スカイリムの夜は寒い。それも北部の、亡霊の海に近いところともなれば尚更だ。保温と対冷の付呪を厳重に施してあるとは言っても、凍える外とを隔てるのが薄い天幕一枚ではどうにも頼りなく、時折吹き付ける強風に飛ばされてしまうのではないかとハラハラさせられることもある。
それでもスコール製だというベッドロールだけはたっぷりと使われた毛皮で暖かい。多少値が張りはしたけれど、私の人生で買って良かったもののベストスリーには入ってくれるはずだ。そしてこの高級なベッドロールにひとたびその身を包まれたなら、誰でもたちまち心地良い温もりを感じずにはいられないだろう。
……例え、どんなに心の冷たい人でも。
「外は酷い天気ですね。でもこのベッドロールはこんな時にこそ役に立つと思いませんか、アンカノさん?」
「…………」
私は毎晩恒例の荷物整理をしながら、ついさっき休むと横になってしまった人を振り返って声をかけてみる。けれど返事らしきものは聞こえず、もう眠ってしまったのかと驚きながら件の高級ベッドロールに横たわる相手の手にそっと触れてみて──氷のような冷たさに飛び上がった。
「冷たい! ま、まさか、死──」
「当たり前だろうが! この馬鹿!」
「痛い痛い痛い!」
突如襲いかかってくるドラウグルたちのようにカッと両目を見開き、がばっと起き上がったアンカノさんは私の頭を片手で鷲掴みにする。そのままがくがくと揺さぶられた後でぱっと急にその手を離され、私は危うくひっくり返って後頭部を強打するところだった。
「何が『まさか』だ! 貴様が私を蘇らせておいて、ふざけた台詞を吐くんじゃない!」
「いえ、その……あなたが死んでいるということをどうも忘れてしまいがちなんですよ。だって死霊術で蘇った方というのは普通『ううう』とか『タスケテ……コロシテ……』みたいなことを言うんじゃないんですか?」
「下民とこの私を一緒にするな。そんなみっともない台詞など口が裂けても言えるか」
「え⁉︎ とするとまさかアンカノさん、根性で絶え間ない苦痛を堪えて」
「精神力と言え、下等生物め」
「ここには私しかいませんし、正直に弱音を吐いても構わないんですよ。アンカノさんは所属先のサルモールにすら友人が一人もいないほど性格が破綻しているとは言え、世界中の誰もがあなたを見限っても、私は絶対にあなたを見捨てたりはしませんから」
「誰が性格破綻者だ!」
そう言いながら額に青筋を浮かべているアンカノさんは、顔色こそ若干悪く見えこそすれ生前と違っているようには思えない。霊魂に正気というものがあるのかどうかはわからないけれど、死霊術で蘇らせられた魂は気が狂ってしまうような苦しみに襲われると聞いている。そして見る限りアンカノさんもその術の範疇を逸脱してはいないと思われるのに、生きている時と同じように振る舞えるというのは実に驚異的だ。
あの日、マグナスの目を取り戻した後で元素の間から誰もいなくなった後。私は真夜中に独りこっそりホールの中へ忍び込むと、安置されたままのアンカノさんの骸に強力な死霊術をかけた。大学で達人レベルの召喚術を学べていたことを、この瞬間ほど良かったとしみじみ思い返したことはない。
そのまま生前のように罵詈雑言をこちらに浴びせかけようとしたアンカノさんをどうにか宥めすかし、私は密かに想いを寄せていた相手と夜の闇に紛れて逃げ出した。私の一方的な片想いであるということを除けば、これは立派な愛の逃避行と言って差し支えないだろう。
「……貴様、今何か気色の悪いことを考えていなかったか?」
妙に鋭いアンカノさんがジト目でこちらを睨んだけれど、私は外の様子を見るふりをして視線を逸らした。ちょっと都合のいいことを考えただけでこんなことを言われるのだから、私の本心なんて知られようものなら想像するだに恐ろしい。
