゴス・ウル、メイルーンズ・デイゴン、シェオゴラス、ダンマー及びインペリアル男性NPC)

 声優のジェフ・ベイカーです。舞台や映画、テレビの俳優もしていましたがそちらは引退していて、今は時々声の仕事をやっているくらいです。

 私がベセスダ・ソフトワークスに行ったのは彼らが電話をくれたからです。私は当時ラジオでキャラクターに声を当てていましたから。そういう風にして繋がりができたのです。かなり昔のことですから思い出すのは難しいのですが、最初にレコーディングをしたのはAbsolute Pitchというワシントンのスタジオでした。後にベセスダ本社にもスタジオが併設されましたね。

 キャラクターに関してはいかにそれらしい声を吹き込むかが重要です。ディレクターやゲームデザイナーからたくさんのアドバイスをもらいました。時々はキャラクターの外見がどのようなものかのイラストも見せてもらいました。それで私はいくつかセリフを当ててみて、監督が「今のはいいね。これでいってみよう」と言うわけです。

 私は声の芝居を子供の頃に始めました。中学生の頃かな、13歳くらいの時です。ここ米国の有名人のモノマネからやりました。ジョン・ケネディや、こちらでは人気があるいろいろな番組の司会者をやっていたエド・サリヴァンなどです。それで、確か12歳か13歳の時だったと思いますが、私は人形に声を当てました。それは父親が…私の父親はアーティストで、肖像画家で、エンジニアでもありました。多彩な人で何でもできたんです。それで父親が私にその人形劇のステージを作ってくれたんですね。手にはめる人形は祖母が作ってくれました。

 そういうわけで私は人形たちにそれぞれ違う声を当てて、それをその先の人生もずっとやってきました。声の仕事をしなかった時期はないのではないかと思います。ラジオで仕事をしたり、テレビのコメディー番組のキャラクターに声を当てたりもしていました。私は常に俳優として、役柄を通じて、私の声を通じて演じてきました。それが私が役柄への理解を深める方法なのです。要するにそういうことです。 

 いろいろな声の仕事がありましたが、私はこれを90年代にやりましたので、正確に何をやったのかを思い出すのは簡単ではありません。こういう声(※ダンマーの嗄れ声)を出したのは覚えています。難しかったですからね。そして他にもいくつかおもしろい役をやりました。ちょっとしたエルフや、極悪人。具体的に何だったかは思い出せなくてすみません。

 でもとても楽しかったですよ。そして同じスタジオで同時に収録することはできなかったのですが、多分あなたが既にインタビューしたウェス・ジョンソンなどの素晴らしい人々と一緒に仕事をしました。とても才能ある人です。他にも現場には共演相手として素晴らしい人たちがたくさんいました。

 ゲーム制作のプロセスは興味深いものです。なぜならセリフは全て、プレイヤーが何をするのかについて考慮しながら発さなければならないからです。プレイヤーがとある選択をした時のセリフがあり、また別の選択をした時のセリフがあります。なので収録は長くかかりましたし、台本は分厚かったです。常に挑戦でした。

 どんな声をこのセリフに当てたか、今どこの部分をやっているのか? どうなっているのか? そういったことがわからなくなってしまうので、声を当てている間は場面を頭の中で思い浮かべていなければならなかったんです。とは言えそれを見たことなんてありませんから、想像するしかありませんでした。

 いいえ、ありません。なのでそれは私たちの想像力に任せられていました。たまにキャラクターのイラストや下書きを見せてもらえることはあって、それは非常に助けになりました。しかしほとんどの場面では私たちは自分の勘と、監督がくれる指示に頼って演技していました。そういう風に形作っていったので、少し時間がかかりました。でも最高に楽しかったですよ。私が覚えているガサついた声はこれです

 この声を出すのはおもしろかったですが、いつも収録の最後にやっていました。喉を痛めるので。

 もし収録の最初にやっていたら、その後の録音が難しくなります。何年か前、YouTubeでイタリアの誰か…イタリアの人々がこのキャラクターを含むゲームの劇をやっていたのを偶然見つけたんです。それでゲームの音声が流れる中、仮設のステージに俳優たちが出てきたんですね。私はとても驚きました。

 イタリアにいる人がこのクレイジーなことをやっているんですよ。このゲームがこんなに普及して人気があることに驚きました。私は今もあなたのような世界中の人々からこれらのゲームに関するフィードバックを受け取っています。私自身はゲーマーではありませんが、私が関わったゲームがうまくいったことと、人々がそれらを楽しんでくれていることに、嬉しい驚きを感じました。

 素晴らしいと思っていますし、その気持ちがずっと続いています。私は人々からメールを受け取っていますし、会話の中でその話題が出てきたりもします。相手は本当にびっくりして喜んでくれますね。人々が今もゲームを楽しんでくれていることはとても嬉しいです。本当に嬉しいですし、あなたと話せて楽しかったです、トム。そしていつか英国を訪れたいです。長い間やりたいと思っていることなので(※ベイカー氏の家系は英国ダドリー村の出身のため)。

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15. リンダ・ケニオン(アルマレクシア、ダークエルフ女性NPC)

 最初の思い出はオーディションですね。昔のことです。何か別のオーディションを受けたことがあって、それは話しているキャラクターの口の動きに合わせて声を当てるというものでした。難しかったですよ。今はこちらの声に合わせて絵の方を調整してもらえるようになりましたが。そういうことができるようになりました。

 いずれにせよ、私はワシントンでオーディションを受けて、最終的に開発側が私ならできるということで、生きたまま焼かれたり叫ばせたりすることにしたようです(笑)。今ならそんなことはしません、全部めちゃくちゃになってしまいますから。それで私が選ばれましたが、本当に楽しい仕事でした。

 私たちはベセスダにあるAbsolute Pitchスタジオでレコーディングをしました。メインのレコーディングはワシントンでやりました。先方は私に2日間スタジオを予約してくれていたんですが、私は1日で全部収録を終えてしまいました。そのせいで多分エンジニアにテイク間の調整をする十分な時間を残せなかったかもしれません。

 とても楽しかったので夢中になってしまったんです。そう、それで言ったように1日で全部やってしまって。メインのレコーディングは普通そういうものではないのですが。2日分の給料の仕事だったので、私にも2日間空けておくようにと言われていたんですが、まあちょっとした話です。

 いくつかのセリフやそういう感じの要項をもらいました。おもしろいのは、他の人にも話したことがあるんですが、セリフには悲嘆とか嫌悪とか、そういった態度や感情が指定されていたんです。ほんの少しから極度まで段階が細かく設定されていました。‟あなたはこの人物をとてつもなく嫌っている”とかね。

 レコーディングの間、私はいつも画面の外でゲームをしているプレイヤーと一緒にいる気がしていました。一緒にゲームに存在する中で、プレイヤーを励ましたり、恥ずかしがらせたり、助言をしたりしたかったんです。

 そうですか。おもしろいのは、私が以前ディスカバリー・チャンネルでナレーションをした『Last of the Czars』という番組があるんですが、インターネット上でたまたまそれのコメント欄を見た時に、返信したりはしませんが、コメントの1つに「Now you die!」とあったんです。それで視聴者は私の声だとわかったんだ、と思いました。それとマイクなどの音響機器の店の人が「あなたは声優ですか? これまでにゲームに出たことがあるんじゃないですか?」と聞いてきたりもして。

