「く……クク、ハハハ……! 私を見下してさぞ満足だろう、アルマ……!」
吐息さえ凍るウィンターホールド、その断崖に佇む大学の講堂で。もはや立ち上がることもできないアルトマーは、忌々しさを隠しもしない視線で私を射抜く。
「貴様さえ……貴様さえいなければ! 全て貴様のせいだ、貴様の……っ!」
私に投げつけられるはずだった罵詈雑言の数々は、力無き吐血に変わって言葉になることはなかった。
「アンカノ、お前はまだそんなことを……」
身体の自由を取り戻したトルフディル先生が私の隣で眉を顰める。そのまなざしには憐れみが宿ってはいたけれど、先生は決して警戒を解かない。大学を、ウィンターホールドを、そしてスカイリムやタムリエルに取り返しのつかない災いをもたらしかけた相手に、いかなる情けも不要だということがわかっているのだろう。危険な野望が潰えたところで、失われた命が戻ってくることはないということも。
けれど……。
「そうですね、と言ったらどうしますか?」
「!」
「あなたは既に私に勝てませんでした。だからこれから先もずっとあなたが私に勝てる日なんて来ないと、そう言ったら?」
「……貴様……」
「やめろアルマ、この男は危険すぎる!」
私を制するようにトルフディル先生が鋭く声を上げ、恩師の教えを守れないことに胸の奥がちくりと痛む。何よりも安全を優先するならば、今すぐにアンカノさんにとどめを刺せばいい。そうでなければこのアルトマーはいつか雪辱を果たそうとせずにはいないはずだ。
「ハイエルフでありサルモールであるあなたにはこれ以上ない屈辱でしょう、私のような取るに足らない人間風情に後れを取るのは。ですから――」
一瞬息が詰まる。その先を口にしてしまえば、私は全ての信頼を失う。けれど私の心が叫んでいる言葉は、いつだってたった一つだけだった。
「私と一緒に来てください、アンカノさん。そうすればいつでもあなたが望む時に私を殺して構いません」
「……ッ⁉︎」
「な、何を言い出すんだ! アルマ!」
トルフディル先生がまるで悲鳴のように叫んだけれど、私はアンカノさんを殺せない。どんなに危険な人物だとわかっていても、生き長らえてほしいと願ってしまう。それが再び犠牲を出しかねない、身勝手にも程がある望みだと理解していても。
圧倒的な孤独の中でもなお折れない心と不屈の闘志、どんな障害も乗り越えていく深い知性と意志の力。性格に難ありとは言えど、私はいつしかその人に惹かれていた。当然そんなことは誰にも打ち明けられはしなかったけれど、私はアンカノさんが好きだった。
勇気を出して声をかけてみたところで返事すらしてくれないような人でも、生きてさえいてくれれば嫌味なんてこれからいくらでも言える。いつか殺されても構わない。できることならその日が来るまでに、少しだけ気持ちが変わっていてくれたらと望まずにはいられないけれど。
「トルフディル先生もおっしゃったようにあなたは危険すぎる。だから私もあなたをこのまま見逃して野放しにするつもりはありません。もしあなたが私から逃げると言うなら、私はどこまでもあなたを追いかけて倒します。でも、まさかエルフが人間から逃げ出すなんてことはしませんよね? それにあなただって私に復讐したいでしょう?」
誇り高いアルトマーであるからこそ、恥を晒して生きるよりいっそ死ぬ方を選びたいのかもしれない。私にはそんな人を説得できる力なんてないけれど、激しい怒りが時として命を繋いでくれることは知っている。そして、それが私の取り得る唯一の手段であるということも。
「一緒にいれば私の弱点もすぐわかるかもしれませんし、寝ているところをダガーで刺せば誰だって死んでしまいます。もちろん、あなたはそんな野蛮な手段より魔術を使う方を好むとは思いますが」
「当たり前だ!」
歯を食いしばりながら告げられたその憎々しげな返事に、想いが伝わることなんてないとわかっていてもつい笑みが零れる。アンカノさんは死なない。少なくとも、これからしばらくは。
「アルマ、貴様……自分が何を言っているか本当にわかっているのか?」
「覚悟がなければこんなことは言いません」
マグナスの杖をトルフディル先生に預け、私は膝をついてアンカノさんに回復魔法をかける。自分の力で立ち上がり、口元の血を拭うことができるくらいには。
「よかろう。貴様から申し出た話だ、死ぬ間際に文句など言うなよ」
「ええ、もちろんです」
「ではさっさと準備をしろ。これ以上こんなところにいられるか」
自らの足で立ち上がり、一度ローブの裾を叩いたアンカノさんは、きっと鋭くその目を細めて私を睨み付けるとそう言った。多少ふらつきながらも外に出ていこうとするその人を追いかけようと私が踵を返すと、複雑な表情をしたトルフディル先生と視線が交錯する。
「残念だ。一番の優等生だと思っていたはずのお前が、まさか一番の問題児だったとは」
「……すみません、先生」
「人を育てるというのは難しい。どれだけの時が経とうとも慣れんよ、いつでも試行錯誤の連続だ」
私は恩師と仲間を裏切った。アンカノさんを生かすということは、私が全てを捨ててここを離れれば許されるようなことではない。特に目をかけてくれたトルフディル先生を落胆させてしまったことが心苦しくて、私はそれ以上その顔を真っ直ぐに見ることができなかった。
「しかし他ならぬお前自身が決めたことだ、私はもう口を挟むまい」
「…………」
「年寄りは黙って教え子の旅立ちを見送るさ。願わくは私の授業がお前のこれからの助けになることを祈る」
「!」
私がはっと顔を上げると、先生はいつものように温かく微笑んでいてくれた。誰からも顧みられない立場になる覚悟はできていたけれど、思いがけない優しさに我知らず視界が涙で滲む。
「だが忘れるな、私はいつでもここにいる。いつの日かお前が戻ってきた時には必ず面倒を見よう――あのアルトマーの魔術師も一緒に」
「……ありがとうございます……!」
そしてアークメイジとしての責務と権限をトルフディル先生に引き継いだ私は、手早く自分の荷物をまとめ、目立たないローブに着替えたアンカノさんと夜の闇に紛れてウィンターホールドを離れた。
「では行きましょう、アンカノさん」
「気安く呼ぶな、馴れ馴れしい!」
相手の方に伸ばしかけてすげなく振り払われた腕でさえ、アンカノさんが今ここに確かに生きているのだということを、生きる道を選んでくれたということを証明してくれているようで嬉しい。
名前も身分も捨てた私たちの旅が一体どこへ向かうのか、それは今夜も頭上に輝く美しいオーロラだけが知る。
