ブレイズ──シロディール帝国の皇帝直属精鋭部隊。主に情報収集に当たる者が多いとは言え、それなりに腕の立つ人物でなければそもそもそんな危険な真似などできない。しかしブレイズの誰もが皆見るからに屈強な猛者ばかりというわけではないことは、私の目の前で呑気に噴水を眺めている人物が証明している。
「アルマ」
「はい」
「答えたくなければ答えなくていい。だが……」
お前はなぜサルモールのブレイズ狩りから逃れられたのか、と。答えなど既に知っていて私は敢えてそれを相手に問うた。
ブレイズの生き残りを見つけ出し殺せという命を帯びてこの町にやって来た私は、協力を要請した町の英雄アルマに散々振り回された挙句、問題の生き残り張本人だったアルマに戦いを挑んで無様に敗れた。アルマこそがブレイズの残党だという疑いがなかったわけではない。しかしこの戦士は巧妙なほどに決定的な証拠は残さず、それでいて完全に疑いを晴らすでもない絶妙な態度を取り続けた。私が確信を得るに至ったのは、アルマがそうなるよう意図したからだ。そうでなければ私は今も偽の情報に一喜一憂し、苛立ちを募らせていたことだろう。
その勘の鋭さ、読みの深さに加え、感心するほど卓越した剣の腕。そのどれが欠けてもサルモールの包囲網を突破することはできなかっただろうが、本人は何を最も不可欠のものだと見做しているのだろうか。今更ブレイズという組織について探りを入れようなどと考えているわけではないが、私はアルマの口から個人的な答えを聞いてみたかった。
「どうして逃れられたか、ですか……」
やはり立ちはだかる敵を倒す腕の強さだろうか。しかしそんな私の予想を裏切るように、アルマは困ったように笑う。
「私が生き延びられたのは、人一倍臆病だからですよ。勇敢な人たちはみんなサルモールに立ち向かって死んでしまいましたので」
「!」
「逃れられたのは文字通りひたすら身を潜めていたからです。あるいはリストにも載っていなかったくらい下っ端だったからかもしれませんね」
あれだけの剣捌きを見せつけておいてそう言うか、と思わないわけではない。そもそもあの太刀筋は二年や三年で身についたものではないだろう。その若さで大戦以前からブレイズとしての活動に従事し、数年間続いた激戦を生き延び、また熾烈な追撃の手からも逃げ遂せたということは、すなわちアルマがそれだけの能力を持っているという何よりの証だ。
サルモールが仕留めたブレイズの中には、名の知れた大物も少なくはなかった。そんな手練れでさえ逃れられなかったブレイズ狩りの網を、アルマは確かに掻い潜り生き延びた。それが事実で、それが全てだ。そしてそのために最も必要だったものを、本人は臆病さ──あるいは警戒心、あらゆる異変や違和感を察知するために精神を張り巡らせ続けることだと考えているのだろう。
アルマについて知れば知るほど、サルモールはこの戦士を発見せずに済んでよかったのかもしれないと思う。もし見つけ出していたのなら、名だたる猛者二、三人は確実に道連れにされていたに違いない。
「……がっかりしましたか?」
「何?」
「いえ、何と言うか……もっと違う答えを期待されていたのかな、と思いまして」
いかに負け戦とは言え、逃げた末に生き残るということが恥だと感じる者は多い。私がアルマの立場であったなら、敵に相対し討ち死にするか自害する方を選ぶだろう。
しかしこの戦士はブレイズなのだ。その肩書きを名乗ることを許された時から、最も優先すべきは名誉ある死や個人の誇りではない。だからこそ奴らは強い。奴らは皇帝のために、帝国のために生き、そしてそのためにならまた死ねるのだから。
「ブレイズは泥を啜り苔を舐めても生き延びて、与えられた使命を全うすると聞いた。ならばお前のしたことは正しい──今ここに生きているのだからな」
どんなに優秀な戦士だろうと、死ねばそこで全て終わりだ。命があるからこそ再び君主に仕えることも叶う。アルマが今もまだブレイズとして戦うつもりがあるのか、もはやリバークレストの者たちを守ることを己の使命としているのかまではわからないが。
「……泥?」
「ん?」
「苔……!」
「ど、どうした」
しかしアルマは私の言葉の後半部分を聞いていたのかいなかったのか、妙な文言に目を見開くとぎこちない動きでこちらに向き直る。
「今アラナンデさんのおっしゃった言葉でもう一つ思い出しました。私が生き延びられたのは種族としての誇りを捨てたから、というのもあると思います」
「な……何?」
どういうことかと訝しげな視線を向ければ、アルマの目がぎらりと光った……気がした。
「アラナンデさんもご存知でしたよね、私がブレトンだということは」
「ああ……」
「種族のステレオタイプに漏れず、私も食事はできるだけ楽しみたい方だったんですが……」
「……?」
