「……ドゥーマー遺跡に行く?」
「そうだ」
いつものようにグニシスの町外れに立つ塔を訪れた私は、明らかに旅の準備をしている途中のバラダスさんを目にした。そのあまりにも物珍しい姿の理由を思わず尋ねてしまった私に、返された答えは実に簡潔かつ明確な一言だった。
「い……いつから、いつまでのご予定で?」
「準備が出来次第向かう。戻りはいつになるかわからん」
「そんな……」
「下の階を使いたければ私の不在中も勝手に使うがいい。だがこの部屋は施錠しておく、良からぬ輩に研究資料を荒らされてはたまらんのでな」
机の上に並べられた品々で荷造りを続けながら、バラダスさんは私を振り向くこともなく手を止めずにそう言った。
確かに私は事あるごとにアルヴス・ドレレンを訪れていて、埃の積もっていた客間はもはや私の部屋と言っても過言ではない。それは私がテルヴァンニの一員になって間もない頃から、モラグ・アムールに自分の塔を構えた今になっても変わることはなかった。
けれど、もちろん何の目的もなくこんな西の端まで遥々足を伸ばしていたわけではない。
「どちらの遺跡に行かれるおつもりですか? 良ければ私もバラダスさんと一緒に──」
「ドゥーマーに興味のないお前が私と共に来たところで何とする」
「それは……その、遺跡が不法占拠者や吸血鬼の巣窟になっているかもしれませんし」
「お前は私をその程度すらどうにかできんほどの老いぼれだと思っているのか、アルマ」
「違……っ! じ、じゃあ荷物持ちをします! ドゥーマーの遺物は重いですから!」
「歯車一つで動くことさえままならなくなるほど体力のないお前がか?」
「〜〜っ」
私のあらゆる提案は即座に悉く却下され、ようやく、けれど呆れたような一瞥をくれる老魔術師には文字通り取りつく島もない。
ここまで私が食い下がるのは、ひとえに私の訪問の目的がこの強大なウィザード自身にあるからだ。孤高にして独創的なバラダス・デムネヴァンニという人に惹かれた時から、私はどんな小さなきっかけでも必死に掴んで距離を縮めてきた。
それがやっと単なる知人から少し親しい枠に昇格したかもしれないと思えてきたところで、繋がりが切れてしまうに十分な間が空いてしまうとすれば、これまでの努力があえなく水泡に帰してしまうかもしれない。あるいはそれだけならまだしも、次にバラダスさんがこの塔へと戻ってきた時、既に私はこの世の者ではないとも限らないのだ。長寿のマーの時間感覚からすれば、それは決してあり得ない話ではない。
「おかしな小娘だ、なぜそこまで私について来たがる? よしんば連れが必要になることがあるとして、私にも自分の代理人がいる。何もアリョンの子飼いのお前をわざわざ連れて行く理由も無かろう」
何とか口実を見つけようとする私に、相手の告げる言葉はどこまでも現実的だ。バラダスさんの言うことは誰が聞いても全くその通りで、ただ側にいたいから一緒に連れて行ってほしいだなんて理由で高次の研究の邪魔をしてはいけないこともわかっている。
それでも……。
「……アルマ」
「…………」
「聞け、アルマ」
黙りこくる私の前に、バラダスさんが静かに歩み寄る。そして私の肩にそっと手を添えると、何とも言えない表情で一度小さなため息をつき、ゆっくりと口を開いた。
「ドゥーマーがお前の専門外であることなどテルヴァンニの者なら誰もが知っておろう。加えて今も言った通り、お前は私の弟子でもない。そんなお前を敢えて私が旅に伴うとすれば、世間が考え得る理由などそう多くないとは思わんか」
「……え……?」
思いがけないその言葉に、老魔術師の真意を探らずにはいられない。けれど相手はどことなく眉根を寄せたまま、不自然に私から視線を逸らし続けている。なら、期待してもいいのだろうか? バラダスさんには似つかわしくないその落ち着きのない様子は、私と同じことを考えているからなのだと思っても。
「私もテルヴァンニの魔術師ですよ。誰に何を言われようと、欲しいものが手に入るならそれで構いません。あなたと一方ならぬ仲だと噂されるならそれこそ望むところです」
一か八かの賭けのように、私は祈りを込めてそう口にする。何を血迷ったことを言っているんだと返されてしまったら、私の気持ちは残念ながら届かなかったということなのだろう。けれど、もし。
「……せっかくお前の評判とやらを気にかけてやったと言うに、お前という小娘は……」
苦々しい顔とは裏腹に、老魔術師の声はとても優しい。そして肩に置いていた手で私の頭を一撫ですると、バラダスさんは再び荷造り中の机に向かいながら背中越しに言った。
「お前が異を唱えんのならば私が何を気にすることもあるまい。ついて来たければお前の好きにしろ。ただし、その後の覚悟はよいな?」
「はい!」
すぐさまそう返した私に、今度こそバラダスさんは笑った。
