何気なく口にした問い、それにまさかこうも怪訝な顔をされるなどとは思ってもみず。だが何とも形容しがたい表情で私を見ているファラルダに再び同じことを尋ねようとするよりも早く、彼女はどことなく引き攣ったような顔をしながらこう言った。
「本気ですか、トルフディル」
「どういう意味かね?」
「い、いえ。でもあなたから、〝あの〟トルフディルともあろう方からそんな質問を受ける日が来るなんて考えたこともなかったもので」
「君が常日頃私のことをどう思っているのかは知らないが、答えてくれる気がないのならコレットにでも聞いてみよう」
だがそう言った瞬間ファラルダは恐ろしいほどの速さで私の腕を掴んだ。〝それだけはやめろ、時間を浪費する以外に得るものは何もない〟と、あまりにも熱心に繰り返すものだから私は頷かざるを得ない。
「わかったわかった、だが別におかしなことを聞いたつもりはないぞ。何かアルマに渡して喜びそうなものの見当がつくなら教えてほしいと言っただけじゃないか。私はこんな時にどうしたらいいのかよくわからないのだ」
「ええ……そうでした。ただちょっと、あなたでもそういう発想に至ることがあるのかと驚いただけで」
「ずいぶんな言い草だな。私だって女性に花の一つも贈りたいと思うことくらいある」
「──花?」
そこでファラルダは言葉を切り、何かを思い出したように目を瞬かせると口を開いた。
「そういえばアルマは黄色い山の花が欲しいと言っていましたよ。近々取りに行くつもりではいるそうですが」
「黄色い山の花? ああ、先人の湿地にしか咲いていないというあれか。まああの場所ならアルマ一人でも問題あるまい、何せ彼女はアークメイジで──」
「トルフディル、あなた人のアドバイスを聞く気があるんですか?」
「?」
あからさまに気分を害した様子の彼女に首を傾げていると、破壊呪文の達人は呆れたように肩を竦めつつ私の前で立てた人差し指を振る。
「確かにアルマは強力な魔術師ではありますが、誰にでも万が一ということはあります。そうでなくとも、大概の女性は守ってもらえれば嬉しいと思うもの。それはどんなに自身が強かろうと関係ありません」
「ふむ、確かに君にそう言われると説得力があるな」
そこでまた一つファラルダの眉間に深い皺が刻まれたが、私は何か気に障ることでも言ってしまったのだろうか?
「とにかく、あなたがアルマを喜ばせたいと思っているなら一緒に行くのがいいでしょう。ちょうどファルクリースの首長から異形魔法と思われる魔物を退治してほしいという依頼も来ていたことですし、例え荷物持ち程度でもいないよりはマシなはずですから!」
最後の方は幾分か投げやりな言い方ではあったが、私は彼女の貴重な提案をありがたく受けさせてもらうことにした。
実際、私が裂け目を閉じがてらの採集へ同行を申し出ると、アルマはこちらの予想を上回るほど喜んでくれて少し驚く。これは的確なアドバイスを与えてくれたファラルダ様様だ。世に二つとないような魔術器具や古文書でなくともアルマを喜ばせることができる──それは実に有用な知識であり、私一人では到底導き出せなかった結論に違いない。
「大学のことは任せてください。マスターウィザード代理として、あなた方の留守中も全て滞りなく目を光らせておきますから」
上機嫌でそう言ったファラルダに手を振って見送られながら、アルマと私は大学を後にしてファルクリース地方へと出発した。大学の運営からそれぞれの研究まで多岐に渡る話に花を咲かせていると、そう短くもないはずの旅の道中さえあっという間に過ぎていく。
「トルフディル先生、さすがですね。先生のシールド魔法はいつ見ても勉強になります」
「何の、老いたとは言えまだまだ若い魔術師たちには負けんさ。それよりお前こそいつの間にこんな魔法を考え出していたんだ? 昔同じようなものを研究していた者がいたが、威力を保ったまま複数の標的を分散して追尾できるほど高度なものはとても再現できなかった」
