「お前を好いておらんとは言わん」
私が一世一代の覚悟を決めて想いを打ち明けた相手は、だいぶ長い沈黙の後にようやく口を開くとそう言った。
「そ、それはつまりバラダスさんも私を──」
「だが」
けれどその人は逸る私を咎めるように鋭い言葉で遮ると、眉間の皺を一層深めて苦々しげに申し渡す。
「アルマ、お前は人間だ。たかだか数十年が経てばすぐに死ぬ」
「……!」
「ならばわざわざ別れの傷を深めるような真似をすることもあるまい」
エルフと人間、その埋められない寿命の差。そんなことは言われるまでもなく今日までに何度も考えた。ダンマーの、それも高位の魔術師にとって生きる時間はそれこそ無限に近い。よほどのことでもない限り私が相手を看取ることなんてできないし、そもそもそんな縁起の悪い事態が起こってほしいとも思わない。
けれど私の側にとってみれば、まさにその短い寿命こそが生き急ぐための理由になるのだ。人生の終わりへのカウントダウンは既に始まってしまっているのだから、私は残りの時間の全てを想いを寄せた人と一緒に過ごしたい。
だから今日こうして意を決してバラダスさんが好きだと伝えたのに、相手もまた私を憎からず想っていてくれたということもわかったのに、こんな風に断りの言葉を告げられるのは何とも不本意だ。
「そのほんの数十年の間だけでも、私のわがままに付き合ってくださる気にはなれませんか」
「ならん。私はお前の存在を不可欠のものにしてしまいたくはないのだ」
私の想いを受け入れて親しく過ごす時を重ねれば、私がいつか世を去る時にバラダスさんは悲しんでくれるということなのだろう。けれどそれが嫌だからこれ以上近しくなりたくないだなんて言われて、はいそうですかと聞き分けよく引き下がるつもりなんて私にはない。
「そこまで深く考えなくても、試しに付き合ってみるくらいだって構いません。もしかしたらバラダスさんの気持ちが変わって、私が死ぬ前に別れることだってあるかもしれませんし……」
「アルマ」
心とは裏腹な言葉に我ながら胸の奥が苦しくなるけれど、とにかく相手の首を縦に振らせないことには何も始まらない。それでもバラダスさんは不愉快そうにきつく眉を顰めると、それまでよりも明らかに数段冷たさが増した声で言った。
「お前はかくも軽薄な心持ちで私にそんな話を持ちかけていたのか? だとしたらこれ以上は聞くに耐えん。お前の側がその程度の想いしかないのであれば私とて──」
「ち、違います! でも……」
何だかとても熱烈な告白をされたような気もするけれど、取りなすことに必死な私にはじっくりと考えている余裕はない。求めた答えに導いてくれる糸を手繰り寄せ続けられなければ、私の運命もきっとその場で断ち切られてしまうに違いないのだから。
「長寿のエルフだからと言って不死なわけではないでしょう。残りの寿命がどれだけあろうと、病気や戦争で亡くなるアルトマーなんてたくさんいます」
「お前の言うことにも一理ある。だがアルマ、お前はそもそも一般のダンマーと同じだけの時間すら生きられるか定かではない」
「それなら私の寿命が何百年もあれば構わないということでしょうか?」
「私は吸血鬼は好かん」
「そういう意味ではありません」
食い下がり続ける私にどことなく焦れたようなため息をつきながら、バラダスさんは微かな悲嘆を宿した声で問いかける。
「ならば他に一体どんな方法があると言うのだ。いかにお前が魔力の強いブレトンの一人であったとしても、生身のまま千年を超えて生きることなど到底叶うまい」
「あるんです。もう一つ……普通の方法と言えるかどうかはわかりませんが」
その私の回答に、相手は再び沈黙を以て思考する。私には想像もできないほどの長い間、その側にずっと誰も置かずに過ごすことに慣れていた人ならば、こんな風に悩んでくれるだけでもきっと破格のことではあるのだろう。それはすなわちバラダスさんもそれだけ私を想ってくれていたという証だと思うと、勝ち目のない賭けだとしても私の全てを投じずにはいられない。
