「わぁ……! ここが有名な競ニックスハウンド場なんですね!」
その日、俺はミストレス・アルマのたっての希望でエボンハートの南にある競ニックスハウンド場にいた。フラールの仕切りとは言っても公営ギャンブルの一環として、一応公平性は保たれてるって話にはなってる。どうせそんなのは建前で、帝国に納める分以外のマージンもバルモラが取ってやがるんだろうってのはみんなわかってるが、荒稼ぎして目をつけられるわけじゃなけりゃそれなりに楽しめる場所だ。
「あんまキョロキョロすんなよ、師匠。初心者丸出しだと悪い予想屋がカモにしようと寄ってくるぜ」
「そういう時のためにエディ君に一緒に来てもらっているんです。怪しげな人がいたら教えてくださいね」
「へいへい。ったく危なっかしいったらないぜ、放っといたらどうなることやら」
こっちの忠告は耳に入ってるんだかどうなのか、師匠は物珍しげにあちこち見回しては楽しそうに声を上げる。俺はデート気分で来たってのに、相変わらず用心棒扱い止まりのままなのはため息の一つもつきたくなるってもんだ。それでも他の奴じゃなく俺にお呼びがかかるのは、面倒見る見習いが増えた今でも一番弟子の役得ってところか。
「もうすぐメインレースの投票締め切りだぜ。買いたい券は全部買えたか?」
「ばっちりです!」
そして数レースを見学しながら少額勝ったり負けたりした後、ミストレスと俺はメインレースの出走ニックスハウンドを吟味してからスタンドの一番前の列に陣取った。
「私は八番のスクゥーマガブノミに全てを託しました」
「あんた、素人のくせにずいぶん極端な買い方するな……」
「そういうエディ君はどれを買ったんです?」
「俺は三番のナイスフラールだな。対抗で九番のセプティムバンザイ、後は流しで」
「夢のない買い方ですね」
「損しない買い方って言えよ、師匠」
そんなやり取りをしてるうちにニックスハウンドは次々とゲートに入れられ、最後の一頭が入ると一呼吸置いてレースがスタートした。
『さあ始まりました本日のメインレース! まずは一番レドランノホマレが先頭、すぐ後ろに四番ワントゥルーフェイス、少し離れて七番のテルヴァンニイズザベスト……おぉーっとここで二番ガンボルパディーが逆走失格ーッ!』
早くもそこら中に外れニックスハウンド券が撒き散らされ、歓声と罵詈雑言が入り混じる中で師匠も俺も思わず手に汗を握る。柵を飛び越えて失格になるのもいれば、途中で止まったりするのもいてなかなかレースは順調に進まない。それでもついにゴール間近ってとこまで来ると、さすがにスタンドの熱気も最高潮だ。
『残り十メートル、先頭集団は横一列! 三番のナイスフラール、ナイスフラールが前に出た! ナイスフラール先頭! だが大外から一気に八番スクゥーマガブノミ! スクゥーマガブノミここで先頭! スクゥーマガブノミそのまま差し切ったぁッ‼︎』
「ウワーッ⁉︎」
「何やってんだバカヤロー!」
「やった‼︎ 見てくださいエディ君! やりましたよ! 当たりました‼︎」
「嘘だろ……⁉︎」
超高倍率の大穴ニックスハウンドが勝ったからか、怒号と悲鳴が響き渡る中でミストレス・アルマだけが歓喜の声を上げる。キャッキャと喜ぶ師匠と紙切れになった自分の投票券を交互に見ながら、俺は何を言えばいいのかわからずただ呆然としていた……が。
『ここでお客様にお知らせいたします。八番スクゥーマガブノミは入線後に違法薬物が検出されたため失格とし、次点の三番ナイスフラール以下の着順を順次繰り上げといたします。お手持ちの勝ちニックスハウンド投票券はレース結果の確定までお捨てにならないよう……』
「えええええええ⁉︎」
「よっしゃ! わっははは! 悪いな師匠、やっぱりここは手堅くいかなきゃダメなレースだったんだぜ‼︎」
「そ、そんな……」
がっくりと肩を落とすミストレスと対照的に俺はぶちまける寸前だった投票券を改めて握りしめ、大したプラスにはならなかったがこの金で帰りに師匠と飯でも食おうかなんて呑気に考えていた。それでもミストレス・アルマは負けて落ち込むどころか見る見るうちに青褪めていく。
「師匠? そんな落ち込むなよ、誰だって初めはこんなもん──」
「……違うんです……」
そして周りの客が次のレースのパドックを見に去って行く中、ぎこちなく俺を見上げたミストレス・アルマは驚愕の真実を語り出した。
「言いにくいことなんですが……私の資産、実は今のレースで全部スってしまったんですよね……」
「は? ……はぁ⁉︎ ど、どういうことだ⁉︎」
「ですからその……これをもっと増やせればエディ君にもボーナスをたくさんつけてあげられるかも、テル・ウヴィリスにも新しい研究用の道具を揃えられるかもなんて思って……それでつい」
「だからって何でそこで元手を全額突っ込むんだよ‼︎」
「だってこのレースは必ず八番が来るって言われたんです! パドックで会った身なりの綺麗な人が、私にだけ内緒で教えるから誰にも言うなって……!」
「どう考えてもヤバい話だろうが! それ‼︎」
「私だってもちろん最初はそう思いましたよ! でもあまりにも露骨に胡散臭すぎて、もはやこれは一周回ってアリなのでは? とか疑い始めるともうわけがわからなくなってきて」
「……!」
俺が自分の投票券を買いに行ってたほんの数分の間に、とんでもねえ悪徳業者が師匠に悪夢を吹き込みやがったらしい。どうせ外れニックスハウンド券を買わせるためのフラールの息のかかった奴らだ。薬物だの失格だのも十中八九こいつらの差し金で、異議を申し立てたところでフラールの自前の調査じゃ何も出てきやしないだろう。
何と言ってもギャンブルで一番儲かるのは勝った奴じゃなくて胴元ってのは常識だ。今頃関係者どもはミストレス・アルマから巻き上げたセプティム金貨の海の中で乾杯してやがるに違いない。
「そういうわけで本当に申し訳ないんですが、今月分のお給料はもう少し待ってもらえますか? 来月分は三倍、いえ五倍にしてお渡ししますから!」
「……まさかその金もギャンブルで稼ごうってんじゃねえだろうな?」
「…………」
「〜〜ッだからあんたを放っとけねえってんだよ! ったく‼︎」
結局師匠がこれまで集めた手持ちのアーティファクトをモーンホールドの博物館に買い取りに出すことで、ある程度まとまった金も手に入ったし俺の給料も無事に支払われた。それでも俺は今後一切の賭け事をやめる念書をミストレスに書かせるのを忘れはしなかった──いずれ恋人に昇格させてもらうとしても、まずはお目付け役から始めねえとダメそうだと思いながら。
