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もしかして馬鹿なんですか?

2023-01-25 by 森野 クロエ

「何とかと天才は紙一重と言いますし、私はどちらかと言わずともネロスさんは後者なんだと思い込もうとしていたんですが……」

 その日のテル・ミスリンの騒動はアルマさんのこの一言で勃発した。

「あなたという人は、もしかしなくても馬鹿なんじゃないですか⁉︎」
「何? アルマ! お前は一体誰に向かって口を利いている⁉︎」
「モロウィンド随一の傲慢で高慢なイカれ魔術師様にですが!」
「この……下等種族の馬鹿女めが!」

 僕は運良く研究スペースの反対側にいたので、派手に飛び散る小魂石やポーションの小瓶を慌てて避ける必要はない。ギャーギャーと騒がしい対岸からは何かが割れるような音が響いているし、雷魔法までがバリバリと聞こえてきてずいぶんと派手な有り様だ。

「来る日も来る日も奴隷労働! 私はあなたの助手でもないし、お茶汲み女でもないともう何度もネロスさんにはお話ししたはずですが⁉︎」
「奴隷労働だと? フン、この程度で一体何を言う。モロウィンドの奴隷がどんなものだったかお前に教えてやろうか⁉︎」
「そういう話をしているんじゃありません!」

 執事が亡くなるのと前後してこの塔を訪ねて来たアルマさんは、なし崩し的にこの場に居着かされてマスター・ネロスの面倒を見ることになった。当然ながらそれはすなわちマスターに振り回される終わりのない日々が始まったということでもあったけれど、口では文句を言いながらもアルマさんがその要求を断ったことはなかった。
 ……とは言え、こんな光景も実のところそう珍しいわけじゃない。

「そもそも私はここにいることを承諾したことはありませんから。これ以上こちらの善意につけ込んで無理難題を押し付けるおつもりなら、私は次にレイヴン・ロックを出る船でスカイリムへ帰ります」
「誰がそんなことを許した⁉︎ それより茶を入れろ、叫んだら喉が渇いた」
「嫌です。ご自分でどうぞ!」
「なっ……この私に自分で茶を淹れろだと⁉︎ 私はテルヴァンニのマスター・ウィザードなのだぞ!」

 数週間に一度、アルマさんの堪忍袋の緒が切れることがある。僕としては恐れを知らないというか、モロウィンドのことを知らないアウトランダーだからこそできることだとは思うけれど、僕に被害が及ばない範囲なら正直いいぞもっとやれと言いたい気持ちはある。もちろんそう思わないわけがない。

「これ以上言っても無駄ですね。少し頭を冷やされたらどうですか? 最初から大して持ってくる時間もいただけなかったとは言え、私にもまとめる必要がある荷物が少しはありますから」

 マスター・ネロスがこてんぱんにやられるところを頭に思い描いてニヤニヤしていた僕は、アルマさんのその冷たい声ではっと我に返った。顔を上げればアルマさんはもう昇降の魔法円に飛び込んだ後で、いつもよりも少し強めに扉を閉めてテル・ミスリンから出ていく。

「おい、待て。待て、アルマ! 誰が行っていいと言った⁉︎ 私は待てと言っているのだぞ、アルマ! ……タルヴァス!」
「うぇっ⁉︎ あ、は、はい!」

 相変わらずいつもの調子で喚いていたマスターは、アルマさんが振り向きもせずに出て行ったことを確認すると、怒りの収まらない声音のまま唐突に僕の名前を呼んだ。

「何を素っ頓狂な声を出している。そこに木偶の坊のように突っ立っている暇があるなら、さっさとアルマを引っ捕まえて今すぐここに連れ戻して来い!」
「は……はい! マスター!」

 離れていても冷や汗が噴き出るほどしっかりと指を差されて、僕は飛び上がりながら返事をすると転がり落ちるようにアルマさんの後を追う。アルマさんには悪いけれど、出ていってもらったら困るのは僕も同じだ。戻ってきてもらわない限り、あの散らかった床を片付けるのは僕になってしまう。

「アルマさ……っアルマさん!」

 僕は慌ててアルマさんの後ろ姿に声をかけたけれど、なぜか私物の置いてある執事の家ではなくキッチンにその背中が消えていく。急いで後に続いた僕はぜえはあと息を切らしながら、炒ったカニスの根が入った缶を開けているアルマさんと目が合った。