 1つやり直させてほしいところがあったんです。でもスタッフはそのまま採用してしまいました。開発側はそれをカットしないでNPCにそのまま言わせて、しかもそれを歌にされてしまったんです。ご存知でしょう、そういう歌があって。

 ええ、でもあれが私かどうかわからないんです。あれを歌っているのは別の人だったと思います。楽しい歌ですよね。キャッチーです。

 オブリビオンスペシャルエディション、エルダースクロールズ、モーンホールド…モロウィンド。そして開発はスカイリムに移ったけれど、スカイリムの時は私は呼ばれませんでした。私から連絡を取ろうとしてはみましたが、組合に入らなければダメだと言われてしまいました。こっちは1984年から加入しているんだみたいな雰囲気で。まあ、時には障害を乗り越えようとしても相手を説得できないこともあります。

 そうですね、船乗りの歌のようなものを作ってくれと頼まれたので、作って歌ったことは覚えています。多分思い浮かんだものがあったんでしょうね。それで「別の歌も作りますか?」と聞いたら「いや、これでいい」と言われたので「そうですか」と。

 私は様々な角度から多様な物語を語る部分が気に入っていました。まるで自分たちがキャンプファイアーの周りにいて、そこでいろいろなキャラクターがそれぞれ別の角度からいろいろな話をしているような感じでした。タフガイとかいろいろな役柄ですね。

 それと、たまに声だけでは私が男か女かわからない人もいます。私は教会の聖歌隊で歌っていて、テノールを担当してるんですよ。

 ああ、「You n’wah!」。

 そうそう、みんな好きですね。

 一部のプレイヤーがこんな風に罵られたいなんて不思議なことですね? 私はプレイヤーを励ますのが好きなのですが。「よくやったわ!」とか。いいことですから。

 ええ。ゲームで私を知った人と会うのはいつも驚きです。私はすぐ隣の教会に通っているんですが、そこで若い人が父親に「あの人ってケニオンさん?」と聞いたりしているんです。それで2人は調べたようで、「そうだ、あの人は本物のケニオンさんだ」なんて話していました。だから私は自分が何か秘密を持っている人になったような気がしましたね。

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16. シャリ・エリカー(アズラ、インペリアル女性NPC)

 私が声優の仕事を始めたのは90年代始めのことです。私は本当にこれらの収録が行われているところから遠いところに住んでいたので、私が住んでいたメリーランド州のアナポリスから仕事先のワシントンDCやそういった都会まで自分で車を運転していました。

 その頃、道路交通情報センターのリポーターの仕事は重要でした。当時は他の手段なんてなかったので、みんなそれを必要としていましたから。私はいつも交通情報を聞いていて、それで交通情報の放送時間がDJやトークショーのMC部分などより長いことに気づいたんです。それによって交通リポーターたちの名前が知られていることにも。

 それである日いきなり電話をかけて、「あのー、交通情報のリポーターをやりたいんですけど」と言ってみたら、電話に出た人が「本当に? いや、ちょうど私が地域ディレクターなのですが」と言って、「あなたいい声してますね。デモテープを送ってもらえますか?」と。それで私はテープを送って、採用されたというわけです。

 私は海岸の交通整理をするために採用されて、そこには東海岸に続くベイブリッジという橋がありました(※Chesapeake Bay Bridgeのことだと思われる)。それで私は橋の上でトラックが次々に走っていく中、交通整理をしていました。本当に大変でした。もう2度とやりません、それは愚かな考えでした。そんな時、突然私に電話がかかってきて、「『The Don and Mike Show』という大きな番組があるんだけど、そこの女性アシスタントが1週間休暇を取るから代役をやってみないか?」と依頼されたんです。それでやってみたところうまくいって、私はそのままその番組に出演し続けることになりました。

 その頃私がやっていたのは‟毎日3時から7時までやっている『The Don and Mike Show』の私の出演部分と、このデモテープを聴いていただけると幸いです”といったことを書いた耳の絵が描いてあるカードを、仕事の募集先にデモテープと一緒に送ることでした。そしてそれはうまくいきました。既に私の名前は知られていたので、多くの仕事を得ることができました。

 その頃から私は主にラジオで仕事をしていますが、それとは別にずっと声優の仕事も、そちらの方面の仕事の維持のために続けています。ラジオでは音楽番組やトークショーなどいろいろやりました。直近の仕事はシアトルの『John Curley Shari Elliker Show』ですね。トークメインの番組ですが、政治やライフスタイルなどいろいろなことも話しました。今はフリーランスで声の仕事をやっていますが、AIはそのうち私のような人々を時代遅れにするでしょう。なので私はできる仕事は何でもやっています。

 オーディションをした覚えはありません。なので直接仕事の依頼があったと思います。私はそれがどういう内容の仕事なのか完全に理解してはいませんでした。まあそういうことはよくあります。それ以上知ることもありませんでした。でもそういうものなんです。仕事が入ったら、それをやる。でもそれはとてもいい経験でした。

 ベセスダ・ソフトワークスは素晴らしい企業です。そこで出会った人は誰もが天才かとても親切な人、あるいはその両方でした。そういう人々と一緒に仕事をするのは素晴らしい経験でした。私は彼らと他のゲームの仕事もやりました。いつも楽しかったし、いつも素晴らしい仕事でした。

 ディレクターのマークが私の演じるセリフについて指示してくれました。例えば「Get out of here!」でしたら彼が「誰かが洞窟から出てくるとか…あなたがそこで何かを守っていたり、何でもいいんですが、侵略者が来たみたいな時を想像して『Get out of here!』と言ってください」と指示をくれる感じです。1つ1つのセリフについて指示をくれました。

 難しいのは、それが完全にセリフの文脈外だということです。それが何なのか全くわからないんです。セリフを見ただけではどういう状況なのかわかりません。でも彼らは優秀なコーチでした。これはこういう役柄だとか、彼らが意図しているのはこういうことで、私にはこのように演じてほしいとか、そういうことを教えてくれました。

 でもそれをやるには長い時間がかかりました。何時間もスタジオに篭っていました。そしてある時私がひどい風邪をひいて、私はボルチモアでラジオ番組を担当していたのですが、その日は具合が悪過ぎて仕事を休んだほどでした。ただ私はレコーディングのスケジュールがカツカツだったことは知っていたので、ベセスダのスタッフたちを失望させたくありませんでした。

 それでこんな声(※ガサガサとした声)でしたが、スタジオに行ったら「それでいこう」となって。いずれにせよ彼らが少し私の声を調整はしていますが、少し協議して、「じゃあ新しいキャラを作ろう」となりました。そんな感じで。でも本当に楽しかったです。

 レコーディングは多分、毎日ではなかったですが何週間か続いて、でも1回1回のレコーディングは数時間か、あるいはもっとかかりました。声を当てる仕事としては長い部類です。

 これを言ってもゲーム業界から干されないなら…実はあなたからメールで教えてもらうまで、私はそれを知らなかったんです。何それ、本当に私? と思いました。開発側が録音した声を使って作品にするわけですから、それがどういう風に使われるのかこちらではわからないので。それで私は自分で本当かどうか調べてみたんです。

