自分の仕事がどれだけハイリスクかなんて今更考えるまでもない。それでも剣より手っ取り早く、より多くの相手に斬り込める武器を俺は得物に選んだ。片手で足りるくらいの仲間、安紙にインクと羽ペンさえあれば俺はどんな権力者とだって戦える。
そんなジャーナリストにとって今の事務所は実に都合が良かった。聖堂にも王宮にもすぐ駆けつけられる程度の距離で、会館自体には時間帯や種族を問わず多数の出入りがあって怪しまれない。大荷物も職人のものだと思われていれば搬入も容易で、上がったばかりの新聞をバラまくのにも街の中央はうってつけだ。
──だが、そんな理想的な職場にその日闖入者が現れた。多少腕に覚えがある程度では開けられない扉をいとも簡単に開きながら。
「おい、ブレトン女。立ち入り禁止の文字が読めなかったのか?」
「いえ……その、私はただ……」
「ただ、何だ? なるほどお前か、最近コソコソ俺のことを嗅ぎ回ってるアウトランダーってのは」
「……!」
「今更しらばっくれるなよ。どうせ質屋のアルゴニアンあたりが俺の名前を出したんだろう? それにブン屋のアジトに乗り込んできて何も知らぬ存ざぬじゃ済まされないぜ」
このご時世、忌憚のない意見や真実を世に向かって発信するのは命の危険と隣り合わせだ。だからこそ俺たちは事務所の場所を徹底的に秘匿してきたし、攻撃されれば返り討ちにできるくらいのスキルは身につけてきた。アジトを潰すために来た相手なら正当防衛も辞さないとは言え、俺はあくまでも新聞記者だ。この場所を捨てるのは気が進まないが、余計な血を流さないで済むならそれに越したことはない。
「誰に雇われて来た? いや、まずは自分の名前くらい名乗ったらどうだ。言えるもんならな」
「……アルマです」
「!」
女が名乗ったその名前に思わず俺たちは息を呑む。印象の薄いその顔に覚えはないが、名前は当然耳にしていた。本土にもその偉業を轟かせる、救世主ネレヴァリンのものとして。そして反射的に目を向けた女の指先で輝く月と星の指輪は、証を立てろと言うまでもなくダンマーなら何を意味するのかを理解する。
「……で、そんな大英雄がアングラ新聞の事務所に何の用だ? 悪いが今すぐに出ていってくれ。あんたをインタビューに呼んだ覚えはない」
「ええ、おっしゃる通りです。私はただヴァリスさん、あなたにヘルセス王に関する記事を書くのを止めていただきたくて」
「!」
一気に張り詰めた部屋の空気とは対照的に、デイドラ公の勇者は顔色一つ変えない。今回ばかりはさすがに相手を始末するというわけにもいかないが、はいそうですかと簡単に引き下がってやるつもりももちろんなかった。
「ほう、その周りでやけにタイミングのいい死人が立て続けに出る我らが高貴な王の記事をか? いくら大英雄の頼みでも、残念だがそいつはお断りだ。あれはうちの一番人気でな。何も嘘は書いちゃいない。〝全くもって不自然じゃないと検証された連続自然死〟をまとめて掲載してるだけだ」
相手の要求を聞いた瞬間、頭の中で点と点が線で繋がる。ここ最近王宮に出入りしている新参のよそ者がいるという噂、新聞の書き手を探るような動きがあるという協力者からのタレ込み。あからさますぎて逆に違うのかもしれないと疑いはしたが、誰がどう考えても王宮の息がかかった抹殺者だ。それがこんなにも大物だったのは、本土でほとんど顔が割れていないことを差し引いても予想外だったと言わざるを得ないが。
「嘘か本当かということはこの際問題ではありません。いきなりお邪魔したのは申し訳ありませんが、とにかくその記事の掲載を見合わせていただきたいんです」
「見合わせたところで紙面に穴を開けるわけにはいかないだろう。毒殺王と救世主のきな臭い関係でも代わりに掲載するか? 大反響間違いなしだな」
手狭な部屋の中、大の男四人に威圧されながらもアルマは微動だにしない。その肝の据わり方はさすが預言の体現者と言うより他にないが、こっちにもブン屋のプライドがある。何より、真実の追求を止めさせることなんて誰にもできない──例え相手が伝説の英雄の生まれ変わりだろうと。
「何度言われようと答えはノーだ。探られた腹が痛いのは俺たちのせいじゃない、帰ってくれ」
「そうですか……頑固な方ですね。こんな言い方も何ですが、ご両親はどちらも柔和な方なのに」
「……ッ⁉︎」
こんな仕事をしていればいつどこで死んだっておかしくはない。恨みだって散々買っているはずだ。だから俺は親父とお袋に本当の仕事を明かしたことはなかった。俺が死ぬのは構わない、だがそれが俺の両親もとなると話は別だ。綺麗事だとわかっていても、年老いた親父とお袋に俺の累が及ぶのは避けたい。それが不肖の一人息子にできる唯一の親孝行というやつだろう。
「そうか、爺さんと婆さんを押さえたか。よく調べたもんだ……あんた、救国の英雄なんて噂に聞いてたのとは少し違うみたいだな。まあ聖人並みに清廉潔白なら大家のホーテイターはおろか、アッシュランダーにも認められやしないだろうが」
