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酔ってる奴はみんなそう言う

2023-01-24 by 森野 クロエ

「おーいゲルディス、マッツェ二杯。あとイノシシのジャーキーも追加だ」
「こっちはホーカーローフ一つ頼む」

 レッチング・ネッチは今日も賑やかだ。もしレイヴン・ロックにこの宿がなかったら、ここはきっと世界の終わりと言っても過言ではないほど寂しい場所になるだろう。
 そんな憩いの場のカウンターの隅に陣取って早数時間、私はあらゆるアルコールを取り留めもなく順番に飲んでいた。お酒に弱い体質であれば誰かが止めてくれるのかもしれないけれど、悲しいかな私はいくら飲んでも多少気分が良くなる程度だ。
 むしろ、私が酔っているのはいくつも並んだお酒ではなく……。

「マッツェ二杯上がったぞ。ちなみにジャーキーは今なら二皿目以降が半額だ」
「相変わらず商売上手だな。これ以上貯め込んでどうするってんだ?」
「馬鹿言うな。お前たちレドラン衛兵の半分も稼いじゃいないさ」

 宿の主人にしてこのバーのマスターは忙しく店を切り回している。だからこそ忙しくなる前に話をしようと席に腰を下ろしたのに、これでは何の意味もない。まあ、ゲルディスさんを目の前で見ていられるという意味では文字通り特等席ではあるのだけれど。
 どちらかと言わなくても排他的なダンマーたちの、それも辺境の寂れた土地。ここを初めて訪れた時の私に和やかに接してくれた住民は、控えめに言ったとしても残念ながらそう多くはなかった。今となっては他の人たちも親しく話してくれるようになったし、過酷な環境がよそ者への不信感に繋がっていることも理解できる。
 それでもあの頃の私が唯一心安らげた場所と言えば、このレッチング・ネッチの主人が立っているカウンターの片隅の席だったのだ。その安心感がだんだんと別の気持ちに変わっていったのも、それが恋と名のつく感情だと気づいたのも全部この同じ席だった。

「アルマ、グラスが空だぞ。次いくか? それとも――」
「あ……! いえ、あのっ」

 そんな感傷に浸っていたら突然声をかけられて思わず口籠もる。私は今日まさにゲルディスさんに想いを告白しようと思ってここに来たのに、タイミングが掴めないままだらだらと杯の中身を干し続けているばかりだった。
 けれど今、ゲルディスさんは私の目の前のカウンターに両手をついて私を見ている。きっと行くなら今しかない。

「ええと……じ、じゃあスジャンマもう一杯。あと……ゲルディスさん、好きです!」
「わかった」
「……え?」

 心なしか小さくはなったけれど、相手にははっきり聞こえる程度の声で想いを伝えたつもりだ。けれどゲルディスさんは顔色一つ変えることなく棚からいくつかの瓶を取り出すと、いつもと同じ慣れた手つきで美味しいスジャンマを作ってくれた。

「はいよ、スジャンマお待ち。そっちのホーカーローフの方はもうすぐ焼き上がるから待っててくれ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「ん?」

 あまりにも普通な対応に、私は思わずゲルディスさんを呼び止める。相手は別の客が頼んだホーカーローフをグリルの上で裏返しながら、もう片方の手でお皿を用意しつつ顔だけをこちらに向けた。

「ゲルディスさん、あの……私今とても大事なことを言ったつもりなんですが」
「大事? こんな忙しい時にか」
「うっ」

 正論に返す言葉もない私が黙りこくっているうちに、ゲルディスさんは手早くホーカーローフを届けに行って戻ってきた。そして席の上で固まったままの私に向かってさらりと告げる。

「いいかアルマ、こんな仕事してりゃお前みたいなことを言ってくる奴なんてそれこそ数えきれないくらい見てきた。店持ち、独身、おまけにたまらなく美味い酒だって作れる、そんな私がモテないわけがあるか? だがな、酔ってる奴はみんなそう言うんだ。いちいち本気になんてしてられるか」
「……!」

 よかった、一応私の言葉は聞こえていたんだ――と思う間もなく玉砕する。ゲルディスさんがモテるだろうということは想像がついていたし、想いを伝えたところで相手にされないことも想像はついていた。
 けれど本気で聞いてももらえないということはさすがに考えていなかった。それが答えだと言われればその通りでしかないのだろうけれど。

「……わかりました」
「アルマ?」

 別の注文を準備しているゲルディスさんの背中を見つめて呟くと、こういう時だけすぐに気づいてくれる優しさが苦しい。あんなに望んでいたはずのその人の目が今ばかりは見られなくて、私は俯きながら手付かずのスジャンマのグラスに語りかける。

「これ以上ご迷惑をおかけするのも忍びないので、今の話は忘れ――」
「おい、勘違いするな」

 潜めた声と共に見つめていたグラスがふと傍に逸らされ、私は反射的に顔を上げる。そのままゲルディスさんと目が合って、ああやっぱりこの人が好きだと思わずにはいられない。そして――。

「返事が欲しいなら酔ってない時に言え。もし素面でも同じことが言えるならな」
「!」

 すっと伸ばされた長い人差し指に額を軽く小突かれ、自分の顔がぱっと赤くなっていくのが鏡を見なくてもわかる。妙な期待はさせないでほしいのに、口元が緩むのを止められない。
 後から聞けばゲルディスさんは本人なりに動揺していたそうだし、他の客の目を気にしてこんな答え方をしたようなのだけれど、何もかもがうまくいった今なら懐かしい笑い話として思い出せる。あの日店を閉めた後に二人初めて唇を交わしたことも、その時ゲルディスさんが作ってくれた最高の一杯のことも。

「お前だけの特別製だ。だから他の誰にも言うなよ……アルマ」

 その時飲んだスジャンマほど甘いものを、私は他に知らない。

カテゴリー: Novel, TES5 タグ: TES Short Stories

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