 私たち2人とも確信が持てませんね。

 私はアクセントのようなものをつけて演じて、それから開発側がエフェクトをかけたりしたのだと思います。でも他の役柄、インペリアル女性、あなたが教えてくれたものなどは私の地声とそんなに違わないと思います。

 はい、その通りです。

 1つ多分、声優の仕事として私がやってきた中で1番おもしろいことがありました。それは戦闘シーンだけを収録していた日が何日かあったことです。スタジオに入って、私はいつもレコーディングの時には寛いで臨めるので座って録るのが好きなのですが、これは無理でした。立ってやらなければいけませんでした。

 戦闘時の声を部屋の中でレコーディングするわけですね。それでセリフが「ああ!」とか「うう!」とか「痛い!」とかそういうものを、殴られたり何かを吹きかけられたりとか、そういうイメージで延々と録音していくんです。それをしばらくやりましたが、スタッフから私の声がどのように思われるか、本物らしく聞こえるか、あるいは十分に痛々しい感じになっているか、自分ではよくわかりませんでした。

 何回か録音し直したことは覚えています。なぜなら私があまりにも普通の女の子っぽい声を出していたからです。「あ〜ん!」とか「いや〜!」みたいな。だから何度かやり直しました。時には3つか4つのセリフを続けて録音することもありました。それで違った感じを出すことができました。楽しかったですよ、声を出すだけなので。「あーっ!」とか「ううう!」とか。セリフを読むよりずっと簡単です。だから全然気にしませんでした。

 あなたのおかげで20年経って初めてこのゲームについて調べてみましたが、ゲームのキャラクターや地名などは私にとってほとんど外国語のように理解できないものでした。でもそれはただ私が詳細を知らない、理解できないというだけで、ゲーム自体に対する私の考えとは全く関係ありません。ゲームは素晴らしいものです。スタッフは見事に仕上げたと思います。いくつかゲームのクリップ動画を見ましたが、熱中している人々を本当に素晴らしいと思いますし、彼らは本当によく続けていますよね。

 私はウェス・ジョンソンと一緒に声優のパネルディスカッションをするためいくつかの会議や大会に参加したことがありますが、参加者はあなたのような専門家でした。私はそれにとても敬意を表しています。そして正直に言えば、私はゲームをプレイできるほど私の頭が回るとは思いません。手いっぱいになってしまうんです。私の人生の多くのことについて当てはまることですが、ゲームを遊ぶことに関しては本当にそう思います。

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17. ウェス・ジョンソン

 「ああ、君が来るのを待っていたよ」ウェス・ジョンソン、声優です。TESシリーズ、モロウィンドでいくつか声を当てています。TESの他に『Fallout』、『Star Trek』、『World of Warcraft』などのゲーム、また映画やテレビ、スポーツの試合の吹き替えなどをしており、そういった人生を送っています。今日はお会いできて嬉しいです。

 ええと、私はまず俳優としてキャリアを始めました。スタンダップコメディからです。クラブで演じたり、夜遅くまで出歩いたりしながらですね。最初はオープンマイクイベントに参加して失敗したりもして、自分が本当にそれに向いているのか、才能があるのかどうかを判断したりしていました。今後何度も炎上するようなことがあっても、自分はそれに耐え切れるのか? とね。

 そういったところからスタートして、それからスケッチコメディや即興劇を始めました。それらをやっていたところ、地元のラジオ局から注目されるようになりました。そしてラジオの世界に足を踏み入れて朝の番組を始めた時、私はWolfman Jackと一緒に仕事をしていました。ジョージ・ルーカスの映画『American Graffiti』に出ていたり、NBCで放送していた『Midnight Special』のアナウンサーのWolfman Jackです。「Hey, are you a little peachy sweet, darling?」でお馴染みの。

 それで私は毎週短いコメディの脚本を書いて制作し、自分でいろいろな声音を使って演じていました。そういったことを全てやっていた他に、即興劇もやっていました。私はいつも違う声音を使い、違う演技をし、違うキャラクターになろうとすることで、自分の専門性を高めています。基本的に私のスケッチコメディはモンティ・パイソンやサタデー・ナイト・ライブのような、毎週生放送のステージでした。そういうものはミートボールコメディ、肉団子手術などと呼ばれます。

 私はただステージに出ていって、楽しみ、何でもやりました。それはちょっと馬鹿げていますが、私たちは基本的に楽器を演奏しないロックンロールバンドの機材でした。私たちはただ愉快だったのです。Henry RollinsとBlack Flagを始めとする全てのパンク・ムーブメントが席巻していたDCスペースと呼ばれる場所の真ん中で、私たちは自分たちのショーを制作していました。

 それから私たちはFresh Victimsというコメディ劇団を結成しました。Fresh Victimsのロゴマークはチョークで描かれた笑顔の人の姿です。そこは街中で最も安全な場所ではありませんでした。実際、毎回のショーはパトカーのサイレンと『Peter Gunn(※アメリカの探偵ドラマ)』のメインテーマで始まり、「ワシントンDCの最も危険な地区から生放送でお届け、Fresh Victims」と続くのです。そんなショーを毎週やっていました。

 そういうわけで私はラジオの仕事もしていましたし、週に26時間、町の主要な新聞に連載漫画を掲載してもいました。舞台の裏方もしていました。当時どこからそんなエネルギーが湧いてきていたのかはわかりませんが、そういう生活をしているうちに声優を探していたワシントンのキャスティングディレクターの目を引いたのです。

 彼らが最初に私を呼んだ仕事は『Unreal 2』というゲームでした。ただし名前の付いた役はもらえませんでした。特定の役を演じるために呼ばれたわけではなかったのです。私はそうしたかったのですが、それは他の人の役割でした。ジェフ・ベイカーにはちゃんとした役があったことを覚えています。彼は私より前から既にラジオの仕事をしていましたが、結局は私と一緒にコメディグループをやることになりました。

 実際、昔一緒にコメディをやっていた人たちの中で、こういうことによく関わっていた人たちについてお話ししましょう。彼らは私に電話をかけてきて「これこれこういうことをやってほしいんだけど」と言うわけです、それで結局私は『Unreal 2』で200通りくらいの断末魔を演じることになりました。私は“ウィルヘルムの叫び”の人間版だったのです。

 「オーケー、ウェス、次はガトリング砲で薙ぎ倒される感じで」「あああああ!」「じゃあ次はジッパーに何かが引っかかってそれが致命傷になる感じで」「あー!」という風に、様々な悲鳴や断末魔を演じました。本当に何か意味のある役柄を演じてみたかったですよ。

 そして私はモロウィンドから声がかかりました。私はモロウィンドで非常に多くの収録を行ったのですが、1人だけそれ以上の数をこなしていた人物がいます。それがジェフ・ベイカーです。哀れなジェフは割れたガラスの上を裸で滑ってでもいるかのような声で延々とダークエルフを演じていましたよ。

 ジェフはあなた方の考える通りの清廉で完璧な人物なのですが、それがあんな声を出していたのはとてもおもしろかったですね。私がスタジオに入った時、ディレクターが…スタジオは『Absolute Pitch』という場所で、DCの繁華街にありましたが、電話帳のような分厚い紙束を持ってきたんです。その台本を1度に1段落、1文ずつ読んでいくわけです。そこでやっていたのはそういうことでした。

