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本当にくだらない

2025-05-13 by 森野 クロエ

「…… アルマ」
「はい、何でしょう」
「いい加減に意地を張るのはやめて、アルヴス・ドレレンへ行ったらどうだ」
「嫌です」

 私の被せるような即答に、エナールさんは閉口する。マスター・バラダスの代理人のエナールさんと、マスター・アリョンの代理人の私。議事堂での持ち場が隣同士なのは、こんな時には実に都合が悪い。
 エナールさんの後見者であるバラダス・デムネヴァンニという評議員と私は、世間一般で言うところの恋人関係を築いていた。あるいは私がそう思っていただけで、向こうはそうでもなかったのかもしれないけれど、とにかく私はバラダスさんに想いの丈を洗いざらい打ち明けて、特別な存在になりたいという懇願に相手はその首を縦に振った。
 それまでも私はテルヴァンニの仕事で、また単に個人的な意図を持って、度々グニシスの外れにあるその魔術師の塔を訪れていた。出会った時こそ婉曲的に低知能と言われて苦手だったはずのその人が、いつしか憧れの人に、また恋焦がれる人に変わり、ついに恋人の座を手にするまでに至った日々のあれこれを思えば、召喚ホールをうろついているデイドロスに抱擁の一つもしたくなると言うものだ。
 けれど、それらは今や全て過去のことになりかけている。バラダスさんと私は数週間前かなり深刻な喧嘩をした。でもそれは少し語弊があるかもしれない。もっとはっきり言ってしまえば、その人と私では喧嘩にもならない。つまり、私が一方的に突っかかっているだけだと言われればそれだけのことなのかもしれない。そしてそう思っているからこそ、エナールさんは暗に私に折れろと言っているのだ。

『アルマ、私は──』
『もういいです、さようなら!』

 私が泣きながらアルヴス・ドレレンを飛び出しても、当然ながら相手がその後ろを追いかけて来てくれるなんてことはなかった。バラダスさんにその気さえあれば代理人に伝言を託すことだってできるけれど、当のエナールさんの反応から見てもそんなことがあるはずもない。もしくは長命なダンマーには、数週間なんてほぼ誤差の範囲で気にしてもいないのかもしれないけれど。
 けれど一番問題なのは、私はそもそもバラダスさんにそんなことは求めていなかったはずだということだ。想いが通じることはなくても、話ができれば幸せだった。同じ気持ちで見てはくれなくても、恋人になれただけで満足だった。
 なのにどうして今はそれがこんなにも辛くなってしまったのだろう。私が我儘なだけだということは、本当は最初からわかっている。けれど、この気持ちはもう自分でも手に負えない。相手のことが知りたい、話したい、側にいたい、振り向いてほしい──始めはただそれだけだったはずなのに、一たび願いが叶ってしまえばもはやそれでは満たされない。
 バラダスさんはそういう面倒さを何より嫌うだろうとわかっていたからこそ、私は必死でそれを見せないように心を砕いてきた。なのに、あの時つい言ってしまった。些細な口論の後で、〝バラダスさんは本当は私のことなんて好きでも何でもないんでしょう〟と。
 相手はそれを聞くなり一瞬で険しい顔をすると、私の売り言葉に何らかの返事をしようと口を開いた。だから私は逃げ出した。決定的な一言を、バラダスさんから聞きたくなくて。

「アルマ」
「…………」
「アルマ、話がある」
「エナールさん、それはお仕事の話でしょうか? もしそうでないなら──」
「評議会の仕事の話だ。言うまでもないだろうが、私の仕事に非常に支障が出ている」

 その日の議会の閉会後、素早く引き上げようとした私に若干苛立ったエナールさんが詰め寄る。私は知らずのうちに唇を噛んで足を止めたものの、エナールさんに八つ当たりじみた真似をしてしまう自分が情けなくて、申し訳なさに俯いたまま目を合わせることはできなかった。
 きっとエナールさんが決議の意向を尋ねに行く度に、バラダスさんの不機嫌さが増しているとでも言いたいのだろう。もちろんそれが原因でエナールさんも嫌な思いをしているだろうし、それについては当然ながら平謝りすることしかできない。
 それでも私のことなんて忘れられてしまって腹も立てられないくらいなら、憤ってくれる方がまだ嬉しいなんて屈折した思いもあるけれど。

