笑い事じゃないって

「ああ、マイスウィート・キャラメル! 酷いじゃないか、こんなに長い間顔を見せてもくれないだなんて!」
「すみません。ちょっと交渉が長引きまして」
「知っていたかい? クラッシウスおじさんは寂しいと死んでしまうんだよ?」
「お元気そうで何よりです」

 ヴィヴェクの都、フラール地区の最上階に構えられた瀟洒な屋敷。その一室で私はクラッシウス・キュリオ卿と向かい合っていた。

「相変わらずドキッとするほどクールなビューティーだね、アルマ。だが君に冷たくされればされるほど私の身体は不思議と熱を帯びて……」
「本題に入ってもよろしいですか」
「ふふふ、冗談さ!」

 時と場合によっては訴えられかねないセリフを口にしながら、キュリオ卿は唇に優雅な弧を描いて笑ってみせる。この御仁が私の後見人として世話を引き受けてくれた時から、私たちのこんなやりとりはもはや日常茶飯事だ。

「では聞かせてもらおうかな、君の新たな武勇伝を」

 そう言って装飾の美しい椅子に腰かけ足を組んだキュリオ卿に、私はしばらく前から彼と取り組んでいた大きな案件の成果を告げる。

「こちらの計画通り、アーティファクト博物館を資金援助することと引き換えに、展示品を我々フラール家が借用できるようにしてきました。先方もだいぶ渋っていたので話がまとまるまで日数はかかりましたが、ろくな警備も展示室もなしに伝説級の代物を飾るわけにもいきませんからね。背に腹は代えられないというところでしょう」
「お見事、お見事! 君の鮮やかな手腕には私も下着……おっと、シャッポを脱ぐよ」

 ぱちぱちと手を叩くキュリオ卿は満面の笑みで、大口の資金提供者としては満足のいく契約が結べたようだ。博物館の収蔵品収集に手を貸す必要はあるとしても、世に二つとない逸品を比較的自由に持ち出せる恩恵は何にも勝る。それらのいくつかを上手く使うことができれば、貸し付けた金額の数倍の資金は軽く回収できるだろう。

「他に何か目ぼしいビジネスの種はあったかい?」
「ビジネスですか? 世論操作に使えそうな地下新聞社の差し押さえだとか、いわくつきのスクロールの横流しだとか、お見合いサービスの需要がありそうだったことくらいしか」
「モーンホールドの思い出話でも構わないよ。しばらく本土には渡っていないんだ、ヴァーデンフェルがあまりにも刺激に満ち満ちているのでね」

 そう言われるとふと蘇る、数日前の嫌な記憶。いっそ完全に忘れられていたらと、そう思わないでもないけれど。

「思い出……と言うほど思い出したくもない話なら」
「うん?」
「聖堂の前の広場で変なボズマーに出会ったんです。実業家を名乗っていて、寸借詐欺どころか単なる詐欺を吹っかけられたんですが……」

 それは性質の悪い物乞いとしか言えない相手だった。最初はほんの寸志から、渡せば渡すほどに要求する額を天井知らずに釣り上げてくる。けれど私もゴールドを生み出すことにかけては右に出る者のないフラールの人間だ。普段ならこんな馬鹿げた遊びに付き合う気なんてもちろんないけれど、このボズマーはあまりにも図々しすぎて私の気に障った。
 楽をして大金を稼ぐためには血の滲むような努力が必要だということを、フラールのグランドマスターとなった私は骨身に染みて知っている。だから五体満足な健康体でありながら働きもせず金銭を集ろうとするような輩は、包み隠さず率直に言ってこよなく虫唾が走るのだ。
 ただより高いものはないということを思い知らせてやろうと、私は内心に闘志を燃やしながらその勝負を受けて立った。けれど何度も金をせびったボズマーが最後に渡せと言った百万ゴールドを、ここまで来たら後には引けるかとぽんと目の前に積んだ私に、あろうことかそれを要求して来た本人は〝馬鹿にするなァァアアア‼︎〟と狂ったように叫ぶなり、私をチンピラ呼ばわりしながらその場から走り去ったのだった。

「ハッハハハハハ! それはまた愉快痛快!」
「笑いごとじゃないんですって。これにはまだ続きがあるんです」

 翌日、我ながら熱くなって馬鹿なことをしたものだと反省しながら広場を歩いていた私は、黒檀装備に身を包んだ何者かに突然襲われた。辱められた借りを返すと、高笑いをしながら攻撃してきた狂人は間違いなく前日のボズマーだった。こちらのあらゆる攻撃を跳ね返し、またどんな攻撃も確実に私に当ててくるその能力は、あのダゴス・ウルが可愛く思えてしまうほどの異様さだ。
 一体どんな仕掛けがあるのか、考えている余裕なんてなかった。一瞬でも気を抜けば、ボズマーの振るう黒檀の剣は私の頭を胴体から斬り離す──。

「もう本当に死ぬかと思いました。どうせ死ぬならとヤケになってスジャンマを何本も飲みながら両腕を振り回していたら、気づいた時にはどういうわけか相手が倒れていたんですが」
「まるで夢のような話だ。目が覚めたら翼あるグアー亭でスジャンマの瓶を抱えていたなんてことは?」
「そうだったらよかったんですけどね。まだ身体中が痛くて」
「それは大変だ! おじさんに見せてみなさい、さあ! ──あ痛!」

 素早く立ち上がるなり私の上着を剥ぎ取ろうとしてきた変人貴族の手をぴしゃりと叩くと、これ見よがしにその手を摩りながらもキュリオ卿は再び口を開く。

「しかしそのウッドエルフ、自分は世界で一番強運だと豪語していたと言ったね」
「はい」
「全く馬鹿なことだ。そんなことはあり得ないのに」

 微かな侮蔑を宿した言葉に私が軽く目を見開けば、名高いフラールの評議員の一人は満足げにその手を伸ばし、何とも思わせぶりな手つきで私の頬を撫でてみせた。

「アルマ……君という奇跡の果実を手中に収めた私以上に、幸運な男なんてこの世には一人だっていやしないさ。そうだろう?」

 芝居のかった彼の仕草に、不覚にも堪えきれない笑みが零れる。だから私はキュリオ卿との縁を切ることができないのだ。どんなお題を与えても、瞬く間にこうして見事な寸劇に仕立て上げてしまうのだから。

「さあ、マイレディ。君のためのシャンパンが隣の部屋で冷えているよ」

 そう言ったキュリオ卿がこちらに差し出した手を取ることを、今日ばかりはささやかな見返りとして自分に許してもいいだろう。