マスター・ネロスの手助けをしていたら、テルヴァンニ家に加入することになった。正直なところそれが意味することの全てを理解できているわけではないのだけれど、ウィンターホールド大学の同窓にして同じくテルヴァンニ家出身だというブレリナさんなら喜んでくれたりするのだろうか。モロウィンドでは絶大な効力を発揮するというその肩書きが、私の人生で実際に効力を発揮する時が来るのかどうかは定かではないとしても。
けれど“今のところはここにある寝床と宝箱を割り当てて使ってもらうくらいだ”と言ったネロスさんに、私は思わず目を瞬く。
「……宝箱?」
「何だ? 今やった杖では不満だと言うのか? アルマ、お前はどこまで強欲なのだ? ネレヴァリンは見返りなど求めず私のために骨を折っていたぞ」
怪しい。もしかしなくてもネレヴァリンという人だって不服だったのではないだろうか。タルヴァス君の言によれば、かなり危ない橋をほぼ無償で渡らせていたという話が残っているようだし。
と言うよりも私はただ、ほとんど物置代わりにされているベッドという名の寝床はともかく、思い当たるような宝箱なんてなかったような気がしていただけだったのだけれど。
「仕方ない。ならば私のテルヴァンニ家のローブの予備もくれてやろう」
「あ……ありがとうございます」
「今着ているボロ雑巾のような粗末な服は床拭きにでもして、今度もますます私のために身を粉にして働いてくれたまえ」
「…………」
勝手に誤解され、勝手に話がついてしまった。けれどハイポイント塔でイルダリさんを見た時に、あのローブを少し羨ましく感じてしまったこともまた事実だ。残念ながら彼女のローブは大きな穴が開いてしまって拝借するわけにもいかなかったけれど、新しいものをもらえるのならもちろん嬉しくないわけがない。
「ではさっそく着てみます」
「ニックス・ハウンドにも衣裳と言うからな。お前程度でも着れば多少は頭が良く見えるかもしれん」
「覗かないでいただければ結構です!」
無神経な言葉に怒り心頭に発した私はそう言い捨てると、なぜ私がお前を覗く必要があるのだなんて反論している大魔術師様を無視して背を向ける。タルヴァス君は杖の付呪台で作業をしているし、上から下まで全部脱ぐというわけでもないのだから、私は半倉庫と化している寝室でネロスさんの言うところのボロ雑巾のベルトを解くと、いつからタンスの中に眠っていたのかわからないローブを頭から被った。
そして……。
「……あの、ネロスさん」
「ううん? ああアルマ、お前か。そうして見るとテルヴァンニの知性が少しは滲み出てくるようではないか」
「それならいいんですが……ちょっと想像とは違ったというか、私が着ると肩パッドが悪目立ちしすぎるというか」
そう、鏡を見た瞬間に強烈な違和感を覚えたのだ。マスター・ネロスが着ていると華やかにさえ見えていたそれは、私が着ると妙にゴツいし、無駄にいかつめらしく見える。私に豪華なローブに見合うだけの威厳がないと言われてしまえばまさしくその通りだし、やはりダンマーでなければしっくり来ないデザインなのかもしれないとも思うけれど。
「何? アルマ、お前はこの崇高な意匠のローブに袖を通す名誉と重みを感じないだと?」
「いえ、別にそんなことは」
「ならばわざわざクワマにダイヤモンドをやることもあるまい。返せ!」
「あ! ちょ、ネロスさ──」
「マスター!」
その時、狭いスペースで押し合いへし合いしていた私の耳に場違いなほど元気な声が響く。
「マスターの言いつけ通り、杖の付呪台の準備がで……き……」
その声がかき消えていくのと同時に、姿を見せたタルヴァス君の顔からすっと表情が消えた。そこで私は今自分がどんな体勢をしているのかにはたと気づく。日頃は埃にまみれていたベッドの上に押し倒され、マスター・ネロスに今まさにローブを脱がされそうになっているということに。
「シツレイシマシタ。ボクハナニモミテイマセンノデ」