「バラダスさんのご機嫌が悪いのは申し訳ありません。でも私はグニシスには──」
「違う」

 けれど迷惑をかけてしまったことを謝ろうとしたその時、エナールさんは鋭い声で私の言葉を遮ると、滲む怒りを堪えるように眉根を寄せて私に言った。

「我が師、バラダス・デムネヴァンニはここ数週間酷く消沈している。こんな姿は今まで見たことがない」
「……え?」
「お前は一体我が師に何をしたのだ? 返答如何によっては私もお前への態度を改めさせてもらう」

 バラダスさんが落ち込んでいるというエナールさんの話に、私は詰問されていることも忘れて頭が真っ白になる。なぜ? どうして? だってバラダスさんには私を疎ましく思う理由こそあれ、消沈する理由なんてないはずなのに。
 もしかしたら私とは全く関係のない理由なのかもしれないと、良いのか悪いのかわからない仮説も念のため考えてみる。けれどここ数週間というエナールさんの指摘が正しいとするならば、他にいくつも原因があると考えるのは恐らく無理があるだろう。

「お……怒っているわけではないんですか?」
「怒る? 何をだ? お前は我が師の怒りに触れるようなことをしたのか⁉︎」

 エナールさんは畳みかけるようにそう続け、私をぎろりと睨みつけはしたけれど、私が本当にわからないという顔をしていることに気づくと、訝しげに眉を顰めながらも呟くように教えてくれた。

「だが……あれは怒りではない。消沈、あるいは落胆、大袈裟に言うのならば絶望、ともかくその類の感情であることは間違いない」
「……バラダスさんが……」
「私は我が師、バラダス・デムネヴァンニという魔術師を尊敬している。だからこそそんな姿をこれ以上見たくは──っおい、アルマ⁉︎」
「すみません! 明日の議会には遅れます!」

 私はエナールさんの言葉を最後まで聞かずに議事堂を飛び出すと、お金に糸目をつけず最速の手段でアルヴス・ドレレンに向かった。
 私は確かめたかった。バラダスさんにとって私が、そんなにも感情を揺さぶることのできる存在だったのかどうかを。

「──お前か。何の用だ? もはやここに来る理由などお前にはないと思っていたが」

 息を切らして階段を駆け上がってきた私に、その人はいつもと同じ調子で言ったつもりでいただろう。けれどヴェロシの塔の最上階に独り佇む老魔術師は、最後に会った時よりもほんの僅か力のない声をしていた。

「本当はお前のことなどどうとも思っておらん者のところへ、意味もなくやって来るほど最近の代理人は暇にしているのか? それともアリョンの若造がまた何やら面倒事でも押し付けたいと?」
「……違います」

 どことなく投げやりな言葉。棘のある皮肉な物言いは変わっていないけれど、そこにはかつてあった私を揶揄うような響きはなかった。
 それは全て私のせいだし、今更許してほしいと言ってももう手遅れなのかもしれない。それでも今日こうしてまたアルヴス・ドレレンへ来たことでわかってしまった。私は今もこの場所を他のどんな所よりも求めていて、例え目を瞑ったままでもここまで辿り着くことができるだろうと。

「では何がお前をここに寄越した。あの日もはや戻らぬ勢いで出て行ったはお前ではなかったのか」
「……すみませんでした。勝手に……怒り出して、あんなことを言って……そのまま出て行ったりして」
「構わん、あれがお前の本音であろう。元よりお前と私の関係は無理をして続けるようなことでもない」
「そんな──」
「良い機会だ。以前のように単なる知人に戻るも悪くないのではないか」
「!」