「ブレトンの本能を超える術を、私はブレイズで身につけたんです」
まるでシロディールブランデーを一人で何本も開けたかのように据わった目で、アルマは淡々と語り出す。
「思い返せばあれが一番きつい訓練だったかもしれません。食糧が手に入らない場所でもどうにかして生き延びるために、無機物以外は何でも口に入れなければいけない地獄のような特訓を長期間課されたことがありまして。あれが唯一本気でブレイズを辞めようかと思った時でした」
「そ、そんなにか⁉︎」
「いつからそこに落ちていたかもわからない鮭の切り身を食べるくらいなら、いっそここで死んだ方がマシだと考えた時期もありました。ですが埃まみれのアイレイド遺跡の壁から生えた光るキノコだとか、湿った洞窟の地面になぜか落ちているネギを食べなければ絶命するというところまで追い込まれた時、私は……ブレイズとして生き延びる代わりに、ブレトンとしては死んだんです」
急に饒舌に話し出したアルマはそこで遠い目をすると、何か大切なものを失ったかのように侘しげな声で言った。
「大戦の間も、逃亡生活の間も、衰弱して死にそうだと思ったことはありませんでした。ネズミだろうと虫の卵だろうと、食べたら死ぬような毒のあるもの以外は何でも食べました。大戦で焼け野原になってしまった町も多かったですし、生き残った市民の方の、ただでさえ少ない貴重な食糧を分けていただくのも気が引けましたので」
「…………」
「ですのでうちの町の仕事で出かける時は全然食べ物に困らないんですよ。砦でテーブルの上に直置きしているパンなんてありがたいほどで、木箱の上に放置してある鮭のステーキや鶏胸肉のグリル、瓦礫の上のスイート・ロールなんてもう腹痛も起こしません。何でも美味しくいただけますから……今の私なら」
「……!」
ブレトンにとって美味でないものはその舌が拒否する。その身体が否定する。その魂が存在を認めない。だが生きるためには味など気にしていられないような時もある。それでもそんなものを口にしなければならないくらいなら、冗談ではなく死を選ぶブレトンもまた少なくはないのだろう。
げに恐ろしきはブレトンの食に対する飽くなき追求心と言うところか。ならばそれを自ら葬り去ることに成功したアルマは、本能をも凌駕する凄まじい意志の力を持ち合わせているということになる。
生半可な者が太刀打ちできるはずもない。私の目の前にいるのは、化け物だ。
「ええと……まあそんなわけで、他にも私のような元ブレイズが市井の人に紛れて暮らしているかもしれませんね。たまに暇な時間がある時は、同僚同士引退したら何をしたいかなんて雑談をしていたこともあったんですよ。そう言えば同じブレトンで宿屋を経営したいなんて言っている人もいました」
「ほう」
「ちょっとキツい先輩だったんですが、メイルーンズ・デイゴンのように強かったので手合わせでは一度も勝てませんでしたね」
「……勝てなかった? 一度も? お前が⁉︎」
「はい、不死身なんじゃないかと噂が立つくらいの人でした。ですからあの先輩がサルモールに捕まったとはどうしても思えなくて、どこかで本当に宿屋を切り盛りしているんじゃないかと……あ、そうだ」
そこまで言ったアルマは先程までとは打って変わり、いつも通りの力の抜けた笑顔を浮かべて思いもかけないことを口にした。
「もう少し情勢が落ち着いてそれらしき女将の噂が届くようなことがあったら、アラナンデさんも一緒にそこへ泊まりに行きませんか?」
「なッ……⁉︎」
「私以上に用心深い人でしたから多分もっと北の方、スカイリムあたりにいるかもしれませんね。会えば絶対何かしらのお小言が飛んでくるとは思いますが、生きていただけでお互い運が良かったと前向きに捉えてほしいところではあります」
自分が今一体何を言ったのか、その言葉が私にとってどんな意味を持つのか、アルマは考えたこともなければこの先も知ることはないだろう。別に連れが私でなければいけない必要などないし、私自身エルフ差別の激しいスカイリムになど足を踏み入れたいと思ったことすらない。
だが、それでも。もしアルマが共に行こうと私にその手を差し伸べることがあれば……。
「……お前の元同僚に興味があるわけではないが、スカイリムの東部には温泉があるという話を聞いたことがあるな」
「温泉ですか! いいですね!」
「それなりの遠出ができるような時代になれば、湯治ついでにお前に同行してやってもいいだろう」
「はい、ぜひ!」
世の中はまだそんな安定とは程遠く、私がその戦乱の一端を担ってきたことを忘れたわけでもない。だからこそ私は平和が再びこの地に訪れることを願いながら、己が犯した罪に向き合い贖う日々を重ねていく。サルモールとしての私を殺し、ただの一人のアルトマーとして永らえる機会を与えた、このブレイズの戦士の笑顔を二度と曇らせることのないように。