 私が実際声を当てる手がかりとするために唯一見ることができたキャラクターはSocucius Ergallaでした。昔はみんなそうだったのですが、1つの種族全体が同じ声をしていました。まるで一族が集合したかのように。近親交配が進んでいるのかと思うほど、全員同じように聞こえました。

 ですがモロウィンドのディレクターはトッド・ハワードでした。トッドがブースの中にいて、それとAbsolute PitchのオーナーChip Ellinghaus。私たち2人でちょっとした収録をしたり、更に数回やったりしました。本当に楽しかったですよ。本当に楽しい時間でした。時々休憩を挟んだりしてね。階下にはペストリーが置いてあり、トッドと私はたまにそこで何かつまみながらコーヒーを飲んで話し合ったりしました。そういうことはほとんどありません。なぜならそれは仕事のようでいて、実のところそうではなかったからです。

 私は役柄に没頭するのが好きです。キャラクターと一体化することが。ですがモロウィンドは…こういうことをしたゲームはこれが初めてだったのですが、アニメーションの仕事もやりました。モロウィンドは普通のゲームとは違います。このゲームは映画的なものです。舞台、役柄が生きている、キャラクターそのものが生きているのです。

 私は当時そのことにあまり気づいていませんでした。と言うのもゲーム業界自体がまだ黎明期だったからです。モロウィンドがリリースされた当時、一般的なゲームを遊ぶ時には画面に表示された多くのセリフを“読む”ものでした。ですがモロウィンドは声がついた‟聞く”セリフが非常にたくさんあり、その点で普通のゲームとは異なっていました。そしてもちろんモロウィンドが発売された時、私も遊び始めました。

 ええ、もちろん。私はゲームが大好きですから。モロウィンドは700時間ほどやりました。シルトストライダーの夢も見ましたよ。ちょっと外を歩く時には、舞い降りてきて私を引き倒すクリフ・レーサーがいないことを祈りながら肩越しに空を見上げたりもしました。

 ゲームに夢中になりすぎると、眠る時にもその世界の夢を見たりします。その世界に完全に没頭すると、自分の周りにその世界を感じることができるのです。その経験は私が今までやってきたこと全てにおいて非常に役立ちました。私のモロウィンドにおける経験、演技はとても役立っているのです。そしてもう1つ強調しておきたいのは、リリース後にこのゲームを遊んだことで私のTVゲームの世界には革新的な変化がもたらされたということです。

 私が『Oblivion』のオーディションに呼ばれた時、音響ディレクターのマーク・ランパートと、彼とテキサスでチーフとして一緒に働いていたエミル(※後述されるEmil Pagliaruloと思われる)が入ってきて、「もう少しリアルな感じでお願いします」と言ってきました。そこで私は自分がモロウィンドの世界にいることを想像しました。鎧を身につけたり、ゲームで自分がしたことの全てを思い浮かべました。なぜならモロウィンドの世界は非常にイマーシブだからです。

 それで私は自分が演技をしながらその世界の中に“いる”ということに突然気づきました。オブリビオンの衛兵やそれらの役柄を演じるにあたり、演技だけでなくこの経験、様々なセリフを1つずつ収録し、それらを個別に生きたキャラクターとすることがどのようなことなのかを、モロウィンドで既に経験していたことはとても役立っていたと思います。

 それは私を演技者として高めてくれました。私は良い演者ではありませんが、そうであろうと日々努力しています。私にとってそのことはより良い経験となりましたし、願わくは私が演じたゲームを遊ぶプレイヤーの皆さんにとってもそうであってほしいと思います。私もゲーマーですし、ゲームを遊びますからね。

 この週末、私はお話ししたように昨日〇〇(※人名、不明瞭)に会いに行ってきました。ですが私はカフェインを大量摂取しなければなりませんでした。と言うのも一晩中リマスター版のオブリビオンをプレイしていたのです。破壊術と神秘術のスキル上げをして、人生で何かを成し遂げたような気になりました。話の大筋を進める前に燃え尽きたような気分です。ですがゲーマーなら皆さんわかってもらえると思います。「最近どう?」と聞かれて「そうだね、破壊術と神秘術と変性術と幻惑術のスキルが全部100になったよ」「すっげえ!」というような。

 私は妻にもスキルのことを話し、妻は「へえ。すごいんじゃない(※無関心そうな声音)」と言っていましたが、やはりゲーマー同士のやり取りとは意味が違います。

 オークは私にとって良い先駆者となりました。彼らは私がフォールアウトで演じたスーパーミュータント、より不機嫌に唸り声を上げているような生物と比べれば人間とはそこまで異なりません。オークは大きく粗野ではありますが、精神的には人間と近いものがあります。モロウィンドのキャラクターとして、物理的にそれに入り込むのです。自分がその身体の中にいて、精神的に一体化し、各キャラクターがどのように生きているのか想像する。その点でオークはとても興味深いものです。ゲームとは単に場所に過ぎません。私が6つに割れた腹筋を手に入れることはこれからもありませんが、そういうキャラクターになりきることは誰にでもできるのです。

 ブレトンは神秘的で、多くの魔術師を輩出しています。トッドとそれについて話したことを覚えていますが、私たちは音、戦闘中の音声について注力しました。全ての音声はそれぞれ異なっていなければいけません。ですからオークでしたら「グルルル…!」といった声だとしても、剣で攻撃された時のブレトンの悲鳴とは違うものになります。

 トッドにそれについてどう思うか尋ねたところ、彼は「そうですね、ブレトンは主に魔術師ですからもっと恐怖を感じるのではないでしょうか」と言ったので、私は「彼らは戦いたくないということですか? ああ、戦いが好きではないということですか」と理解しました。私はブレトンの被攻撃時の声について、悲鳴を上げて逃げ出すような、戦闘なんて全然得意じゃないというような感じで演じました。

 ですがゲームがリリースされると「こんなの私のバトルメイジじゃない。私のバトルメイジは戦闘中ももっと勇ましい」という人々が出てきました。私はそうは思いません。正直に言って、20kg超えのブロードソードを持った人物に追いかけ回されたら、誰でも走って逃げながら叫ぶでしょう、「こんなことあり得ない!」と。「あり得ない! そんなものをこっちに向けるなんて!」とね。現実世界では、私が演じたキャラクターの誰のセリフもまず口から出てくることはないでしょう。私がブロードソードで襲われたらモンティ・パイソンよろしく「逃げろ! 逃げろ!」と叫びますよ。

 さてオークは野蛮ですが、それが彼らの生き方なのです。特徴のうちのいくつかは帝国兵と似ているところもあり、私はそれらを演じるにあたって軍人や警官、私が出会ったマッチョな男性を参考にしました。彼らは自分たちの仲間にのみ大きなハグやキスを与えます。つまり、もし彼らの一員になれたなら、心は非常に暖かくなるでしょう。彼らは感情を隠して、自分自身をしっかりと守っているからです。オークはそういう種族なのです。

 ブレトンの場合、感情的な面ではそれほど重きを置かず、もう少しオープンでフレンドリーな感じで演じられました。そういったことはTESシリーズの中で変化し始めるでしょう。私は最近ESOのDLC: Gold RoadでJahones Valainという死の間際の人物を演じました。その死の床で彼は息子について、コミュニケーションを取れていなかったことを後悔します。それは私がこれまで演じてきた中で最も感動的なシーンの1つでした。

