ソウル・ケルンの混沌の中、ダーネヴィールは石壁の上から首をもたげる。命ある者、それも馴染みのある匂いを感じて。
「ダーネヴィールさん、ここでお逢いするのは久しぶりですね。お元気でしたか?」
抱いた期待通り、馬の霊に乗って現れたのはアルマだった。ダーネヴィールが征服者と認め、彼を呼び出す手段を与えた娘。
「クァーナーリンか。どうした、ソウル・ケルンに用でもあったのか? わざわざここまで来るのも楽ではないだろう」
「でもここならあなたとお話しするのに時間を気にする必要もありませんから」
「!」
その言葉はアルマがダーネヴィールに会いに来たことを示している。他の用件のついでではなく、彼に逢うためだけにこの混沌とした死者の繋がれる場所へと赴いたのだと。
「あなたが外の空気を感じる方がお好きなのは知っていますが、最近はあまり天気も良くなくて。それにタムリエルではまだまだゆっくり過ごす気にはなれそうもないでしょう?」
召喚されればいつも数千年ぶりの現世を喜び勇んで飛び回っているダーネヴィールにアルマは笑った。彼女と言葉を交わすのが嫌なわけではもちろんないにせよ、ソウル・ケルンに慣れた身には外の世界は誘惑が多すぎる。前回呼ばれた時も見事な月が輝く夜だったが、危うく背に乗せたアルマを降ろすのを忘れたまま許された時間が終わり、危うく高みから落としてしまいかねないところだったのだ。
「……すまんな。だがお前には感謝している、クァーナーリン。定命の者であることが惜しいほどに」
同じドヴの魂を持っているのにその身体は脆くか弱い。いつの日か彼女の命が尽きる時、ダーネヴィールは再びこの地から解放される手段を失うだろう。それが彼には酷く悲しい。だがそれがタムリエルの空が遠くなることよりも、むしろアルマとの永遠の別れに根差したものであることに気づいたのはつい最近のことだ。
彼女を手離したくない。側にいたい。自らの内に湧き上がる感情として最も近しいものは戦友としての友情か、あるいは庇護か。だがそのどちらともまた違う、ドラゴンとして本来ならばあり得ないその想いを定命の者たちが愛と呼ぶことをダーネヴィールは知らない。
召喚術に秀でた者は倒した相手の魂を捕らえることさえできるという。もしアルマが自身と同じくソウル・ケルンの囚われ人となってくれれば。どんな宝石よりもなお輝くその魂を、この朽ちかけた身に繋ぎ留めることができれば。しかしそんなことを彼女が望むはずもないと知っているからこそ、決して明かすことのできないほの暗い望みは秘められ続ける。アルマがこの名を呼んでくれる時を一日千秋の思いで待ち望むことしか彼には許されていないのだから。
ドヴァーキン相手とはいえ定命の者に対する想いとしてそれが度を超えていることはわかっている。それでもダーネヴィールは想わずにいられない――彼女と、アルマと、死して後も離れたくはないと。
「ずいぶんなお言葉ですね。あなたにとってはほんの一瞬かもしれませんが、私にとってはまだ結構な時間が残っているんですよ」
芝居がかったように両手を腰に当て、アルマがつんと横を向いて言う。初めて対峙した頃から思えばずいぶんと親しくなったものだと嬉しくも思うが、限られた時の中では恐らくダーネヴィールが密かに願っているほどの種族を超えた絆を結ぶことはできないだろう。
こうして逢いに来てくれる、それだけで満足していればこんな苦しみも味わわずに済んだ。だがドヴとは元来強欲なもの。あればあるだけ欲しくなる、それを止めることなど父アカトシュですら不可能に違いない。そしてその想いを目覚めさせたのはアルマだ。ドヴァーキンの力を持ってしても滅ぼすことの叶わぬこの身に抱かせた夢を、もうしばらくの間見続けたいと願ったところでそれを与えてくれる者など彼女以外誰もいないのだから。
「クァーナーリン……いや、アルマ」
「はい?」
他愛ない話、そんなものさえ耳にすることなくこの地に留まり早数千年の時が流れた。こうして言葉が交わせることがこんなにも尊いものなのだとダーネヴィールは改めて思い知る。だからこそ何気ない会話が途切れたその瞬間、アルマを抱き寄せるように丸く蹲っていた竜は自然とその口を開いた。
「お前の望む時に我が名を呼べ。それがいつだろうと、どんな場所だろうと、必ずお前の元へ行く」
大きな身体に背を預け、ところどころ抜け落ちてしまった鱗の痕を癒すように撫でていた娘は顔を上げる。本来ならば分かり合えないはずの相手、喰う者と喰われる者の間に流れる場違いなほど穏やかな時間。常に共にいられないのなら、こうして語り合える機会はほんの少しでも逃したくはない。
「……なら、あなたをこちらに帰さないほどたくさん呼んでしまいましょうか」
そう言った彼女の声の何と心地良いことか。ダーネヴィールは静かに目を閉じ、アルマの温かい額が首筋へそっと触れるに任せた。
