「こんにちは、アリーレさん」
「やあ、アルマ。いらっしゃい」
セイダ・ニーン唯一のトレードハウス、その扉を開ければすぐにオーナーのアリーレさんが迎えてくれる。二階からはいつものように賑わう音が階下まで届いていて、のどかな町の平和なひと時に思わず唇が弧を描く。
「今日はどうする? と言っても代わり映えのない品揃えで申し訳ないが」
「いいえ、そんな! アリーレさんのお店には何でもありますから、いつもどれにしようか迷ってしまって」
「ははは。お世辞でもそう言ってもらえると嬉しいよ」
朗らかな声、柔和な物腰。専門に取り扱う品を持たない雑貨屋という形態でありながらも、並んだたくさんの商品はどれもきちんと手入れが行き届いている。バルモラやヴィヴェクのような街の店でしか手に入らないものも確かにあるけれど、私はアリーレさんの営むこの場所で買い物をするのが好きだった。
「ええと……じゃあこのアミュレットを一つと、氷魔法のスクロールを一ついただきます」
「どうも。その二つなら代金はこの額になるがいいかな?」
初めてヴァーデンフェルに着いた時からもう何度もここへ顔を出しているからか、示された金額は他の店で買う時よりも少し安くなっているような気がする。もちろん私が選んだものがセール中だったのかもしれないし、本当にそんな気がするだけで他所で買っても同じ金額なのかもしれない。
ただ、この割引が釈放されたばかりでろくな手持ちもなかった私のことをまだ覚えているからなのだとしたら、アリーレさんにはその頃の見すぼらしい私の姿を一刻も早く忘れてほしい。
「はい、お代は確かに。どうぞ、こっちが君の品物だ」
「ありがとうございま──え?」
そんなことを考えながら手渡された包みの中に視線を落とせは、頼んでいないスクリブジャーキーが数本忍ばされているのが目に入る。
「アリーレさん、これ……っ!」
けれどそれを知らせようとした私が思わず口を噤んだのは、過剰な商品を入れた張本人が微笑みながら人差し指を口の前で立てたからだ。
「他のみんなには内緒にしてくれないか。特にファーゴスに知られると自分にもくれくれとうるさいからな」
「あ……ありがとうございます。でも、いいんですか?」
栄養があって日持ちもするスクリブジャーキーはヴァーデンフェルの旅に欠かせない。それでもこんな風にアリーレさんがおまけをしてくれるのは、私なんてまだまだ頼りないと思われているからなのだろうか。
そう思われても仕方ない醜態を晒していたのは事実だし、右も左もわからない私にたくさんのアドバイスをくれたのは他でもないアリーレさんだ。役に立つ魔法書やポーションを勧められても買うこともできなかった私に、町の周辺で集められる錬金材料を買い取ることで元手を作る手伝いをしてくれたこともある。今から思えば買い取るだけ損をするような値段で引き取ってくれていたのだけれど、当時の私は自分のことで精一杯でそれに気づくことさえできなかった。
その頃と比べれば今は手持ちにだいぶ余裕も持てるようになってきて、できることならアリーレさんに恩返しをしたいと思っているのに、来る度に割引をさせたりおまけをつけさせたりしてしまうのなら、もしかしてもう来ない方がアリーレさんのためになったりするのだろうか?
……けれどそれはやっぱり寂しい、と思ってしまう自分が情けない。
「構わないさ。君には冒険の途中で見つけた品物をうちに売ってもらったりもしているし、店出しのバリエーションが増えて私も助かっているんだ。それは心ばかりのお礼だよ」
「本当に……?」
「……まあ、そうだな。欲を言えば……」
〝それでまた君に会えればという下心がないわけでもない〟なんて、アリーレさんがどことなく視線をさまよわせながら突然言うものだから。今の今まで響いていたはずの二階の音楽も笑い声も聞こえない。私にわかるのはただ、自分の心臓の音がどんどんと早くなっていくことだけだ。
そんなことを言われてしまったら、どうしても期待してしまいたくなる。単なる常連客にかける言葉以上の意味がそこには込められているのではないかと。もしかしたら、アリーレさんも私と同じ気持ちでいてくれているのではないかと。
けれど──。
「アルマ、私は──」
「アリーレ! ああよかった、さっきゴブレットを落として割っちゃったのよ。新しいのを二つくれる?」
「……ああ、ゴブレットならちょうど今週入荷したよ。色はどれにする? そこの棚から選んでくれ」
「助かるわぁ」
アリーレさんがもう一度私に目を合わせて何かを口にしようとしたその時、すぐ後ろの扉を開けて次のお客さんが入ってきてしまった。私は買った品物の包みを持ってすぐ横に飛び退き、赤くなっているであろう顔が少しでも隠せるように俯く。
残念ながら、今日はもうあの言葉の続きを聞くことは叶わなさそうだ。
「あの……アリーレさん、どうもありがとうございました。また来ます」
「あ……ああ、待ってるよ。アルマ、道中気をつけて」
慌ただしく別れを告げてトレードハウスの外に出ると、早鐘を打っていた鼓動がようやく落ち着きを取り戻してくる。それでも胸の前に抱えた紙袋はなぜかほのかに温かく、頬を撫でるセイダ・ニーンの潮風はいつもよりも心なしか爽やかだ。
次にまたここを訪れる時、何かが変わることはあるのだろうか? それを考えると少し恐く、とてつもなく緊張もするけれど、もう一度この扉を開けに来るまできっとそう時間はかからない。
町外れのシルトストライダー乗り場に向かって歩みを進めながら、私は背の高いアルトマーの優しい笑顔を思い出していた。