 私たちはそこから長い道のりを歩んできましたが、私はモロウィンドこそが個々のキャラクターを掘り下げリアルな人物として発展させていった原点であるように思います。最初にモロウィンドでコサデスに会い、彼をメンターとしたことは皆さんあると思いますが、誰しも彼をがっかりさせたくなかったでしょう。彼は単なるピクセル画で、シャツも着ずに腹筋を見せつけつつ話してきます。気まずいですよ、せめて何か着てよと。せっかく仲間ができたのに。でも彼ら仲間たちを失望させたくはありません。

 その通りです。おっさん、行くなと思うものです。こういったゲームに夢中になると、リアルよりもリアルに感じられる瞬間がいくつもありますね。

 はい、マラキャス、モラグ・バル、ボエシア…モラグ・バルはこれまでにも他の人が大物NPCと共に声を当ててきたキャラクターです。多分私は長年の間にほとんどのデイドラ公の声を当てたことがあるのではないかな。

 ボエシア、マラキャス、モラグ・バル、シェオゴラス、ハルメアス・モラ、あと…多分他にも。

 メイルーンズ・デイゴン? ええ、メイルーンズ・デイゴンもある時期にやりましたね。デイドラ公もそれぞれ違います。そして異なる演じ方をしてきたのが私の誇りでもあります。「これとこれを演じている人が同じって冗談でしょ?」と思ってもらえるでしょう。みんなSocucius ErgallaとLucien Lachanceを演じたのが同一人物だとか、ハルメアス・モラとシロディールの衛兵の声を当てたのが同じ声優だなんてわかりません。皆さん私の地声が衛兵のものと似ていると考えているようですが、必ずしもそういうわけではありません。

 『Starfield』で私が演じたRon Hopeは、Dabney ColemanとKevin Spaceyを足して2で割ったような感じのちょっと横柄な庶民派の男で、ほんのちょっとだけ衛兵と似た声を当てています。なぜなら彼には権威があり、周りの人々はそれを知っているからです。それで「えーこれってオブリの衛兵の声じゃない。久々に聞いたけどこれまでこの人は何やってたの?」と言われるのはかなり愉快なことです。私はずっと演技をし続けていましたし、たくさんのキャラクターに声を当てていたのに気づかれなかったということですからね。

 ですが私にはそれが嬉しいのです。「誰かにスイート・ロールを盗まれた。さて君はどうする?」と聞いた時に、皆さんには「あっ、ウェス・ジョンソンだ」と思ってほしくありません。それはSocucius Ergalla本人だと思ってほしいのです。このオークはウェス・ジョンソンだとか、シェオゴラスもそうだなどと考えてほしくありません。あくまでもそのキャラクター自身として感じ、それに没頭してほしいのです。ストーリーに浸ってもらいたい。

 実際、私がゲームをしていると「自分の声を聞いているのか?」と聞かれることがあります。最初はいくつか聞いてみますが、単に私自身の声を聞いているわけではありません。場面に合っているかどうかを確認するために聞いているのです。話に添えているか、不自然ではないか? たくさんのキャラクターに声を当てるにあたり、どういった場面かの説明を受けながらセリフの1つ1つをバラバラに収録するのはパズルのようなものです。ですからそれらのピースを繋ぎ合わせるとどうなるのか? シームレスに聞こえるか? 物語の登場人物を気にかけてもらえるか? それともちょっと変だと思われるか? 私はそういうことが知りたいのです。

 ですから私がそういったこと、自分の声を聞きながらゲームを遊んでいて満足できるとしたら、自分のセリフが自然でストーリーへの没入を促せていると感じられた時です。ゲームをする時には自分がそれらの声を担当していたことは忘れます。私は単にコントローラーを持ったプレイヤーです。

 実際、オブリビオンリマスターやそのオリジナル版でインペリアルの声を担当したことは楽しかったです。なぜなら戦闘時の声の収録をする時、私は既にモロウィンドでブレトンの声を担当していて、更に自分が声を当てた種族でゲームを遊ぶという経験をしていましたから。戦闘が始まると、戦いながら自分の声が聞こえるわけです。愉快ですしメタ的ですよ、この「うぁーっ!」とか「おらあああ!」という声が自分なわけですから。

 このゲームはファンの皆さんにも愛されていますが、私にとっても大好きなゲームです。モロウィンドはゲームに声を当てるということがどういうことかという問いに対する私の考えを完全に変えました。ゲームそのものが持つ可能性に関する私の認識を完全に変えました。これはただのゲームではありません。その中で冒険し、リアルの自分を忘れて一端を担うことができる完全な世界があります。そんな世界を遊ぶだけではなく、声を当てられるということには計り知れない価値があります。

 ゲームが発売された時にみんなで集まって最後に祝った時の思い出がたくさんあります。何年もかけてゲームはベセスダ自身と一緒にますます大きくなり、より良いものになりました。ゲーム発売時のセレモニーは盛大なものでした。けれどそれ以前のもの、開発者たちが時間や労力、愛や献身を注ぎ込みそれまでに作った土台があったからこそ、“やり遂げた”という感慨があったことは言っておかなければなりません。

 モロウィンドの仕事でよかったことの1つは、生涯の友と呼べる人々と知り合えたことです。それはベセスダ・ゲームスタジオだけのことに限りませんが、私は何年にもわたって彼らと一緒にコメディをしたり演じたりしてきました。誰かから「誰かいい人を知らない?」と聞かれたら、私は「もちろん、もちろん。シャリ・エレカーとは話してみた? Jan Johnsや、Mike Rosson(※2人共Falloutの声優)は?」と答えます。私が今まで出会った中で最も才能がある人たちです。

 このような素晴らしい人々を紹介できることは私にとっても嬉しいことです。なぜなら紹介を頼んできた人々は私を信頼できる人物、いつも要望にぴったりの素晴らしい人を紹介してくれると思ってくれるわけですから。けれど実際には私はこのような才能ある素晴らしい人々との関わりがあって非常に幸運だったというだけです。

 シャリ・エレカーと私は以前一緒にスタンダップコメディをしたり、スケッチコメディをしたりしました。ジャン・ジョンズとも。マイク・ロッソンはビデオ・パイレーツというコメディ劇団をやっていましたが、それは私が無名だった頃からその地域では有名でした。マイク・ロッソンは「やあ、こっちにきて一緒にやろうよ」というタイプです。

 何年もの間彼は私の最も親愛なる友人たちの一人でした。素晴らしい声の持ち主でした。『Fallout』の全てのグールと他にもたくさんのキャラクターを担当していました。彼は無数の声色を持ちながら、決して自分の才能を鼻にかけるようなことはしませんでした。そういう人の中には、隠れた才能をわざわざ世の中に知らせようとしない人もいます。

 ですがジャン・ジョンズは今や大成功しています。オブリビオンリマスターにも再登板し、追加の収録をした声優の1人でもあります。『Fallout』でも多くの役を演じ、ディズニーでも鳥のような歌声を披露しています。シャリ・エレカーも愉快なだけではなく、その情感豊かなセリフ回しで真に皆さんを感動させることができます。

