「ワーボットアリーナ?」
「はい。モーンホールドのイグナティウスさんが──あ、オートマトンに地下室に閉じ込められていた方ですが、今度はヴィヴェクの闘技場で参加者を募ってセンチュリオン同士を競わせるトーナメントを行うそうです」
「それでお前はそのくだらん催しに出場したいと言うか、アルマ」
その日も我が塔を駆け上がって来たブレトンの魔術師アルマは、顔を見せるなり仰々しく彩られた書類を私へと差し出す。しばらく前にこの娘がモーンホールドへ出向いた際の話では、そのインペリアルはアニムンクリ同士を戦わせる賭けを事もあろうに自宅で行い、またその過程で機械の暴走を招いてはアルマに助けられたのだと言う。
性懲りも無く同じ誤ちを繰り返さんとするその男の愚行にはため息も出ないが、それに自ら出向こうというこの娘もまた愚かさにおいては似たり寄ったりだろう。
「せっかくバラダスさんからいただいたショック・センチュリオンがありますので、許していただけるならここでずっと留守番をさせておくより、こういった晴れの機会にたくさんの人にお披露目したいなと」
とある指輪を手に入れた礼として、私は以前アルマに自ずから修理したセンチュリオン・スフィアを与えていた。だが海を渡り山を越えるこの娘に同行させるには些か難もあったことから、いつの日か適切に扱える時まで私が預かるという形を取り、かつては私のものであったオートマトンはまたアルヴス・ドレレンに残されている。
そんなアルマに再び我がスフィアを伴って外に出たいと言われるは、元よりこの娘のために手を加えた私としても心が動かぬわけではない。
「私はお前の身を守るためにこのスフィアを与えたのだぞ。機械同士のチャンバラのために貴重な修理品を手離したわけではない……とは言え、一度出ると決めたからには負けることなど罷りならん」
「!」
「お前のアニムンクリが私の手によるものだということは周知の事実。無様を晒して私に恥をかかせてくれるな、わかったか」
その私の言葉を聞いて、不安げにこちらを見上げていたアルマの顔にはすぐさま笑みが広がる。
「もちろん最善を尽くします。バラダスさんが直々に改良してくださったスフィアですから、スチーム・センチュリオンやセンチュリオン・アーチャーにだって負けませんよ」
「うむ」
「ですので……私が優勝したら、一つご褒美をいただけませんか?」
「褒美?」
「はい」
そこでアルマは恥じらい混じりにしばし視線をさまよわせると、不自然な咳払いの後で心を決めたのか私にこう告げた。
「もし私が最後まで勝ち残れたら、一日だけデートしていただきたいんです」
「デー……何だと?」
思わずそう聞き返した私に、ブレトン娘は頬を染めつつ小声で逢い引きだと繰り返す。そんなことはわかっている。私がこの娘に問うたのはその言葉の意味するところではなく、そんなことをわざわざ申し入れてくる頭の構造に他ならない。
さりとてアルマと私の付き合いももはやそう短くもなくなってきた。師弟関係にあるわけでもなく、何か仕事を任せているわけでもないと言うに、この娘が大した用もなく遠方の我が元を訪れ続けることも、それを私が追い返すでもなく自由にさせたままでいることも、単なる知人同士であればまず間違いなく起こり得ないことではあるだろう。少なくとも、私は何の興味も関心も抱かぬ相手をかくも頻繁に我が塔に招き入れるということはない。
それでも我らは互いの間に然るべき距離を保ち、そこから先へは踏み込まぬという暗黙の境界線を持っていたはずだった。それを今アルマは踏み越えた。何の前触れもなく、あっさりと。
「だ……だめでしょうか? アルドルーンでご飯を食べるだけでも……いえ、サムシ川のほとりをちょっと散歩するだけでも!」
黙ったままの私の前で、アルマはみるみるうちに落ち着きを失い狼狽し始める。青褪め、まごつき、慌てふためく、それはテルヴァンニの高位の魔術師とはとても思えぬ燦々たる有り様だ。情けない姿を見せただけでなく、分不相応にも程がある冗談は手討ちにされても何らおかしくはない。
私とて出し抜けにこんなことを言われれば不快で不敬に扱われたと思いこそすれ、まともな返事など当然ながらくれてやる気になどなれない──ただし、この娘が相手の場合を除いては。
「……つくづくお前の浅はかさには呆れさせられるわ、アルマ。このどうしようもない馬鹿娘め」
込み上げてくる笑いを押し殺しながら私がようやく口を開くと、私の気分を害したとでも思ったのか、ブレトン娘の肩がびくりと跳ねる。
「バラダスさ──」
「私が手を施したアニムンクリに勝てる者などおらん。しからばお前の妄言は仮定でも何でもない、単なる未来の事実となる」
「!」
いつか互いのうちのどちらか辛抱の足りぬ方が、根負けして今しがたのアルマと同じような言葉を口に出すであろうことはいつの頃からか予想がついていた。それが私ではなかったのは、ひとえに年の功とでも呼ばわるべきか。いずれ我らの間に引かれた線がその意味を失う日が来るということも、この娘と私がより長く、より近くで過ごすことを望むようになるであろうということも、もう随分と前から私の希望的観測の中に含まれていた。
そしてそれらはアルマが不可侵の一線を踏み越えた瞬間から、現実のものへと変わり我らの関係に新たな名をつける。
「そうと決まれば行き先を考えておけ。遠出するのならば準備がいるのでな」
「……はい!」
そう続けた私に、アルマは今にも飛び上がらんばかりの嬉しそうな顔で答える。まずはこの娘が我がスフィアと共に表彰台に上がる様を見届けるために、久方ぶりにヴィヴェクへの旅支度を整えるとしよう。