「もしもお前が悠久の時を超えることができるのならば……もしそんなことが叶うのならば、お前を敢えて拒まずともよかろう。そんなことが現実に起こるとすれば、だが」
「わかりました!」
喜ぶ私を見つめる赤い瞳には困惑が滲んでいた。私の頭がおかしくなったと思われていたのかもしれない。けれど私は全くの正気で、約束ですよと念を押してその日はアルヴス・ドレレンを後にしたのだった。
──それから今日この日までもう一年近くの時が経っただろうか。かなり急いだつもりだけれど、さすがに一朝一夕というわけにはいかない。あの時のように緊張しながら塔を上まで登ってきた私に、来訪の目的を知っていたのだろうウィザードは感心とも驚愕とも取れるまなざしを向ける。
「なるほど、これがお前の言っていた〝普通かどうかわからん方法〟というわけか」
「はい」
あの日、私はグニシスから真っ直ぐにバルモラまで駆けつけると、ウルシラクで預言の詳細を聞いて以来戻っていなかったカイウスさんの家を訪ねた。ずいぶんと長い放浪期間にスパイマスターは苦笑いをしていたけれど、私がネレヴァリンかもしれないという可能性はその時もまだ消えてはいなかった。
こんなややこしい話に関わるのはごめんだと思っていたからこそ、私はブレイズの任務を放棄して自由に生きようとしていた。けれど私が最も望むことを達成するためには、皮肉にもその面倒な宿命に立ち向かわなければならなかったらしい。
一年前、この場でバラダスさんから告げられた言葉を聞いた瞬間、私の脳裏に賢女の語った第二の試練の一節が蘇った。〝いかなる病も年月も、その者を害することならず〟──つまりネレヴァリンは不死ではないけれど、寿命という枷から外れた存在になれるのだ。
その時から私は預言の全てを満たすための努力を怠らず、四部族のネレヴァリンとなり、二大家のホーテイターになった。あとは目の前にいる人から最後の賛同の票を得られれば、私は第五の試練までの全てを満たし決戦に赴くことができる。
もっとも私にとってはそれすらも、目的達成のための手段でしかなかったけれど。
「全く意味がわからん。意味が不明すぎてもはや理解しようとさえ思わんわ。この私の傍らに在るためだけに、お前は自らこんな苦難の道を歩むか。ネレヴァリンなどという、全てのダンマーの業を背負いし者として」
救世主と呼ばれる人がみんな崇高な志を持っていたかどうかなんてわからない。けれど他の人からどう思われようと、私にとっては何よりも大切なことなのだ。この人の側にいられるのなら、どんな恐ろしい敵と戦うことになっても構わない。バラダスさんに振り向いてもらえるのなら、それだけで命を懸ける価値がある。
だから私は笑ってこう答えた。
「それであなたと一緒にいるための条件を満たせるのなら、世界を救うなんて簡単なことです」
バラダスさんは閉口して、しばらく黙ったまま何も言わなかったけれど、その目にはどこか切なくも懐かしい優しさと温かさが満ちている。
「……〝いかなる病も年月も、その者を害することならず〟……か」
今や広く知られるようになった預言の一節を口にしながら、バラダスさんは降参したとでも言いたげに軽く頭を振った。
「よかろう。アルマ、私はお前を我らがテルヴァンニのホーテイターとして認める。アッシュランダー共の語り継ぐ迷信を全て真実に変えたなら、また我が元を訪ねてくるがいい。その時までにお前の荷物が置けるくらいの場所は用意しておいてやろう」
「!」
そう言った人が不意に伸ばした腕にしっかりと抱きしめられて、薬草と機械油の混じった匂いで私はいっぱいに満たされる。
「生ける神も悪魔でさえも、恋にのぼせる小娘の前には皆等しく無力なものよ」
そう呟いたバラダスさんはどこか楽しげな表情をしていた。