「……どうぞ、お好きなように考えてください」
アルマがそうしようと思いさえすれば、今すぐここで俺たち四人の命を奪うこともそう難しくはないんだろう。それでも俺の心臓を直接握り潰すに等しい脅しを平然とかけてくるあたり、物事の裏も表も理解して利用してきたであろうことは明白だ。そんな相手に本気で目をつけられれば俺の両親なんてひとたまりもない。
「俺は真実に価値を見出す。とは言え、さすがに親の命はそれより上だ。わかった、ヘルセスの記事は出さない。これで満足したか? 話がついたならさっさと──」
「待ってください」
俺の合図で他の三人は一斉に事務所をたたむ作業を開始する。足がつかないようにこの場所の痕跡を消し終わったら、すぐに次のアジトに移るための準備はいつだってできているからだ。だがその忙しい手を遮るように、アルマはもう一度俺に声をかけた。
「誤解があるといけませんので、一つだけ。ヘルセス王について書くのをやめていただきたいというのはその通りなんですが、これ限りでというわけではありません」
「何?」
「もちろん王宮からは金輪際書かせるなという意味で記者を探すように依頼されてはいますが、私個人としてはぜひ続けていただきたいとも思っています」
「どういうことだ……?」
女は綺麗に折り畳まれた俺の新聞を取り出すと、手早く机の上に広げる。いくつもの記事に何本も引かれている赤い線は、持ち主がこのゴシップ紙を何度も読み込んでいることを言外に示していた。
「ヴァーデンフェルには残念ながらまだあまり質のいい新聞はありません。その点ヴァリスさんのものは視点も斬新でわかりやすく、とても興味を惹かれます」
「おい、そんな感想なら後で──」
「だからこそ誰もがこの内容を噂します。モーンホールド中の人が知っていると言ってもいい。そしてひとたびあなたの標的になれば瞬く間に世間に後ろ暗い秘密が暴かれてしまうからこそ、次に槍玉に上がればヘルセス王はあなたを確実に探し出して殺そうとするでしょう」
そんな結末はペンを武器に選んだ時からいつだって望むところだ。だがこの女が言わんとしていたことは、単なる警告とは違っていた。
「これからの世の中にヴァリスさんの新聞は必要です。せっかく書いた記事を没にするのは不本意でしょうけれど、生き延びてこそ書ける記事もあります。私はまだあなたの書くものを読んでいたい。ヴァリスさん、あなたは今ここで死んではいけません。だからこの話を深く掘り下げるのはもう少し待ってください。せめて……あなたのご両親を安全なところへ移すことができるまで」
「……!」
今しがたまでの脅しは忠告へと変わり、抜け目のないまなざしの奥には微かな温かみが見え隠れする。そのほんの僅かな変化に気づいた時にはもう既に俺は惹き込まれ、どちらがよりこの女の素顔に近いのかを無意識のうちに探ってしまう。オルヴァス・ドレンのような巨悪とも対等に渡り合う女傑か、時にセンセーショナルに過ぎるゴシップ紙の熱心な読者か。俺を殺しに来たのか、それとも──救いに来たのか。
その間にも優秀な仲間たちは既にほとんどの荷物をまとめ終わり、後はここから目立たないように人波に紛れて出ていくだけだ。それにアルマも気づいたのか、手短な謝意と別れの言葉を告げて俺たちに背を向けようとする。
「おい、ちょっと待て」
その女を鋭く呼び止めた俺に、部屋の全員が驚いた気配がした。振り返ったアルマの顔にも明らかに困惑の色が見えたが、俺はそれを気にも留めず手元の紙片に羽ペンを走らせる。そしてインクも乾かないままのそれを相手に差し出しながら、俺はこのスリリングな邂逅を締め括るに相応しい提案を告げた。
「ネレヴァリン、あんたに正式に取材を申し込みたい」
「え……」
「これは俺の連絡先だ。インタビューに応じる気があるならいつでも連絡をくれ、ヴァーデンフェルまで行っても構わない」
「は、はい……?」
戸惑ったまま、それでもメモを持って出ていった女の背を見送り終わる前に、仲間と俺もそれぞれ時間をずらして一人ずつ会館を出る。慣れ親しんだアジトに別れを告げると言うのに、俺の足取りは不思議と軽いものだ。
スキャンダルと言えば聞こえは悪いが、俺は真実を追い求めるためにジャーナリストの道に入った。歴史的転換点を迎えたこのモロウィンドのキーパーソン本人に、独占インタビューを申し込む機会なんてそうそう誰にでもあるわけじゃない。
それに何より、俺は英雄の真実の姿を捉えられるチャンスを見逃したくはなかった。もしあの女が、ネレヴァリンがトレルス・ヴァリスの取材を受けると言ったなら。俺は必ず突き止めてみせる──救世主の偶像の裏に隠された一人のブレトン女の本質を、世に二人といない大英雄の肩書きが覆い隠すアルマという一人の女の姿を。
「……取材対象にややこしい感情は持たないと決めてたんだがな……」
新たな事務所に向かう道すがら思わず口から零れた独り言は、いつも通りの人出で賑わうグレート・バザールの雑踏の中に消えていった。