 長年にわたってそんな人々と交流できたことは本当に幸運です。トッドや、ディレクターのマークも。Emil Pagliaruloやマーク・ネルソンも本当に素晴らしいシナリオを書いてくれました。けれどそれは私のためだけではなく、彼らは自分自身のためにそれらを書いていたのです。誰もが自分のために書き、それに命を吹き込みます。声優はそれに違ったやり方で更に命を吹き込みます。皆さんの耳に届くまでには本当にたくさんの人々が役に息吹を与えているのです。

 お伝えしておきたいのは、私がモロウィンドで関わった人々、ベセスダ・ゲームスタジオ、元はベス・ソフトだったベセスダ・ソフトワークスの開発者たちは、自分たちの仕事を愛していました。自分たちのやっていることに情熱を持って取り組んでいました。彼ら自身が遊びたいと思うゲームを作ろうとしていました。そこが大事なのです、自分たちが作っているものを遊びたいと思うことが。

 私たちは自分たちが見たいものを作っています。私はそれこそが全ての想像的な行動力の源となるものだと思っています。自分を幸せにしてくれることをしなければなりません。自分の心に喜びをもたらしてくれることをです。そうでなければ誰の心にも何も届きません。

 モロウィンドの収録が終わった時、私は「これで終わりなのか?」と思いました。けれどそれは始まりに過ぎませんでした。なぜなら私は“声優のウェス”でいることをやめて、“ゲーム好きのウェス”になったからです。ゲームの世界を愛し始めたからです。もし自分が演じているゲームの世界を愛することができるなら、声を当てることはもっと楽しくなります。そしてそんな風に楽しんで声を当てることができるなら、ゲームをプレイする皆さんにももっと楽しんでもらえるのではないかと思います。

 ですから、私にとっては喜びでした。モロウィンドは喜びでした。そして長年にわたって私に喜びを与え続けてくれています。それが皆さんにとっても同様であることを祈っています。

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18. キャサリン・フライ(アルトマー及びブレトン女性NPC)

 キャサリン・フライです。米国で40〜45年ほど仕事をしています。私が初めてやったゲームの仕事が『The Elder Scrolls』でした。最初に言っておかなければならないのは、私は演劇俳優で監督でシナリオライターだったため、ゲームのことに関しては全く知識がなかったのです。それでも私は声優としての仕事もたくさんしていたので、問題はありませんでした。とても楽しみにしていました。

 私がオーディションを受ける必要がなかったのは、当時の声優は自分の声の4分のサンプルテープを作っていましたので、私もそのようにして自分の声のデモテープをスタジオに持ち歩いていたんです。そのようにしてこの仕事を得ることができました。

 いずれにせよ、レコーディングは2週間でした。今でもよく覚えていますが、10時から15時までだったと思います。そして台本は演劇のものとは異なっていました。それは単に誰かが何かを書いたたくさんのセリフの集まりで、いろいろな言い方、いろいろな声音、いろいろな感情でこのセリフを言ってくださいと指示されるのです。

 それは本当におもしろくて、私は大変楽しみました。大変な仕事でしたよ。でもやりました。やり遂げました。2週間後に、私は「ありがとうございました。それでは」と言ってスタジオを後にしたのです。ゲーム自体がどんなものになったのかは見ていませんでした。

 でもある日息子のチャーリーから電話がかかってきたのです。もちろん息子もゲーム好きでしたよ。それで「お母さん、ゲームの声優やった?」とこう聞くんです。だから私は「やったけど、それがどうかした?」と言ったんですが、息子は「うわー、そのゲーム買ったよ。友達と一緒に座ってゲームしてたら知ってる声が聞こえてめちゃくちゃビビった。だからそのゲームできなかった。もうやらない。できない」と言って。なので息子は遊ばなかったんです。少し寂しいですね。もしかしたら今ならできるかもしれません。でもおもしろい話でしょう。

 それからウェス・ジョンソンが、私はレコーディング中に何度も「やり直します」と言っていたと話していました。私はそのセリフが正しいやり方で発音されたと思えるまではやり直すタイプなのです。それはそれでいいのですが、スタッフはリテイクを録音していなかったんです。だからゲームにはやり直した方は採用されていないんです。笑ってしまいました。なんておかしいのかしらと思ったものです。

 それから時が経って今から5年ほど前、私はワシントンのシェークスピア劇場で『The Secret Garden』という劇に出演していてメドロック夫人を演じていました。座って台本の最初の読み合わせをする時、素晴らしい会場に素晴らしい企画でとてもわくわくしていました。

 そうしたら同じ劇に出演していた若い俳優が少し青ざめた顔で近づいてきて、「あなたの声…あなたの声を私は知っています」と言うんです。私が「あら、本当に?」と返したところ、「はい。あなたは『TES3: Morrowind』に出ていましたよね? そうですよね?」と言うので、「そうですよ」と答えたら、「あなたは私の子供時代の象徴です」と。

 それで私はゲームというものはなんて大きな影響力を持っているのかということにその時突然気づいたのです。それまでは全然わかりませんでした。他にゲームの仕事をしたことも、自分で遊んだこともありませんでしたから。それで私はなんて素晴らしいことなのかしらと思ったのです。

 トム、あなたがいろいろなメールをくれるまで、私は自分が何を演じたのかも知りませんでした。それが何のことかも、いい意味なのかどうかもわかりませんでした。でも今なら多分そのゲームを見たり何かした方がいいかもしれませんね。私が本当に覚えているのはそれで全部です。驚きました。

 おもしろいことですよ。

 ええ、もはや衝撃的なことです。私はこのゲーム作品が信じられないほど知名度があることに気づかされました。ただこれ以上は何も言えません。と言うのも私はそれについてあまり詳しいことを知らないからです。

 でも自分の声をいろいろな形で使うことができたのは良かったです。

 前提として、演じるキャラクターの性格はわかりません。わかることはセリフの横に書いてある‟怒りながら”とか‟喜びながら”とか‟不思議そうに”などというト書きだけです。そういった指示は全てにおいてありました。なのでおもしろかったですね”

 例えば、「あなたのしていることは好きじゃないわ(※不安そうに)」と言うでしょう。それは少し心配しているか、よく理解していないような感じです。これが「あなたのしていることは好きじゃないわ(※語気を強めて)」であれば怒りの表現です。こういうことが私は好きなのです。言われたことをするために、その役柄を研究する必要がありませんので。

 そして俳優として、私は指示された通りに演じます。たまに監督が間違っていると思うこともありますが、それでも言われた通りにやります。そうしなければなりません、プロですから。そうでなければOKは出ないし、もう1度やるように言われます。

 そうやってセリフを読み上げていくわけですが、時々、私はただ声を出すだけでした。「あー!」といった叫びなどですね。何秒にもわたって叫び続けるわけです。そのせいでたまにおかしくなりそうにもなりました。私にとってはとても疲れる作業ではありましたが、何時間も何ページも台本を読み続けました。

 声の調子については、私は声を一定に保つトレーニングを受けていて、それが仕事上の訓練ですから、そもそもそういった喉を持っていれば声のトーンを上げたり下げたり自由に変えることができました。そしてその声音の全てを使えるというのは私にとって素晴らしいことだったのです。演劇ではいつもそうというわけにはいきません。たまにできる時もありますけどね。

 そうなんですか? 本当に?

 そうですね、まるで私の人生で何か人々の記憶に残ることを成し遂げられたように感じています。ちょっと適当に聞こえるかもしれませんが。いえ、他にもいいことはやりましたよ。私はとても幸運だと思います。そうじゃありませんか?