「お使いご苦労さまです。タルヴァス君も飲みますか、お茶」
「僕……〝も〟?」
「どうせこれから一杯は淹れますので」
「!」

 それってつまり――と思っていると、側に立っているウルヴスがゲラゲラと笑い出す。

「何だ、また痴話喧嘩でもしたのか?」
「ウルヴスさん、冗談が過ぎると未処理のカニスの根をその口に突っ込みますよ」
「おお恐」

 にっこり笑いながら物騒なことを言うアルマさんは、少なくとも傍目には普段と同じ落ち着きを取り戻したように見える。さらりとこういうことを言うのは平常運転の範囲内だ。

「あの……アルマさん、まさか本当に出ていったりしはないですよね?」
「さあ、どうでしょう」
「そんな! せめて掃除だけでもしてからに――」
「タルヴァス君?」

 しまった、つい本音が。

「いやっ……その、マスターもきっと反省してますよ。アルマさんがいなくなったら困るのはあの人ですし」
「タルヴァス君は本当にネロスさんが反省することがあると少しでも信じてますか?」
「……すみませんでした……」

 白々しい嘘をでっち上げても、全く笑っていない目が僕を断罪する。そうこうしているうちにちょうどいい具合にお湯が沸き、カニスの根の茶の薬臭い匂いが部屋の中に漂う。

「それにしてもアルマさんはいつもマスターに雷魔法ばっかり使いますよね。どうして他の魔法じゃないんですか? アイススパイクくらいお見舞いしても許されるんじゃ……」

 微妙な沈黙に耐えきれず僕が適当に話を振ると、アルマさんはさも当然のように淀みなくこう答えた。

「あなた方ダンマーに炎魔法はほとんど効かないとは言え、半分くらいの威力は保たれるでしょう。逆に氷魔法には耐性がないので危険です。でも――」

 〝雷魔法ならネロスさんの靴の付呪でだいぶ軽減されますからね〟と。アルマさんはさらりとそう言った。僕は思わず目を丸くして、その言葉にあんぐりと口を開ける。隣を見てはいないけれど、多分ウルヴスも同じだろう。

「それは……ずいぶん……」
「何か?」
「……いや、何でもないです」

 それはずいぶんマスターに甘いだろうと、口に出かかった言葉を僕は無理やり飲み込んだ。否定されても面倒だし、肯定されるともっと恐い。何だ、最初からマスターをやり込めるつもりなんてなかったのか。もっとやれなんて思って損した。
 そして――。

「じゃあよろしくお願いします、タルヴァス君」
「はい?」

 何の前触れもなくいきなり手渡されたカニスの根の茶は熱過ぎずぬる過ぎず、多分マスターが一番好む温度になっていることは想像がついた。でも、何で?

「腹が減ったとうるさく言ったら、そこの鍋にまだお昼のアップルキャベツのシチューの残りがあります。注文していた杖の材料は明日の午後には届くはずです」
「あの……アルマさん?」
「では私はこれで。しばらく戻りませんので後はよろしく」
「ちょっ……⁉︎」

 今度こそやけにさわやかな笑顔を浮かべたアルマさんは、そう言うや否や颯爽とキッチンを出て行ってしまった。追いかけようにもティーポットが邪魔だ。かといって零して淹れ直せば、好みの濃さと熱さじゃないとかマスターが絶対に文句を言う。

「ぐ……!」
「落ち着け、タルヴァス。しばらく戻らないってことは、しばらくすれば戻ってくるってことだ」
「!」
「まあ、派手にドンパチやってもアルマにかすり傷一つついてないんだ。あの大魔術師様にしては相当大事にしてるつもりなんだろ、あれでもな」

 僕はもう一度目を丸くしてウルヴスと顔を見合わせる。全く勘弁してほしい、これじゃ本当に痴話喧嘩だ。

「ネロスがギャーギャー言い出す前に早くそれを持って戻れ。後はアルマがなるべく早く戻ってくるように祈ろう」

 そのウルヴスの言葉に従って外に出た僕が見たものは、自らアルマさんを捕らえて肩に担いでいるマスター・ネロスと、沈黙の術をかけられて静かに暴れているアルマさんの姿だった。

カテゴリー: Novel, TES5 タグ: TES Short Stories

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