「タ、タルヴァス君⁉︎ ちょっと! 待ってください‼︎」
ネロスさんを押し除けんばかりの勢いで飛び起き、限りなく想像とは遠いであろう真実を伝えようとしても、無情にも視界の端にはもんどり打って魔法円に飛び込み外へ逃げていくタルヴァス君が見えた。
それはもう走り去りたいだろう。全速力で、できるだけ遠くに。その気持ちが痛いほどわかるからこそ、私はギリギリと奥歯を噛み締めながらマスター・ウィザードを振り返らずにはいられない。
「何てことをしてくれたんですか……! 確実に誤解されましたよ!」
「誤解? 何をだ?」
「あなたと私が……その、妙な関係にあると確信していましたよ今のタルヴァス君の顔は‼︎」
「馬鹿な。お前のように口うるさい女を相手にしなければいけないほど私は困っていない」
「な、なっ……⁉︎」
あまりと言えばあまりの言い種に思わず返す言葉に詰まる。けれど何よりも頭に来るのは、口うるさい女だなんて一体誰のせいだと言いたい形容をされたことではなく、誤解されたところで痛くも痒くもないと言わんばかりのネロスさんのその態度だ。
どんな扱いをされてもここを離れずにいる私の気持ちなんて、これっぽっちも通じてはいないだろうということくらい承知している。それでも決まりの悪そうな顔の一つくらい作ってくれればいいものを、私にはそんな価値さえないと見做されているということなのだろうか。
もし本当にそうなのだとしたら、一矢報いなければ私だって腹の虫がおさまらない。
「……ぜ……」
「ん?」
「前言撤回します! あなたのようなクレイジー極まりないサイコパスの集団がテルヴァンニなら、私は絶対にテルヴァンニ家になんて入りません! 今すぐレイヴン・ロックに行って、モーヴァイン評議員にレドラン家に入れてもらいますから!」
「レドラン家に入るだと? お前が? フン」
けれど精一杯の反抗を試みた私に、腕を組んだマスター・ネロスはそう言って一つ鼻を鳴らすと、小馬鹿にしたような目で冷ややかにこちらを見下ろした。
「つくづく馬鹿な女だ。そこらの適当な組織とは違い、モロウィンドの五大家が一切の掛け持ちを禁じているということを知らないとは」
「は……?」
「つまりお前はもう二度とテルヴァンニ家以外の家には入れないということだ。ちなみに例えテルヴァンニを追放されようと、この縛りは一生涯続く」
「はぁぁあああ⁉︎」
なぜそんな重大なことを最初に言わないのだろう。私の魂にエキセントリックウィザードの烙印を押すに等しいことを、何の警告も同意もなく一方的に行なってしまうだなんて。ブレリナさんがわざわざウィンターホールドまで来た理由が今ならわかる。嫌だ嫌だと言いながらも、決して縁を切れはしないというその言葉の意味も。
「もっとも、我らが偉大なるテルヴァンニ家に加入すること以上の名誉などこの世には存在しないがな」
満足そうにそう言うネロスさんの目には一点の曇りも見えない。心底テルヴァンニ家という組織に誇りと愛着を抱いているのだろう。その感情の何千分の一かだけでも、こちらに向けてはくれないものかと思わないでもない……けれど、でも。
「アルマ、この私が直々にその名誉をお前に分けてやると言っているのだ。断る権利などお前にはない」
「……!」
なら、そんなにも大切な場所に私を引き入れてくれるということに、全く何の意味もないというわけでもないのだろうか? 自惚れてもいいのだろうか──少しはその目に適っているのだと。
「しかし、確かにお前にそのローブは似合っていないな。よく見ると笑えてくるぞ」
「⁉︎」
「さあ、気が済んだらさっさとカニスの根の茶を持ってくるのだ。おっと、茶菓子も忘れるな」
「あ……あなたという人は〜〜!」
傍若無人で唯我独尊、けれど紛れもなく天性の才能に恵まれた強大な魔術師。そんな人に惹かれてしまった自分の感性を恨みつつ、それでも私の頭にはお茶請けの候補がいくつも浮かんでしまうのだった。