 ベセスダのスタジオは素敵なところでした。ああ、そしてそれについて1つ。スタッフは決してこちらに凄んだりはしませんでした。完全に安心できる環境で、したいことをさせてもらえました。それは当たり前のことではないのです、特に最近では。そうですね、それは考えもしなかった思い出です。その心地いい空間については覚えていましたけれど。それは素晴らしいところでした。そして私たちをよりクリエイティブにしてくれたのです。

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19. デイヴィッド・デボイ(アルトマー及びボズマー男性NPC)

 デイヴィッド・デボイです。まだ髪があった頃は俳優をしていました。いえまだあそこの箱の中に入っていますがね。必要があればいつでもかぶることができます(笑)。プロの舞台俳優としてキャリアを始めて、俳優と劇作家になりました。私が書いた作品はかなりの数が出版されていて、全国各地で時々上演されています。最終的に電子メディアにも携わるようになりました。

 私は演技を70年代に舞台から始めましたが、その頃レコーディングには部屋2つ分の録音機器が必要でした。そういった状況では、CMやドキュメンタリーのナレーション、本の朗読といった声の仕事に就くことは簡単ではありませんでした。競争も激しかったですし、この分野はほとんど中年の白人層によって占められていました。私は白人ですが当時はまだそこまで年齢を重ねていなかったので、既に長くその仕事をしている人々が初心者よりも優先されていたのです。

 ですが他の俳優陣からの推薦のおかげで、私もオーディションを受けられるようになりました。声優の仕事だけではなく撮影の仕事も。この業界では全てを担えなければなりませんから。ボルチモアやワシントン、中部大西洋岸とこちらでは呼びますが、ボルチモア、ワシントンDC、北ヴァージニア、フィラデルフィアの一部、デラウェア、これらは長年にわたりかなりこの類の仕事では活動的な地域でした。

 でも今は少し状況が変わりました。今私がしているように、小さな防音部屋に入って録音をしさえすれば、そのデモはどこにでも行き着く可能性があるからです。ただ当時、ゲーム業界から白羽の矢が立ったら、オーディションに呼ばれ、スタジオまで自分で車を運転し、台本をもらい、様々な役柄のオーディションをそこで受けました。私がやったゲームの仕事はどれも大体こんな感じでした。

 私が受けた最初のゲームの仕事は『Death Gate』でした。1994年のゲームです。それは私にとって全く新しい経験でした。バインダーの分厚い台本を渡されて、何枚も何枚もページをめくってセリフを読み続けるんです。そうすると大体どんな話なのかわかってきますし、プロデューサーも「今はゲームのこういう場面で、次はこうなる」と教えてくれます。

 でも私はゲームについて深堀りしたことはありません。他のほとんどの演技の仕事と同様に、自分をいろいろな分野に売り込む必要があるからです。雇用主側にアピールする必要があるのです。私はいろいろな違った種類の演技、舞台や映像や声優などができて幸運だと思っていますが、ゲームの仕事のみに焦点を絞っていたわけではありませんでした。

 ベセスダ・ソフトウェアはその分野ではメジャーな企業ですが、それでもオーディションを受けないか声をかけてくれることがあります。そして『The Elder Scolls』については…ちょっと自分がどんな役柄を演じたのか調べ直さなければいけませんが、ゲーム声優では世界的な第一人者でありいろいろな役をやっているウェス・ジョンソンが、彼がやっているゲーム声優のクルージングイベントに1度私を誘ってくれたことがあります。

 それで「ウェス、それはどういう仕事なんだ?」と私が聞いたら彼は「モロウィンドと、他に私がやったいろいろな役のイベントだよ」と言うんですね。だから「ウェス、もし君が私をゲーマーたちに紹介するつもりなら話は長引くぞ。デイヴィッド・デボイって一体誰だ? となるに決まってる」と言いましたね。それは私のキャリアの小さな部分ではありましたが、楽しい仕事でした。

 そしてモロウィンドで私に割り当てられた役柄はアルトマー(※↓)で、現在はこれをアルトマー(※↑)と発音することに気づきました。そのキャラクターをいくつかやりました。いろいろな声音を使いました。

 たまにプロデューサーが「ちょっとジェフ・ベイカーの声と似すぎているな。もう少し声を高くしたり低くしたり、声域や声の雰囲気を変えられますか? もうちょっと鼻にかかった感じとか、軽さとか」とそういうことを言ってくるんですね。私は本の朗読もたくさんやっていますが、その時にはそういったテクニックを使いますので、ゲームでもやりました。

 朗読の時はもう少し複雑です。なぜならフィクションの本を朗読する時には全てのキャラクターの声を自分1人でやるからです。よく女性の声はどうやるのか聞かれますが、そういう時は私は「やらないわよ(※女性のような高い声)」と返します。少し軽い声を出します。ほんの少しだけ声を軽くします。そして軽くすることで、声は若く聞こえます。そうやって自分の声の幅を広げていくのです。風邪を引いた時や、収録時に体調が良くない時の対処法も学びます。

 そして私は今も人々からメールを受け取ります。私が俳優でdaviddeboy.comというサイトを持っていますから、私にコンタクトを取ることは極めて簡単です。私が声を当てた様々なゲームについて尋ねてくる人からのメールを今も受け取っています。

 TESに関して私のお気に入りの小話があるのですが、「ねえ、私はリンダ・カーターと仕事をしたことがあるんだ。素晴らしい人だったよ」…まあ実際にはリンダ・カーターと一緒に何かをしたことは1度もないんですが、参考までに(笑)。

 そして以前PCではフロッピーディスクを使わなければなりませんでした。ですが私はマックユーザーなのです。Apple IIc以来私はずっとマック愛用者です。今では完全に古い機種ですが、当時それを使う時には蝋燭で照らして明るくしなければ画面が見えませんでした。その頃ゲームのほとんどはPC向けに制作されていましたが、私はマックユーザーでしたから、自分が声優として関わったゲームを実際に見ることはほとんどありませんでした。

 いいえ。私はそんなにゲーム愛好家ではなかったので。ゲームを遊ぶにしても、シューティングゲームをしていました。私は神話的なストーリーのあるゲームの世界にはあまり興味がなかったのです。それでも私は『Star Trek』シリーズの大ファンですから、そのシリーズのゲーム作品のうちの2つに参加しました。楽しかったですよ。

 モロウィンドは2002年に発売されましたが、当時インターネットはまだ黎明期でした。なのでゲームに本当に興味を持っている人にとっても、ゲーム業界の動きを把握することは今よりも困難でした。そこに興味があったわけではなかったので、あまり注意を向けていませんでした。それにウェス・ジョンソンがこの業界の仕事を一手に引き受けていたので、私が参加する必要があるとも思っていなかったのです。

 え? どういうことですか? 本当に?

 トム、あなたは私がネットミームになっていると言っているんですか(笑)!?

 本当ですか? キャラクターの名前は何と言うんでしたっけ?