「改めて言っておくが、私は望んで貴様のようなウジ虫の側にいるわけではない」
アルトマーの魔術師は両腕を組むと物理的にこちらを見下し、あたかもご主人様と下僕であるかのようにきつい口調で私に申し渡す。そのまま嫌味をふんだんに盛り込んだお小言に移行しているアンカノさんは、既に死んでいるだなんて言われなければ絶対にわからないだろう。ましてや虐げられている方が使役者だなんて見抜ける人はほぼいないはずだ。
私にとってはこれが日常すぎて、もはや何の疑問も湧かないけれど。
「だが……」
「?」
「貴様でなくば短い時間の後にこの私の貴重な身体を灰にしてしまいかねん。妥協に妥協を重ねた結果、蘇らされた以上は同行してやるも致し方な──」
「本当ですか!」
「なっ⁉︎ 距離が近い、離れろ!」
言葉の終わりも待たずに思わず両腕で抱きついてしまった私を、アンカノさんはベリっと音がしそうな勢いで無理やり引き剥がす。どことなく相手の顔の血色がよく見えるような気がしたけれど、生きている間でさえそんなことはただの一度もなかったのだから、灯火魔法の光の具合か私の見間違いだったのだろう。
「き、貴様は死体に頬擦りをするような悪趣味があるのか」
「心外です。誰の死体にもこんなことをするわけじゃありません」
「ならなぜ私にする。そもそも貴様はなぜ私を蘇らせたりしたのだ」
「……さあ、どうしてでしょう」
それが本当に好きな人でなければ、そもそもこんなことをしようという考えさえ思い浮かびはしない。飲み食いも眠りもしない死体のために毎回食事を二人分用意したり、ベッドロールを二つ整えるなんてこともするはずがない。何人もの親しい人々の命を奪い、許されざる大罪を犯した相手の骸を朽ち果てるに任せもせず、できる限り生前と同じ姿でいられるように手を尽くすなんてことも。
私がマグナスの目の暴走を止めようとしたのは、そうすればアンカノさんと再び語り合える日々が戻ってくるのではないかと淡い期待を抱いていたからだ。そんなことは決して起きるはずもないと否が応でも理解した上で、その人を倒すために立ちはだからなくてはならなくなった時は運命を呪いもした。
もしアンカノさんが生きてこうして私と一緒にいてくれたなら、それ以上に望むものなんて他には何もなかった。殺した者と殺された者としてこのまま二度と会えなくなってしまうのなら、いつかその報いが待っているとしてももう一度こうやって話したかった。
相手は私がこんなことを考えているなんて知りもしないだろうけれど、それでも構わない。潰えたはずの夢が叶った今、それ以上を望むのは過ぎた願いというものだろう。
「……アルマ」
「はい?」
いつもならそんな私の態度にしびれを切らしてますます激昂するアンカノさんは、けれどその時だけは妙に静かな様子で私の名を口にした。
「貴様はどの分野においても何ら光るもののない凡庸な魔術師ではあるが……」
そして平均よりもかなり整った顔立ちをしたアルトマーの元素魔術師は、そこで何とも言えない不思議な表情をしながら微かに目を細めて私を見つめる。
「貴様の男の趣味だけは、非常にいいものがあるとだけ言っておこう」
「!」
そう言ったアンカノさんがどことなく自慢げな表情だったので、私はぽかんと見惚れてしまってもう一度舌打ちされてしまった。
「ア……アンカノさん!」
「何だ、うるさい奴め」
「そのベッドロール、とても暖かいですよね? 実はアンカノさんの方だけ追加料金を払って毛皮を増量してもらっているんですよ。なのでもしよければ今夜は私も一緒にそこに──痛たたたた!」
「調子に乗るな、このゴミめ!」
私の耳を容赦なく抓り上げる相手の手つきには一切の躊躇がない。けれどその心にほんの少しの温もりを感じてしまったのは、きっと私の勘違いというだけではないことを祈ろう。
