「雷の精霊の召喚を教えてほしい?」
「はい。もしバラダスさんさえよろしければ、実演して見せていただけると大変勉強になります」
「お前の師はアリョンの若造であろう。聞く相手を間違えているのではないのか、アルマ」
グニシスの外れに立つヴェロシの塔、その最上階で私と向き合っている老魔術師はそう言って眉を顰める。けれど私はそれに挫けず、最初からあの手この手で食い下がる心構えだ。
「アリョンさんはどちらかと言うと付呪で召喚を済ませてしまいますので。もちろんそれはそれで便利なことではあるんですが、私はできればまずは自力で喚び出せるようになっておきたいんです」
ブレトンという種族柄、私も召喚術にはそれなりの適性がある。初めは名もない幽霊から、やがて炎の精霊やクランフィアに至るまで、少しずつ研鑽を重ねて召喚できるようになったものは多い。そしてそろそろ強力なデイドラを喚び出す段階に入ろうと思った時、私が教えを乞いたいと思ったのはバラダス・デムネヴァンニという人だった。
「研究の邪魔をするなといつも申し渡していると言うに、相変わらず一向に聞く耳を持たん小娘であることよ。まあよい、一度しか見せんぞ」
その人がそう言うや否やあまりにも早く現れた雷の精霊に、瞬きなんてしていなかったはずの自分の目を思わず疑う。短い言葉、シンプルな動作。けれどその導き出す結果には非の打ち所がなく完璧で、私は感嘆のため息が零れるのを抑えきれない。
これまでも旅の間にたくさんの召喚術師たちを見てきたけれど、バラダスさんの魔術は美意識さえ感じるほど一切の無駄がない。もちろんアリョンさんをはじめ、他のマスター・ウィザードもそれぞれ独自の手法を持ってはいるのだけれど、自分が思い描く理想と同じ匂いを感じるとでも言うのだろうか。バラダスさんの操るそれは、私が惚れ惚れと魅入られずにはいられない何かに満ちている。
「あ……あの、一つ質問が」
「何だ」
一つどころかいくつでも聞きたい、むしろ今見ただけでは何もわからなかった……そんな本音をぐっと飲み込み、私は早口で尋ねた。
「どうすればバラダスさんのように魔術を展開できるんでしょうか? 基礎よりずっと簡単に発動しているように見えるのに、欠けているところが一つもない、むしろ強化されているだなんて」
「私の術を見た後でも、まだそんな世迷い言をのたまうか。己と私の間に一体いかほどの経験の差があるか、理解できておればそんなことは軽々に口にはできんと思うがな。だが──」
言葉だけ見れば辛辣でも、その口調や表情は穏やかなままだ。然るべき敬意を払ってバラダスさんに何かを尋ねれば、答えが返ってこないことはないと私は既に理解している。
「私のやり方を真似たいのなら、もっと繊細に術を扱え。経過を都度丹念に検証し、結果だけを追い求めるな。常により良いものを選択し、あらゆる不要な要素を排除しろ。さればこそ我が魔術の域に少しは近づけるような時も来よう」
同じ炎の呪文一つ取ったとしても、その術式には何通りもの展開方法がある。威力を先に定義するのか、効果を及ぼす範囲を先にするか、それだけでも唱えるべき呪文の文言は逐一変わってくる。複雑な術になればその分必要な要素も増えていくし、どこか一ヶ所でも間違いがあれば全体の構成に響きかねない。かと言って何かを削ぎ落とせば呪文そのものを台無しにしかねず、とかく高位の術を使う時には気にかけなければいけないことが多いのだ。
雷の精霊の召喚は決して簡単な部類の術ではない。それをいとも簡単に、こんなにも単純化した術式で再現してしまえるのだから、このウィザードがいかに深い知識を持っているのか推して知るべしというものだろう。またそれを瞬時に実践できるだけの力をも備えているということに、アルケインの技を扱う者なら思いを巡らせずにはいられない。
