「いいだろう。お前には借りがあるからな」
朽ちた聖堂跡で再会した時、力を貸して欲しいと尋ねた私へミラークさんはそう答えた。初めてアポクリファで出会った時とはまるで別人のように落ち着いたその受け答えに、私が目を丸くしてしまったのも決しておかしなことではないだろう。
タムリエルに返り咲き世界を支配する、私の魂の力を手に入れるのだと、そう言って憚らなかった傍若無人な気配は目の前の人からすっかり消え失せている。それはかつて現世で人々を恐怖に震撼させたダーネヴィールさんの今の姿にも似ていて、気が遠くなるほどの時間を異次元に幽閉された後で再びこの世界に戻るということは、言葉にならない価値があるのだと言外に思い知らされているような気がしていた。
それからしばらく一緒に旅を続け、数千年ぶりの現世の変わりように感じ入っている様子のミラークさんを見ているうちに、私はいくつか気づいたことがある。
まず、圧倒的に強い。それはシャウトを交えた時にもわかっていたし、伝説的な人物であることに疑いを抱いたこともないけれど、ハルメアス・モラの領域に囚われている間に力が削がれていたことが信じられないほど、ミラークさんは剣術にも魔術にも一目でわかるほどに秀でている。デイドラ公の後押しがあったとは言え、こんな人に一度でも膝をつかせたことがあるだなんて、間近で見れば見るほど自分がしたことが信じられないくらいだ。
そして意外にも現代のことを知らないというわけでもない。もちろん細かなことまで網羅できているわけではないようだけれど、アポクリファに生じるあらゆる時代の本に目を通しているうちに、大体の歴史的な出来事は一通り理解できているようだった。今の時代のノルドが魔術や話術を軽視していることについて、ぼやきのようなことを口にしているのも二、三度聞いたことがある。
それから……。
「よく戦ったな、ドラゴンボーン」
「……アルマです」
「何?」
「私の名前――いえ、何でもありません」
決して私の名前を呼んではくれないということ。ドラゴンボーンならあなただって同じでしょうと言ってみたこともあるけれど、私はお前こそが真のドラゴンボーンだと思うからこそそう呼んでいるつもりなのだがと返されてしまったら、私の側にはもうその後に続けられる言葉なんてなかった。
その時に、私は冒頭の言葉が意味するところを理解した。ミラークさんがこうして私と一緒に旅をしてくれているのは、私がその命を助け現世に戻る力添えをしたからだ。その借りを返してしまったら、きっとこの人は独りで私の知らないところへ行ってしまうのだろう。
それに気づいてから、私はいつも戦いに全力で臨んだ。助けられてしまったら、もう一緒にいられなくなるということが恐かった。山賊や熊を相手にしながらも、常に私のことを気にかけてくれているとわかるミラークさんの視線が痛かった。
――けれど、四六時中気を張り詰めた生活をいつまでも続けられるはずがない。
「あ……りが、とう……ござい、ま……」
ほんの一瞬の隙を突いた崇高なドラゴンの咆哮に跳ね飛ばされ、岩壁に叩きつけられて立ち上がることもできなかった私は、あと一息で喰い殺されるというところで最初のドラゴンボーンに救われた。魂を吸い取られて骨になった怪物の前に平然と佇むその姿は、その人こそが伝説のドラゴンボーンであることをはっきりと物語っている。
「これで借りは返したな、ドラゴンボーン」
聞きたくなかったその言葉。恐れていたその一言が、私の頭を真っ白にする。別れの時が来たのだ。できればこの先もずっと来ないでほしかった、その瞬間が。
「私は既に自分自身の運命を、自由を取り戻した。もう誰にも指図を受ける謂れはない。それ故にこれから先はどう行動しようと私の自由なわけだ。だからこそ――」
「行かないでください、ミラークさん!」
私は痛みも忘れて立ち上がるとミラークさんに両腕でしがみつき、気づいた時には頭で考えるよりも早くそう叫んでいた。相手が驚いたような気配はどことなく感じたけれど、仮面の下に隠された表情を伺う術を私は持たない。
「もっとあなたと一緒に旅がしたいんです。ミラークさんのような人から見れば私なんてまだ未熟で、私といても得るものなんて何もないかもしれませんが、でも――」
ミラークさんの隣にいたい。この世界の行く末を一緒に見届けたい。ただシャウトが使えるというだけではない、ドラゴンボーンという宿命の重さを分かち合えるただ一人の人として。
「……離せ、〝アルマ〟」
「!」
一瞬、耳を疑った。これで最後だからそんな風に呼んでくれるのかと思うと、込み上げてくる涙で胸が詰まる。
けれど力無く腕を解いた私を真っ直ぐに見つめながら、遥か昔に生まれた最初のドラゴンボーンは厳かにこう言った。
「お前に助けられた借りは返した。だからこそ今からは対等な立場の一人の男としてお前と共に行こうと言うつもりだったが――」
そして意味がわからずぽかんと口を開けたままの私の頬をひと撫でし、仮面を外したライトブルーの瞳の持ち主は微笑んで続けた。
「求めた通りに来てくれたか。実にありがたい」
「……っ!」
一陣の風が蜂蜜色の髪の飾り結いを揺らし、私は瞬きをするのも忘れてミラークさんの素顔に魅入る。そんな私の顔をどこかおかしそうに眺めながら、微かに目を細めたその人は私を改めて抱き寄せた。
「アルドゥインこそ倒されたとは言え、未だドラゴンの脅威が去ったわけではない。まだまだすべきことは山積みだ。油を売っている暇はないぞ、アルマ」
「……はい!」
晴天の空を叫ぶ必要もないほど晴れ渡ったスカイリムの空の下、私は最初のドラゴンボーンと並んでもう一度歩き出す。誰よりもお互いのことを理解できる相手が隣にいてくれる今、まだ見ぬ新たな冒険の予感に私の心は躍るばかりだ。
