「テュリウス将軍、お疲れさまです」
「アルマか」
「はい」
「状況は」
「異常ありません」
ソリチュード、ドール城。戦略机の部屋の前で警備に当たっていた私に、ブルー・パレスから戻ってきた将軍は手短に尋ねる。けれどいつもなら〝よし、ご苦労〟と続くはずの言葉は、今日に限っては違っていた。
「ちょうどよかった。ついて来たまえ」
「はい」
将軍は何やら難しい顔をしながら、片手で私に合図をするとそのまま上に続く階段を上がる。そして中庭で訓練中の兵士たちを見渡せる城壁に出ると、涼やかな風に吹かれたその人は足を止めて私を振り向いた。
「……アルマ」
「はい」
「お前はドラゴンボーンだか何だかという奴だったな。スカイリムの英雄だとか言う」
「英雄……かどうかはわかりませんが、グレイビアードたちはそう考えているようです」
「そんなお前がなぜストームクロークに味方しない?」
「!」
疑われているわけでも、咎められているわけでもない。純粋な疑問と興味、そしてほんの僅かな混乱。将軍の声から感じられたのはそんなところだっただろうか。
そう言えば詳しい志望理由を聞かれたことは入隊の時にすらなかったと、そんなことを思い出しながら私はゆっくりと口を開く。
「……ヘルゲンがアルドゥインに襲われた時……」
「うん?」
「閣下は処刑されるところだった私にも逃げろと言ってくださいましたね」
「ああ、そんなこともあったかな」
「あの時、私は嬉しかったんです。本当に……嬉しかったんです」
「…………」
「ですから私は帝国軍に入りました。あなたがいたからです、テュリウス将軍」
どうせ首を落とされようとしていた囚人なのだから、あの混乱の中でわざわざ声なんてかける必要はなかった。私だって馬車で目を覚ます前の記憶すら失ったまま、突然死刑だなんて言われた上にドラゴンに襲撃されてもうこのまま死んでもいいと思っていた。それでも将軍は私を取り巻こうとしていた炎をその剣で斬り払いながら、苛立ち紛れではあったけれどはっきりとこう言ってくれたのだ──〝お前もさっさと砦に行け!〟と。
その瞬間、私の中に生きたいという気持ちが芽生えた。この場を生き延びられたら、必ず帝国軍の門を叩きたいと思っていた。生きる力を与えてくれたこの人の元で働きたいと、そしてできることなら少しでも恩返しがしたいと。
けれどあの時の私なんて何の役にも立たないということもまたわかっていた。だからまずは力をつけることにした。まさかその過程で自分がドラゴンボーンの力に目覚めるなんて夢にも思ってはいなかったけれど。
「その程度の理由で英雄がこちらに着いたのなら、私はうまくやったというわけだ」
どこか自嘲気味な声色でテュリウス将軍はそう呟き、欄干に片腕をもたせかけると小さくため息をつく。
「私がいくらスカイリムやノルドのことを理解しようとしたところで、所詮反乱軍の連中には足りんのだろう。真実の敵は奴らでも我々でもないということに、少なくともウルフリック・ストームクロークは気づいているだろうにな」
「……閣下……」
テュリウス将軍が軍人を志したのは、帝国市民を倒すためではない。例え信じるものが違っても、帝国を、そしてその民を守りたいという願いがあったからのはずだ。私が入隊試験に合格した時にそうしたように、将軍も皇帝と帝国の全ての市民に対して誓いを立てたはずなのだから。
なのに今は、すぐ側に真の敵が鎮座しているとわかっていながら、帝国民同士で殺し合い争い合わなければならない。けれどそんな過酷な現実にも、この人は背を向けずに立ち向かっている。少しでも分かり合うことはできないかと、慣れない努力を日々重ねながら。
そんな将軍にいつしか尊敬以上の想いを抱くようになったということは、きっとこれから先もずっと打ち明ける日なんて来はしないのだろう。それでもこうして同じ旗の下に集い、同じ目的のために身を粉にすることができるのは、私にとってかけがえのない幸福を与えてくれる。
「まあ構わん。率直に言えばアルマ、お前が帝国軍にいるというだけで価値がある。ノルドが崇拝するグレイビアードに認められた伝説のドラゴンボーンが、スカイリムの解放者を標榜する一味の敵になっているわけだ。信心深いノルドなら斧を捨てて降参するだろう。だからお前に死なれては困るんだ、わかるな?」