私がこの塔を訪れるのは何も珍しいことではなく、どういう気紛れでかバラダスさんもそれを咎めて追い出すようなこともなかったのだけれど、そんなある日の雑談中、刺客が複数現れたことがあった。不意を突かれてまごつくばかりの私とは対照的に、この塔の主は今と同じくほんの一瞬で精霊を呼び出すと、何が起こったかもわからないうちに敵を一掃してしまったのだ。
それは時間にすればほんの僅かな間の出来事でしかなかっただろう。けれど私の目に焼きついたその魔術の粋は決して消えることなく、畏怖と尊敬に憧れが加わるまで大した時間はかからなかった。
「アルマ、そもそもお前の術は全てにおいて大味なのだ。尽きぬ莫大なマジカが術式を強引に成立させてはいるが、それに甘んじていてはこれ以上の成長などとても見込めんぞ。横着せずに基礎を磨き、必要なものと不要なものを見極める目を養うことだ」
「は、はい」
マスター・アリョンは無駄の多い私の手法に思うところがないわけではなさそうだけれど、求められた通りの結果を出せればそれ以上の注文はつけない。そういう意味では優しい師匠であり、こちらが尋ねれば厭わずに教えてくれる面倒見の良さも相まって、その人の弟子になれたことは幸運だったと思っている。
けれどバラダス・デムネヴァンニという人が操る術は、一言で言うならば格好いい。論理的で、合理的で、理想的で、かつ実戦的だ。極限まで無駄を省いたそれを味気なく感じる人もいるだろうとは思うけれど、私にとって誰よりも魅力ある魔術の使い手であることは間違いない。
──そんな人から全般的なダメ出しを受けている自分に対しては、穴があったら飛び込みたいほど恥ずかしく感じてはいるけれど。
「そう言えば最近お前が弟子を取ったとエナールが話していたが、よもやお前と同じやり方などその弟子に教えてはいまいな?」
「……う……」
「お前のような術はアイレイド並みのマジカがなくば扱えるものではない。哀れな弟子が逃げ出す前に己のやり方を正せ。伸び代のある魔術師を潰すな」
今度こそ本当に呆れた様子でバラダスさんは頭を振り、私は心の中でエディ君に謝罪の言葉を唱える。サドリス・モラに戻ったら改めて基礎の呪文集を買いに行こう。それからエディ君と二人で練習しよう、街の人の目につかないところで。
「やれやれ、何とも手が焼ける。お前を弟子に取らぬは正解だったわ」
「!」
片手の一振りで沸かしたお湯を使いお茶の準備を始めながら、ヴェロシの塔の主は半ば揶揄い混じりにそう告げる。以前それとなく打診をしても断られてしまってはいたけれど、改めてはっきりそう言われるとまだ心の奥が鈍く痛んだ。
それでもこうして訪ねれば時間を割いて相手をしてくれるのだから、今はこれで十分だと自分に言い聞かせようとしていた、その時。
「第一、己が弟子に抱くにはこんな感情は不適切に過ぎようて」
「えっ?」
「そら、お前の茶の用意ができたぞ」
「あ……は、はい。どうもありがとうございます」
いつしか塔に常備されるようになった、私が好きだと言ったことのある果実のお茶。バラダスさんがそれを飲んでいるところなんて一度も目にしたことはないのに、そんなさりげない気遣いが私に分不相応な夢を見させてしまう。憧れだけに留めておけばよかった気持ちを、その先のものへと変えてしまう。
「……バラダスさん」
「何だ、まだ尋ねたいことでも?」
「私、いつかバラダスさんのような術が使えるようになるでしょうか?」
その質問は想定外だったのか、老魔術師は一瞬探るようにじっと私の瞳を見つめる。けれどすぐに表情を和らげると、満足そうに響く声でこう言った。
「使いこなす見込みがない者に、私はわざわざ講義などせん」
「……!」
「それを生かすかどうかはアルマ、お前の努力次第ではあるがな」
「が……がんばります!」
目で追わずにはいられないのは、遥々会いに来ずにはいられないのは。それらは全てただ単に憧れの人だからという理由だけではない。いつかこの人に一人の魔術師として認めてもらえる日が来たら、その時こそ私は打ち明けよう。あなたに対して私が長らく胸に抱いてきたこの想いは、尊敬や憧憬をも飛び越えた、それ以上のものでもあったのだと。
