あれは寒い寒い吹雪の日。ドラウグルの巣になっていた遺跡の掃討依頼を受けた同胞団は、ちょうどその時手が空いていたトーバーさんと私にその仕事を割り振った。私たちが夫婦であるということは既に周知の事実で、だからこそ結婚してから一緒に仕事をすることは気恥ずかしさからかほとんどなかったのだけれど、私は久しぶりにトーバーさんと組めるということがとても嬉しくて、二人でジョルバスクルを出る時には行ってきますとアエラさんたちに笑顔で手を振りさえした。
帰ってくるのが一人だけだなんて、夢にも思っていなかったから。
「よし、じゃあさっさと一仕事済ませて帰ろうぜ」
「はい!」
依頼が特に変わっていたわけではない。巨人や熊やドラウグルの討伐はよく舞い込む仕事の一つで、場所だって見知っていたはずだった。当然同じ依頼をこなした数なんて両手の指ではとても足りないし、かと言って何が起こるかわからない遺跡の中で油断していたつもりもない。
私たちはスカイリム中に名の通った栄えある同胞団の一員なのだ。その肩書きに泥を塗るような真似はできないし、任務は必ず遂行しなければならない。それは私が魔術師でありながら導き手の地位を得た異色の経歴を持っているからこそ、他の人たちよりも一層心に刻みつけていることだった。
なのに、あの日。いつものように遺跡の奥までドラウグルを片付け終わったことを確認して、ホワイトランに戻ろうとした私たちの足元の石床が何の前触れもなく割れて崩れ落ちた。光一つない暗闇の中で痛む身体を起こした私たちが見たものは、夥しい数の生ける屍の……それも特に強力な戦士たちの、眼球があった場所が宿す光の怪しい輝きだった。
四方八方から絶え間なく襲いくるそれらをどうやって蹴散らしたのか、あまりにも必死だったからか私にその時の記憶はほとんどない。打ち鳴らされる剣と盾、古代語の罵声、シャウトの応酬。叩きつけられ血が吹き飛び、折られた骨を回復魔法で繋ぎ止めながらもう片方の手で爆裂の魔術を放つ、そんな死の淵で足掻きに足掻き、ただ生きることだけを考えていた私に、魔術と魔術を放つ間、一瞬の静寂が訪れた。そこで私はようやく気づいたのだ――静かすぎる、ということに。
「……トーバーさん……?」
敵はもういない。けれど聞こえるべきもう一人の声も聞こえない。何度も戦いに出ていた私は、頭で考えるよりも早くその意味するところに気づいた。でも、そんなこと信じられない。信じたくない。何度目かの呼びかけに微かな呻き声が返ってきた時、私はすぐさま灯火の魔術を唱え、そして辺り一面を埋め尽くす死体の山に戦慄した。
私の大切な人がその中に必ずいるはずなのに、生きているものの存在が、魂の色が、そこには一つもなかった。
「トーバーさん!」
「はは……やっち……まった、な……」
「しっかりしてください! 今……今すぐ、私……!」
デスロードたちの骸の片隅にトーバーさんの姿を見つけ、私はありったけのマジカを込めて他者治癒の術をかける。直接的な戦闘に向いているとはとても言えない私が同胞団で役に立てるように磨きをかけた回復魔法は、魔術師なんて卑怯で嫌いだと言っていたトーバーさんの心を動かし、私を見てくれるようになったきっかけの特別な魔法だった。
それなのに、いくら術をかけてもその傷が塞がる気配はない。少し日に焼けていたトーバーさんの顔は、刻一刻と青白さを増していくばかりだ。
「どうして⁉︎ どうして――どう、して」
「アルマ……わかってん、だろ……もう」
「嫌です! わかりません!」
「もういいんだよ……もう、俺は」
「嫌です……嫌!」
「さすがのお前も……こいつは、無理だろ」
「――っ!」
