ヤバすぎ

「よう師匠、しばらく本土に行ってたって? どうだ、楽しいことでもあったか?」
「最悪でしたよ……」

 サドリス・モラ、ファラの店。そこで一緒に飯をしたいと連絡をくれたミストレス・アルマと向かい合って席に着くなり、開口一番俺が放った機嫌伺いは一気に最悪の方向に振り切れた。

「な……ど、どうしたってんだ、一体。向こうじゃ顔と名前が知れてなくてまたアウトランダー差別をされたとかそういう……」
「まぁその一種と言ってもいいかもしれませんが、不可抗力の度が過ぎていたと言った方がいいかもしれません」

 テーブルの上に肘をついて指を組み、深いため息をつきながら師匠は憂鬱そうなまなざしで続ける。もしかしたら相手もこっちに気があるから飯に呼んだんじゃないかなんて浮かれていた俺は、望んだ方向に進まなさそうな雰囲気に内心で肩を落とした。

「実はグレート・バザールで急遽役者の代役をすることになってしまいまして」
「代役? そりゃまた突飛な話だな。グレート・バザールってことはあの野外劇場か? 有名なとこだろ」
「ええ、そうらしいですね。ただ大規模の劇団でもないとやはり人手が潤沢というわけではないらしくて、たまたま通りがかった私が姿をくらました役者の代理を引き受けることになってしまったんですよ……『ジール城の恐怖』の」
「!」

 そこまで聞いて俺は目を瞬く。たかがフィクションの劇とは言え、『ジール城の恐怖』はテルヴァンニでもなかなか人気がある演目だ。破壊魔法の研究のパートがもう少し長めに取られてたらもっと良かったと思わないでもないが、魔術の粋を追求することにかけちゃ右に出るものはいない俺たちテルヴァンニの姿勢がよく描かれてる。
 だからサドリス・モラを始めテルヴァンニの領地で演じられる時は観客も大興奮だが、なぜか他所ではインペリアルの隊長とアルゴニアンの帝国兵が手紙を読むところで客が静まり返っちまうってんだから、魔術師じゃない奴らの反応は俺にはよくわからない。

「そいつはいいじゃねえか。あんたが誰だか知らずにその劇団の連中がオファーをかけたんだとしても、あんたこそ俺たちテルヴァンニの偉大なアークマジスターなんだぜ。それが破壊魔法のエキスパート、アイアチラ役なんて最高じゃ──」
「私が演じたのはクラヴィデス隊長役です」
「…………」

 グリーフを運んできたウェイターがテーブルに酒を置くなり一瞬ですっ飛んで戻っていくくらい、暗く重々しい声でミストレス・アルマが呟く。そして俺はようやく理解した──何で師匠の機嫌がこんなに悪いのかを。

「そいつは……ヤバいな。いくらあんたが誰なのか知らなくても、よりにもよって隊長役かよ。そもそもそれは男が演る役だろ」
「はい。ですから急遽演者が全員女性の劇として上演することになったんですが、最悪だったのは観客の中に私の素性に気づいた人が何人かいたことです。ステージの上でも割とはっきり聞こえるんですよ……〝あれってネレヴァリンじゃない? こんなところで何してるの?〟って、本人たちは内輪で囁いているつもりなのかもしれませんが」
「……ヤバすぎるな」
「おまけに劇の途中で変な暗殺者から人違いの襲撃まで受けましたし、もう本土は……特にモーンホールドはこりごりです」

 暗殺者なんて聞き捨てならない言葉が飛び出て俺は思わず目を見開いたが、ミストレス・アルマの顔にはその件をこれ以上聞くなとはっきり書いてある。何にせよ師匠が生きてここにいるってことは、身の程知らずの相手の仕事が失敗したことに間違いない。

「ですから今日は楽しく飲んで食べて、ゴブリンや下水道や意味不明なボズマーのことは綺麗さっぱり忘れてしまおうかと」
「あんたモーンホールドで一体何してたんだ!?」

 出し抜けに明るい笑顔でそう言ったミストレス・アルマに俺は突っ込まずにはいられなかったが、空気が和んだ瞬間を見計らって運ばれてきた料理が次々にテーブルの上を埋める。スローターフィッシュの鱗のつまみに毒を抜いたキノコのソテー、マーシュメロウのスープとカニ肉のサラダ、それから焼きたてのパン。
 漂う匂いに正直に反応した俺の腹の音を聞いて、師匠は今度こそ本当に楽しそうに笑って飯を取り分けてくれた。

「まぁ……でも何だ、あれだな。芝居で嫌な思いしたんだったら違う芝居で口直しってのはどうだ?」
「え?」

 あらかたの料理を二人で平らげ、そろそろデザートの注文に入ろうかって頃。ハックル・ローの葉を噛みながらそう言った俺にミストレス・アルマが顔を上げる。

「ヴィヴェクで今度フラールの貴族が新しい芝居を上演するんだと。確かアルゴニアンのメイドが主人公でどうたらこうたらとかいう……」
「アルゴニアンの……使用人ですか? 最近噂で聞く奴隷解放運動とかそういうテーマのお芝居ですかね」
「かもな。何せフラールの奴らは帝国びいきだからよ」

 そんな題材の芝居はサドリス・モラじゃ絶対にウケない。それでも師匠の嫌な記憶の上書きにでもなりゃいいかと、俺は本当にその程度の軽い気持ちでそう言ったはずだった──が。

「そうですね……私はやっぱり自分で演じるより客席で観る方が好きですから、議会の仕事の都合がつくならエディ君もどうですか? 一緒に」
「ッ! い、いいのかよ⁉︎」
「もちろん。テルヴァンニの私たちには居心地の悪い場面があるかもしれませんが……」
「関係ねえ、どうせ芝居だ。そうと決まりゃヴィヴェクのテルヴァンニ地区の連中に二席いいとこ押さえとけって連絡しとかねえとな」

 思いがけずデートの約束を取り付けられる幸運に恵まれた俺は、さっきがっつり飲んだシェインのせいだけじゃない高揚感に包まれる。奴隷制度が生きてるテルヴァンニがこき下ろされるかもしれない芝居だろうと何だろうと構わない。議会が延長されようとその日は必ず定時で上がってヴィヴェクまで行かせてもらう。
 そんな意気込みで迎えた『好色なアルゴニアンの侍女』の上演初日、隣の席の師匠がずっと赤い顔で俯いたままだったのはさすがに俺のせいじゃない……と思いたい。