 そんなに有名なら、今後はもっと私のギャラを高くしてもらわなければいけませんね(笑)。

 何てことだ…最高ですよ。後で調べてみないと。23年間、この長い時が経つ間に私は自分が誰を演じていたのかモロウィンドについて文字通り調べてみるべきでした。アルトマーの男NPCだけかと思っていました。そのエルフの声を出していた時のおもしろい話を思い出して、あなたに話せたらよかったんですが。

 そうですね、何か考えてみましょうか。‟それはレコーディングスタジオの暗い1日だった…”なんてどうですか(笑)。ああ、ぜひリンクを送ってください。後で見てみます。多分ウェスと一緒にまたクルージングイベントに行くだろうから、船の上でそのセリフを言ってみればいいのかもしれませんね。

 何てことだ、ビデオ通話をする前にもっと予習しておくべきでした。もっと素晴らしい話を作り上げることができたでしょうに。いやおもしろい、ぜひ名前のリンクを送ってください。本当にすごいことです。

 私にとってとても幸運なことの一つは、この声です。若い頃からあまり変わっていません。特に本の朗読などでは使えますし、ゲームにも復帰できるなら演じられると思います。私はまだ若い声やその他の声音も使えます。そしてそれは実際朗読などにとても役立ちます。

 私はJoe Knightという素晴らしいDJでもある声優を知っていますが、引退するまでその長いキャリアの全てを通じて声が変わらないのです。彼はフロリダに引っ越して、そこでラジオMCの仕事をパートでしていますが、声は全く変わっていません。運が良ければ、私の声もあと数年はそんなに変わらないでしょう。

 それは多くの俳優が住宅ローンの支払いを目標としている状況に似ています。つまり、どんな仕事でも引き受け選り好みしないということです(※他の職業と同様日々の糧を得るために働いているわけで、仕事自体がどんなものなのかに思い入れがあるわけではない意と思われる)。

 ほとんどの場合、私は俳優としてやってきたことはすべて心から楽しんできました。CMでもナレーションでもドキュメンタリーでも、訓練用の動画出演でも。私は沿岸警備隊以外のどんな部門の軍服も着てきました。ボルチモアでは、ワシントンDCからすぐ近くですから、そういった動画をたくさん作っているんです。

 俳優がただ仕事をするためにスタジオに行った、というのは一般的に考えられている以上によくあることだと思います。そして突然、彼らが参加していた何かが素晴らしいものになる。コンサートで感動してつい近くの人と抱き合っていたら、突然お互いが誰なのかに気づいたかのように。まあそれはまた別の話ですが。

 でも人々が今もまだ楽しんでくれているものの一端を私が担えたというのは素敵なことです。そして私が言ったセリフが長い間若者たちの間で流行り続けていると今あなたが教えてくれたことは嬉しかったです。教えてくれて本当にありがとう。あなたは新しい扉を開いてくれました。

 そうしましょう。教えてくれて感謝しています。

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20. エリザベス・ヌーン

 私が誇りに思うことは…私がやったことは演劇の経験から来ていました。舞台演劇、〇〇や〇〇(※人名、不明瞭。後者はMare Winningham?)、Kim StanleyやElaine Akenなどの俳優陣と学んだことなどです。

 TESとその後継作で私が誇りに思うことの話に戻りましょう。オブリビオンやその他のものですね。台本をもらった時、初めに注目したことは“女性である”ということでした。それがアルゴニアンであろうとカジートであろうと何であろうと、どんな役柄であろうと私はそのキャラクターが“女性である”ということを念頭に置いて演じていました。死んだり、笑ったり、攻撃したり、怒ったりといった演技をする時、私は喉の奥で出すガラガラした声のトーンを保ちつつ、常に母親であるということを意識していました。

 痛む時には通常よりもう少しだけ痛みを感じているように演じます。怒っている時にはもう少しだけ攻撃的になったり。ご存知のように、女性が怒っている時は本当に同じ部屋にいたくありませんからね。おわかりですか?

 何回かご経験がおありでしょう。そしてそういった演技をしてきたことを、私は誇りに思っています。それからベセスダのマーク・ランパートと一緒に仕事に取り組んでとても良かったことは、私がそのように演じることを彼が許してくれたことです。私はかなり重要なキャラクターを演じてはいたものの、声を当てた役柄は少数に過ぎませんでした。しかし台本はこんなに分厚かったのです。

 彼は実際には収録に時間をかける必要はなかったのですが、プロジェクトに非常に熱心に取り組んでいたため、できる限り最高のキャラクター描写を実現しようとしていました。そこで彼はNPCたちにより人間味を与え、私たちにもそうすることを許してくれたのです。私はそれがTESシリーズが今も生き残っている理由の一つだと思っています。プレイヤーの皆さんは実際にキャラクターを気にかけてくれていますよね。ですからそのことを確実にお伝えしたかったのです。

 そしてパトリック・スチュワート、これが私の得た名声の根拠ともなっているのですが、彼が私のモロウィンドでの声を聞いた時にこう言ったのです、「このキャラクターの根底には女性がある」というようなことを。彼は私が獣人を描写する努力に本当に感銘を受けていました。私たちは本当にこれらを気にかけて演じていたので、その部分を皆さんにお伝えしたいのです。

 私たちは劇団のようなものでした。それがこのゲームをとても素晴らしいものにしました。私は『Firefly』や『Fallout』など、他にもたくさんのゲームやアニメに参加してきました。ですがスタジオにいる時はある意味一人ぼっちなわけですね。このレコーディングの時もスタジオに一人だったわけですが、収録が終わって出てくると他の役者仲間たちがみんなそこにいたんです。まるでみんなで劇団をやっているようでした。俳優として役に入り込んでしまうと、プロジェクトの中でそういった仲間意識を持つことはそれほど重要ではありません。けれど連帯感を持つことは何の邪魔にもなりません。

 いえ。いいえ、私はゲーマーではありませんので。私は母親で、女優で、舞台やいろいろなことをやっています。ただマークは…これはまた別の話になりますが、彼は声を当てるために専業声優ではなく俳優を集めたのです。それが私が呼ばれた唯一の理由です。私はナレーションの仕事も多く務めてきましたが、本業の人には敵いません。私はまだそういった仕事を続けていますが、声の仕事でも私の水準はそのような感じです。そして私はまだカメラの前での演技もしています。だから私は本当に…こういったことは言いたくないのですが、ゲームをする暇がありません。私にはもっと時間が必要なのです。

 時間が必要です。でも先日スイミングクラブである人が「あなたは『Firefly』に出てましたか?」と聞いてきたことがありました。彼は私に話しかけているのかしら? とちょっと戸惑いましたが。人々は私のところにやって来て、いくつかセリフを言ってみてほしいと頼むのです。それは気分のいいことですよ。

 私の個人的な観点でゲームに関することは、俳優としての視点から来ていると思います。私たちにはキャラクターを創造し、そのキャラクターに自分自身を投影させることで、先ほど言った女性らしさを反映させる機会が与えられたのです。あれは全く新しいやり方でした。今でもそうです。それとセリフあたりの時間を計算する必要はありません。エンジニアが全部やってくれるので、例えば変更を加える必要があっても1つのセリフあたりの計測時間に気を散らされることはありません(※意味が大幅に違う可能性あり)。

 本当に素晴らしい経験でした。あんなに分厚い台本を受け取ったことはありません。その分、毎日毎日レコーディングが続いたわけですが。ともあれそれはとても素晴らしい経験でしたので、ゲーマーの皆さんの目に再び触れられるものの一端を担えたことはとても誇りに感じています。

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