私は変なおじさんに付きまとわれて心底困っている。
「マイスウィート・アルマ! やはりこのクラッシウスおじさんに会いたくて来てくれたんだね!」
「誤解しないでください。舞台女優の友人に会いに来ただけです」
モロウィンドを統べる五大家の一つ、外交と商才にかけては並ぶ者なきフラール家。排他的なダンマーにしては珍しく、六人の評議員中なんと二人もアウトランダーを擁している。そのうちの一人が紛れもなくこのクラッシウス・キュリオという人ではあるのだけれど、元々劇作家であるというこの人は、率直に言えば頭がおかしい。
「何を何を。私の新作の初日にこうして劇場まで来てくれるだなんて、感激の涙でその可愛い顔が見えなくなってしまいそうだよ」
伸ばした指先で涙を拭う仕草をしている彼の口元で、磨き抜かれた白い歯がここぞとばかりにキラリと光る。
私がヴァーデンフェルで身を立てるための所属先を探していた時、よそ者にも比較的オープンなフラールも当然候補の一つには入っていた。けれどその時初めて顔を合わせたこの人の常軌を逸した要求に、無言で踵を返し出ていったことは言うまでもない。
けれど一体どういうわけか、その時からこのキュリオ卿は私をやけに気に入っているらしい。三日に一度はカードや花がどこからともなく送られてきたり、後援している芸術家の展覧会や今日のような観劇の招待状もひっきりなしだ。初めこそ無碍にもできずに渋々お礼状を出したりもしていたけれど、私の手紙を肌身離さず持ち歩いているなんて嘘であってほしい返事が来た時から、私の側からのあらゆる返信の類は一切取りやめた。
今日は最近知り合った友人が主役を務める舞台を見に来ただけなのに、脚本家の名前に覚えた嫌な予感はやはり当たってしまったようだ。
「アルマ、私は君が思っているよりも手広く抜け目ない芸術の支援者なんだ。君のプリティなお友達を主役に抜擢することなんて朝飯前さ。あるいは今日こうして君とここで顔を合わせるために、最初から彼女を君と知り合うよう送り込んだのかもしれないね」
「!」
「ああ! そんなに悩ましげな顔をしなくても、君に近づきたい以外の思惑なんて何もないよ。レディにはいついかなる時も紳士的に接する、それが私の信条さ」
「……知り合って五分で服を脱いでくれないかだとか、ホーテイターになりたいならキスをしろなんて言われたような気もしますが」
「ははは! それはアルマ、君があまりにもチャーミングだからだよ!」
キラッ☆ とでも言わんばかりの顔で片目を閉じてみせながら、新進気鋭の劇作家にして指折りの大貴族であるインペリアルは素早く私の手を取った。
「アルマ、私のリンゴ飴。君はとても賢いお嬢さんだ。だからこそよく理解している……私を味方にすることで得られるアドバンテージは決して小さくないと」
心なしかついさっきまでよりも若干鋭くなった視線を向けながら、フラールの評議員は歌うようにさらりとそう口にする。寒気なのか何なのかわからないものが背筋を走り抜けるけれど、まるで彼の瞳に自由を奪われてでもいるかのように身体が動かない。
「君は私のミューズだ。今この時も君を見ているだけであふれんばかりの想像力が湧いてくる。初めて君が邸を訪れた時から、私はずっと君の虜だよ。だから──」
〝君の周りをうろつく暗殺者に嫉妬して毎晩歯噛みしているんだ〟と、大袈裟な身振りで告げられた私は今度こそぞっと肝が冷えた。
「どうしてそれを……」
「おっと、これは心外な。私の耳に入らない噂はないさ。君はここ最近闇の一党の暗殺者の襲撃に悩まされている。非合法さではカモナ・トングと似たり寄ったりの連中にね。でも心配いらないよ、マイフラワー」
握ったままの私の手をさすり、両のまなざしの奥にほんの僅かな陰りを宿しながら、キュリオ卿は口元を柔らかく歪めて微笑みつつこう言った。
「ここはクラッシウスおじさんに任せておきなさい。君を付け狙う不届きな輩なんて私が一掃してあげよう。大丈夫、ヴィヴェクの運河のとある流れはすぐ沖合に流れていってしまうのでね、そこに何が浮いていたのかなんて誰も見ないし気づきはしないのさ」
「……!」
彼の声の明るさが内容の不穏さを一層引き立てる。これが本人の誇る劇作家としての才に由来する小芝居ならまだしも、その言葉は現実に起こる出来事の筋書きなのだろう。
「君がこれから演劇を楽しんでいる間に、暗殺者は影も形もなく消えてしまうんだ。ふふ、夢のようだと思わないかい?」
「……夢は夢でも悪夢じゃないのかと思わずにはいられません……」
「ははははは! このクラッシウスおじさんをただお茶目なだけのナイスミドルだと思ってはいけないよ!」
──そう、この人はただの頭のおかしな人というだけではない。計り知れない影響力を意のままに操ることのできる大貴族の一人でもあるのだ。私の前で見せているこの芝居がかった陽気な姿は、あくまでもクラッシウス・キュリオという人の持ついくつかの仮面の一つに過ぎない。ダンマー以外の種族に敬意を払われることなんて稀なこの土地で、今の身分を手に入れるまでには表沙汰にできないことももちろん経験してきているだろう。
だからこそ私は恐ろしい。本気になればどんなこともできてしまえるのだろうこの人物が。そして、そんな仮面一枚隔てた裏の姿を垣間見てみたいとも思ってしまう私自身が。
「おっとっと! もう開幕の時間だ。名残惜しいが、ぜひ君にも私の渾身の最新作を見てもらいたいな。だがその前に──」
「っ!」
キュリオ卿は恭しく捧げ持った私の手の甲に口づけると、細めた目を上目遣いにしながら私に向かってこう言った。
「アルマ、マイレディ。これだけは覚えておいてほしい、クラッシウス・キュリオはいつでも君の助けになる準備はできていると」
心強いと言えば心強いけれど、恐ろしいと言えばこれほど恐ろしいものもない。五大家の評議員を務める人物なんて、誰も彼もが一癖も二癖もある変わり者ばかりだ。気に入られても、その逆でも、心安らかでなんてきっといられない。
特に、見返りなしにその手を差し出すことなんてあり得ないフラールの評議員が相手ともなれば。
「困った時はクラッシウスおじさんを頼りなさい。どこにいたって飛んでいくよ」
目の前で実にいい笑顔を見せているあなたに今まさに困っていますと、思い切って言えるだけの勇気が私にあったらよかったのだけれど。