 背を向けたまま言われたその言葉に、思わず涙が零れそうになる。勢い余ってのことだったとしても、取り返しのつかないことはある。謝罪をしたからと言って、必ず許されるとも限らないのだ。頭ではそれも理解しているけれど、気持ちはまだとてもついていかない。
 私が別れの言葉を投げつけてこの塔から飛び出して行った時、二人の関係はもう終わってしまっていたということから目を背け、私は心のどこかで元に戻れる日が来ることを期待していたのだろう。このわだかまりを解かない限り、そんな未来が訪れることはないということもわかっていたはずなのに。

「あなたにそう言われてしまっても仕方のないことを私はしました。それがあなたの出した結論なら、私には嫌だと言う権利はありません。でも……もしこれで終わりなら、一つだけお尋ねしたいことがあります」
「何だ。言ってみろ」
「あなたは、バラダスさんは本当は、私のことをどう思っていたんですか?」

 自分で全てを壊してしまった今も、私はずっと変わらずにバラダス・デムネヴァンニという人を想っている。そうでなければこんなにも激しく心が動いたりはしない。けれど、相手が私のことをどうとも思っていないのなら、私の感情にこれ以上付き合わせて不快な思いをしてほしくはなかった。
 だから私は最後にそれを尋ねた。あの時聞きたくなくて逃げてしまったバラダスさんの言葉を、この場ではっきり告げられることが自分への罰だとわかっていたから。

「久方ぶりにやって来て一体何を言い出すかと思えば……くだらん。実にくだらん」

 老魔術師はこちらを振り向き、微かな蔑みを込めたまなざしでじっと私を見つめる。いよいよ最後の審判が下されようという時なのに、まるで初めて会った時のような視線に昔のことを思い出す。
 けんもほろろな扱いをされて恐かった。けれど本を持って来たら褒めてくれた。少しずついろいろな話をしてくれるようになったことが嬉しくて、次に会ったら何を話そうか考えるのが楽しみだった……。

「アルマ、お前は私を知らん。もし私を真に理解しておるのなら、そんな問いなど例え夢にも思い浮かびはしまい」
「……?」

 けれど全てを終わらせる一言に備えていた私の耳に、聞こえてきたのは冷たさではなく苦悶の響きが宿る声だった。無意識のうちにぎゅっと瞑っていた目を恐る恐る開くと、バラダスさんはほんの少しだけ苦しげに顔を歪めて教えてくれる──あの時何を言おうとしていたのかを。

「私はお前を自由にさせた。どれだけここに入り浸ろうと、どれだけやかましく話しかけようと、どれだけ身の程知らずの想いを告げようと、その愚かな振る舞いの全てをな。私が生きた永い時間の中でただの一人にさえ許しはしなかったことを、私はお前にのみ許した。それがすなわち私の答えだ」

 その言葉を聞いた瞬間、まるで世界が止まったような気がした。理路整然とした相手の物言いが、とてつもない愛の言葉に聞こえる。そうであってほしいという願望のせいだといくら思い込もうとしても、込み上げてくる涙を抑えることなんてもうできそうもない。

「お前のような若い娘には、所詮それでは足らんのだろう。さりとて甘い睦言を聞きたいのなら、お前は為すべき選択を誤った。だがそれでもまだお前が我が塔に足を運びたいと言うのであれば……」

 ゆっくりと歩み寄って来たバラダスさんは不意に片手を伸ばし、私の頬を流れる涙をそっと拭ってくれる。

「今なお我が情人たらんとするほど奇特な娘なのであれば、私はお前を拒みはせん。何時いかなる時であろうとも」
「……っバラダスさん!」

 私は頭で考えるよりも早く相手に腕を回して抱きつく。そんな私の背を引き寄せてくれるバラダスさんの腕は、いつもそうしてくれていた時と同じ優しさに満ちている。

「全く感情の波の激しいブレトン娘よ。私でなくばとても手には負えまいて」
「す、すみません……」
「だがその熾烈な様をも甘んじて愛でようではないか。泣き喚き、怒りに我を忘れ、支離滅裂な理屈を叫ぼうとも──それがアルマ、お前である限り」

 閉じた瞼の上に落とされた羽根が触れるような口づけに、私の目からは喜びの涙がもう一粒床へと落ちた。

カテゴリー: Novel, TES3 タグ: TES Short Stories 3

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