「はい」
「よし」
そして将軍は城壁をもう少し先へと進み、ブルー・パレスが見える場所で足を止める。それから石畳の上を楽しそうに走っていく子供たちを眺めた後で、スカイリムに駐留する帝国軍を率いる人は私に背を向けたままこう言った。
「いよいよ次の戦いは敵の本丸、ウィンドヘルムだ。言うまでもなくこれまでのどんな戦よりも激しい戦いになる。ウルフリックの首を落とすとなれば、私も前線に出ることになるだろう。だからお前はこのまま城に残って──」
「待ってください!」
ぎょっとして声を上げた私に、将軍は素早く振り向く。どんな時も冷静でいろとリッケ特使やファセンディル特使に繰り返し言われたことも忘れて、私は取り縋らんばかりの勢いでテュリウス将軍に直訴する。
「お願いします、どんなことでもします……馬の世話でも、怪我人の手当てでも。だからどうか、私も閣下と一緒にウィンドヘルムへ連れて行ってください!」
「お前は人の話を聞いていなかったのか⁉︎ 馬鹿者!」
ウィンドヘルムの戦いは熾烈を極めるであろうからこそ、考えたくないことではあるけれど双方の死者は甚大な数になるだろう。追い詰められた反乱軍はそれこそ決死の覚悟で向かってくるだろうし、そんな相手は時として尋常ではない力を発揮してくるものだ。
もしテュリウス将軍やリッケ特使が戦いの最中に斃れるようなことがあれば、逆に帝国軍の方が心を折られて敗走してしまいかねない。それだけ重要な戦いだと誰もが認識しているだけに、少なからずノルドの兵士から敬意を払われている私にもしものことがあると困ると将軍は言っているのだろう。
けれど、私ももはやそんな風に守られるべき新兵ではない。今の私には力がある。ようやくあの時の恩を返せるくらいの知識と経験も。
「私は戦争に勝利をもたらすような、神に選ばれた者ではないかもしれません。でも一つ一つの戦闘で勝利をもたらせることができるくらいには、帝国軍人としての訓練を積んできました」
「自惚れるな。この戦いは他のものとは違うんだぞ」
「お言葉ですが、リッケ特使は入隊からずっと私を鍛えてくださいました。要となる戦場でどう動けばいいか、私も自分なりに経験を積んできたつもりです」
「〝つもり〟でどうにかなる戦いじゃない。そんなこともわからないのか」
「必ず勝って生き残ります! 帝国軍の名誉と誇りに懸けても!」
そう宣言した私を、テュリウス将軍は鋭いまなざしで見つめる。
反乱軍との戦いは最悪の形で終わるかもしれない。帝国は疲弊しきり、サルモールの更なる侵略を招くだけかもしれない。いずれにせよ、これで平和が訪れるわけではないことだけは確実だ。
けれど、それでも将軍が全てを承知で戦火へその身を投じると言うのなら、私はただじっと城の中で帰りを待ってなんていたくはない。どんな時でも決して部下に弱みを見せようとはしないその人の、心が揺れた時に背中を支えられる腕の一つになれるのならば、私はオブリビオンの果てにだって喜んで着いていくだろう。
ヘルゲンで将軍に救われたこの命を、私はその人のためにだけ使うと固く決めているのだから。
「それにこれが反乱軍の息の根を止める戦いになるのなら、その後の復興のための旗印が必要になるでしょう。もしドラゴンボーンという肩書きがそのお役に立てるとしても、私がウィンドヘルムの戦いに参加していなかったら、ノルドは臆病者の話を聞こうとなんてしないはずです」
「……全く、とんでもない頑固者だ。お前がスカイリムに生まれていたら家名は間違いなく〝石拳〟ならぬ〝石頭〟だな。ううん、お前の方がここの住人の気質について詳しいことは認めざるを得ないか」
呆れたようにそう言いながらも、将軍は私が従軍することについて否とは言っていない。そして天高く舞う鷹が一声鳴いたのを合図にするように、歴戦の将軍は一度小さく頷くと私に告げる。
「よし、アルマ。そこまで言うなら私について来い。ただし、遅れたら容赦なく置いていくからな」
「はい! どこまでもお供します、必ず!」
間髪入れずにそう答えた私に、将軍は微かに口角を上げたように見えた。
