やましいことはありません

 聖オルムス地区の最上階に、幽霊屋敷と呼ばれている荒れ果てた邸宅がある。中へ足を踏み入れればそこは文字通り埃や蜘蛛の巣でいっぱいではあるのだけれど、地下へと続く閉ざされた扉の鍵を開くだけの能力がある者には、全く違う姿を見せる世にも不思議な屋敷なのだ。
 下の階へ降りれば打って変わって明るい照明が輝き、上の階とは似ても似つかない品のいい調度品が現れる。それもそのはず、この物件に身を隠し静かに生活を営んでいるのは、フラールの評議員の一人であるドラム・ベロその人なのだから。

「やあアルマ、ようこそ私の屋敷へ。今日はどんな用件かな?」

 私が奥の扉をノックして開けるなりそう言ったダンマーの紳士こそ、この屋敷を当面の住まいとしているドラムさんだ。そのすぐ後ろに控えている護衛のフラリスさんは相変わらずこちらに厳しいまなざしを向けているけれど、もう何度もここへ通ってきた私に剣を突きつけて誰何するつもりはないらしい。

「こんにちは、ドラムさん。ヴァシール・ディダナ鉱山の今月の帳簿ができましたので、ドラムさんにも目を通していただければと」
「ああ、わかった。では見せていただこう」

 私が差し出した帳簿を受け取るとドラムさんは素早く中身に目を通し、その迷いも無駄もない動きは彼が一流の経営者であるということを物語る。失われた鉱山の場所をこの人に明かすと決めた自分は、我ながら直感が冴えていたと言っていいだろう。
 そんなことを考えていた時、視線を紙の上に落としたままドラムさんが不意に口を開いた。

「……アルマ……」
「はい?」
「もし君に時間があれば、たまにはクラッシウス・キュリオのところにも顔を出してやってくれないか? この前もバルモラで評議会があった時に顔を合わせたんだが、最近君が会いに来てくれない、どうせまた私のところに行っているんだろうと散々泣きつかれてね」
「!」

 私が黙ったまま目を丸くしていると、そこでようやくドラムさんは視線を上げて私と目を合わせる。きっと私はこんな顔をしているだろうと想像した答え合わせでもするかのように。

「もちろん君がどこで誰と会おうとそれは君の自由だ。それに私も彼が嫉妬している姿を見るのが楽しくないとは言わないがね」

 そう言って上品な笑みを浮かべたフラールの評議員に、私は自分の胸の鼓動が聞こえていないことを必死に願う。
 貴族と聞いて人が思い浮かべるもののほぼ全てを、このドラム・ベロという人は兼ね備えているのだろう。優雅な物腰、魅力的な声、あらゆる方面の高い教養。その身を飾る服や靴の全ては華美ではないのに上質なものばかりだし、選ぶ言葉の一つ一つも棘のない、それでいて秘められた意志の強さをほのかに窺わせるものばかりだ。
 ほとんど一文無しでヴァーデンフェルにやって来た私は、上陸初日からお金の力を嫌と言うほど思い知らされた。友好的な商店主からさえ、無料で物を失敬すれば当然ながら犯罪になる。かと言ってお金を得るために遠出をしたり賞金稼ぎをしようとしたところで、そのための技術を学ぶにも先立つものがなければ相手にもされない。
 だから私はバルモラにたどり着くなり立派な議事堂の扉を叩いた。手持ちのドレイクを百倍にも千倍にも増やすための知識を持ち、よそ者にも広く門戸を開いてくれているフラールの一員となることこそが、私がこの土地で生きていくために最善の道だと確信を持っていたからだ。そして今のところ私のその判断は極めて正しく作用している。

「さて、帳簿の方は問題ない。ネヴェナやヴェランダなら間違いなく数字をごまかしていただろう箇所がいくつかあるが、君は実に真面目に記帳してくれている。例えそれが商売上は不利に思われる数値であったとしても」
「短期的に多少の損が計上されたとしても、あの鉱山からの利益は確実にプラスになります。小さな不正を働く方が、結局はそれをカバーするための時間もお金も労力もかかりますからね」
「然り。それを理解できない者が評議会の半分を占めているというのは何とも嘆かわしいものだ」

 フラールに加入してわかったのは、当然ながら危険な橋を渡ればその分の報酬も増えるということだ。けれどいくら困窮しているとは言え、私は犯罪組織に入ったつもりはない。だからこそ地道に、そして確実に、資産を増やし着々と地位を上げてきた。
 そのお手本としてきたのが他ならぬこのドラムさんであり、その著書『幸運を掴む』は私の愛読書の一つでもある。これまでに悪事を伴う儲け話の誘いがなかったわけではないものの、それでもその誘惑に負けず正しい商売を続けてこられたのは、憧れの人に少しでも近づきたいという淡い想いもその理由の一つではあっただろう。
 そちらの方が身を結んでいるのかは、残念ながらまだ目に見える成果は得られていないのが事実だけれど。

「ドラムさんがいつもおっしゃっていることですから。それにフェアな取り引きをする方が、こちらの気分もいいですからね」
「気分? ……ああ、そうか。君はそういう風に解釈したのだな」
「?」

 ドラムさんは私の言葉に一瞬不思議そうな表情を浮かべ、すぐにまたその口角を上げつつなめらかな口調で続ける。

「アルマ、君はどうやら私に大きすぎる幻想を抱いているようだ。私は何も品行方正な正義の代弁者ではないのだよ。何が私にとって一番利益になるか、何が私にとって一番安全なのか、それらを突き詰めていった結果がたまたまそう見えているだけだ」
「利益……」
「もちろん。君は私がフラールの評議員の一人であるということを忘れているわけではあるまいね?」

 そう言ったドラムさんは見た目こそ穏やかに微笑んでいたけれど、その身の内に飼い慣らす強欲という名の獣の影を隠そうとはしない。

「公平で公正な取り引きをし続けている限り、誰も私に手は出せない。どんな大金を稼ごうと、それを私から奪うことは不可能だ。いくら私の腹を探ろうと、やましいことなど一つもないのだから」

 その言葉には自信に裏打ちされたある種の挑戦が滲んでいて、ドラム・ベロという人の矜持と誇りをはっきりと感じさせる。きっと他家の人が聞けば傲慢にさえ思えるかもしれないこんな言葉も、今の私にはますます魅力的に感じてしまうばかりだ。

「だが何とも不思議なものだ。誰からも恨みを買わないようにフェアな商売に徹し、ひたすら敵を作らないように心を砕いているというのに、それが理由でこうして身を隠さなくてはならなくなるとは」

 年鑑にもその住まいを載せないほど注意深い評議員は、肩を竦めてそう言いながらもう一度私と目を合わせる。

「そんな中で君が私の理念に賛同してくれていることをとても嬉しく思う。ところで……」

 〝レッドマウンテンに目ぼしい財宝は眠っていたかな?〟と尋ねるドラムさんの、赤い瞳に宿る抜け目のない輝きに確かな甘さが混じる日まで、垂涎のアーティファクトの数々の存在はまだ秘密にしておくことにしよう。手持ちで最強の切り札は最後の瞬間まで隠しておくべきだと、それを私に教えてくれたのもまた目の前の想い人だったのだから。