「それはですね──」
異形魔法の掃討においては彼女の方が破壊術に秀でているという事実もあったが、私はファラルダの勧めに従いアルマを守ることに専念した。そのおかげで私はアークメイジの新魔法を間近で目にする機会も得られたし、この役得だけでも大学中の者が私に羨望のまなざしを送るだろう。
常に向上心を忘れず、他の見本であろうとするアルマはアークメイジの名に相応しい。そしてそんな彼女が特別な意味を込めて接してくれるということは、私にとって何にも代え難い喜びであり続けるのだ。
「それでは先人の湿地へ向かうとしよう。方角はこちらで合っているか?」
「はい。地図とも合っています」
私たちはマグナスの目の影響が完全に消えたことを確認した後、長きにわたり人の目に触れることなく独自の生態系を育んできた洞窟へと向かった。私自身はこの場所について話を聞いたことはあれ実際に足を踏み入れたことはまだなかったのだが、アルマは蔦や草木の生い茂る暗い道を灯火の魔法で照らしながらも、以前訪れた経験からか危なげない足取りで先へと進んでいく。
「それにしても美しいところだ。こんな幻想的な場所が本当に実在していたとは……」
「私も初めて来た時は驚きました。まるで違う世界に来たような、そんな気がして」
黄色い山の花を摘みながら、はらはらと舞い落ちる花びらの中でアルマが私に微笑みかける。ああ、何と幸せなのだろうか。こうして二人で過ごせることが私にとってどんなに幸福か、少しでも彼女に伝わればとカイネに祈らずにはいられない。
「……先生?」
「ん? あ、ああ」
「どうかされましたか?」
「いや、改めてとても──美しいと思ってな」
その言葉が指すのはこの洞窟だったのか、それともアルマ自身のことだったのか。私は無意識のうちに後者を口に出していたように思えたが、肝心の本人は前者の意味にしか捉えなかったようだ。
「ええ、本当に。だからいつかトルフディル先生と二人で来てみたかったんです」
「私と?」
「はい。初めてここに来た時に、もし先生と一緒だったら……と、そう思ったものですから」
微かに頬を染めてはにかみながらそう口にしてくれたアルマに、私の胸には既に転移魔法が廃れて久しいことへの感謝が湧き上がる。なぜならウィンターホールドへ帰り着くまでもうしばらくの間だけは、私だけが彼女のこんな表情を目にすることが許されるからだ。それは詠唱一つで遠く離れた場所へと帰り着けてしまうような時代には、望んだところで得られなかった幸福の一つだっただろう。
新たに生み出される術だけでなく消えゆく術にも意味があるということを、私は計らずもアルマと共に旅をする中で気づかされたのだった。
「お帰りなさい、二人とも。当然とは言え無事で何よりです」
「ファラルダ先生、ありがとうございます」
「留守の間も大学は万事順調、何も問題ありませんよ」
そんな私たちの帰りの足取りは行きの道中よりもずいぶんと遅かったように思えたが、ファラルダは嫌な顔一つ見せずに私たちを大学の門で出迎えてくれた。どうやらマスターウィザード代理という肩書きが大層気に入ったようで、これからもどんどん出張してくれとでも言わんばかりの勢いだ。
そしてアルマがファラルダと私に改めて丁寧に礼を言い、黄色い山の花を持ってアークメイジの執務室へと戻っていった後、アルトマーの同僚はどこか満足げな様子で私に向き直る。
「どうでしたか、トルフディル。今しがたのアルマはずいぶん嬉しそうな顔をしていましたが」
「ああ、君のおかげで実に有意義な旅になったよ。本当にありがとう、感謝している」
「そこまで言われると照れますね……」
「いや、さすがアルトマーの年の功だ。年長者のアドバイスには耳を傾けるものだな」
「!」
ファラルダはなぜか瞬時にフロスト・トロール顔負けの形相を見せたが、幸福の余韻を味わっていた私には全くその原因が思い当たらなかった。