そう言って腕をどかしたトーバーさんの腹部には、そこにあるべき鎧とそれが守っていたはずのものが丸ごと抉り取られてなくなっていた。思わず声を失った私に、トーバーさんが小さく笑う。
「もう痛くもねえんだ。だから泣くなよ……最期くれえ、お前の可愛い顔見せてくれよ」
他でもない本人に間もなく死ぬということを宣告されて、私は自分の頬が涙で濡れていたことにその時やっと気づいた。
私がもっと強かったら。こんなデスロードの一団くらい、すぐに倒せる力があったら。けれど私は自分のことだけで手一杯で、愛する人一人守ることさえできなかった。あんなに修練を積んだ回復魔法だって、今この時には何の役にも立たない。私にできることはただ、トーバーさんに縋りついて子供のように泣き喚くことだけだ。
「アルマ、お前が……無事でよかったよ。俺は置いて……お前だけでも……行け、な?」
「トーバーさん……トーバーさん……っ!」
「お前と……一緒になってよかった。先にソブンガルデで待ってるからよ、そのうち……お前も来てくれや」
「そんな! 私はノルドじゃありません、もしソブンガルデに行けなかったら」
行けなかったら? その瞬間ぞっと背筋が凍るように寒くなる。今? もう? 永遠に離れ離れになってしまうのだろうか? リフテンのマーラ聖堂で誓いを立ててから、まだ一年も経っていないのに?
「行かないで……行かないで、トーバーさん!」
愛してる、一人にしないでと、私は繰り返しながら泣き叫ぶ。まるでそうしていればずっとトーバーさんと一緒にいられるかのように。けれど……。
「俺だって……愛して……る、よ……わかってる……だ……ろ……?」
大好きな声は段々と小さく掠れ、もはや吐息と判別もつかない。これが最後だなんて、嫌だ。ついさっきまでは家に帰ったら、とっておきの料理を作ろうと思っていたのに。トーバーさんに聞いてほしい、とても大切な話があったのに。
悪夢なら今すぐ覚めてほしい。これがもし本当にただの悪い夢だったなら、ヴァーミーナにだって感謝する。それでも私が握りしめている血まみれの手は徐々に重くなり、握り返してくれる力はゆっくりと失われていく。
「嘘です、こんなこと! だって、だって私のお腹には、あなたの――」
今夜、二人の家に帰ったら言おうと思っていたその言葉。それを聞いたトーバーさんは、今でも決して忘れられないくらい嬉しそうに笑った。そしてそのままもう二度と、目を開けて私を見てくれることはなかったのだ……。
「おかーさーん!」
「気をつけて、ちゃんと前を見ないと」
「はーい!」
あれからもう何年もの時が過ぎ、あの時お腹にいた子供はもう剣を振り回せる歳になった。私は同胞団の導き手を退き、イリナルタ湖の畔で子供と二人静かに暮らしている。子供は私がドヴァーキンと呼ばれていたことも知らないし、ジョルバスクルで過ごしていた日々があったということも知らない。私が子供に教えたのはトーバーさんが同胞団の立派な戦士であったことと、誰よりも子供と私を愛してくれていたということだけだ。
種族としてはブレトンなので魔術にも適性があるはずなのだけれど、今日も家の外で駆け回る子供の手には小さな片手斧が握られている。同胞団に入りたいと言い出す日もそう遠くないだろうと思うと、胸の中に複雑な思いがよぎらないわけではない。けれどもしトーバーさんがここにいてくれたなら、きっとそれを聞いて嬉し泣きするはずだ。
そう考えると二人で通るはずだった道を独りとは言えどきちんと辿れているようで、癒えない心の傷もこんな時だけはほんの少し軽くなる。
「私……間違っていませんよね? トーバーさん……」
そんな呟きをかき消すように、まなざしの先では子供の元気な声が響き渡る。レイクビュー邸から見える湖畔は、その日も穏やかな日差しに煌めいていた。
