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不思議だね

2024-04-12 by 森野 クロエ

 アポクリファの頂、互いに力と力をぶつけ合う二人のドラゴンボーン。徐々に優劣がつき始め、劣勢の側がひとたび深淵の中に身を隠そうとしたその時、黒く蠢く触手がその者の──私の──胸を貫く。血肉がエネルギーへと変わり、見る間にただの骨へと成り果てていく自分の姿を、私はどこか高いところから何もできず眺めている。絶望的な顔で私の死骸を目の当たりにしている勝者、アルマと共に。

「……さん……ークさん、ミラークさん?」
「っ!」

 びくりと肩を震わせて飛び起きれば、夢の中よりは明るい顔のアルマが心配そうに私を見つめている。ここは雪の夜を明かすために訪れたどことも知れない洞窟で、知識の悪魔の領域とは何の縁も繋がりもない。

「お、起こしてしまってごめんなさい。でも……とても魘されていたので」
「魘されていた? ……だろうな。あんな夢を見て笑っていられるわけもない」

 ハルメアス・モラのくびきを打ち砕き、私をアポクリファから解放したアルマと、共に旅をするようになってもうしばらくの時が経った。それでも知識の悪魔の昏い影を振り払うことなど、誰であろうとできはしないだろう。
 私にもそれは十分わかっている。こうして現世で過ごせる時間は何も無限なわけではない。忘れた頃に送り込まれる刺客の類を別にしても、ハルメアス・モラは決して私を赦し見逃しているわけではないからだ。あるいはその後により深い絶望を味わわせるために束の間の自由を享受させているのかもしれないが、私が選び得る選択肢など元よりたった一つしかなかった。
 ……はずだった。確かに、あの瞬間までは。

「すまないな。お前を起こしたか」
「いいえ、まだ寝付けなかったところなので。あの……お水、飲みますか?」
「……もらおう」

 嫌な汗を拭いつつ、私はアルマから手渡された水筒の水で唇を湿らせる。その指先がまだ微かに震えていることを気取られないように注意を払いながら。
 アポクリファの頂、あの夢と同じ場所にかつて私は佇んでいた。そしてその前に立ちはだかっていたのもまた、ドラゴンアスペクトをその身に纏ったアルマだった。アルマが私を倒せば、ハルメアス・モラは喜んで新たな勇者を現世に送り返す。私が生き残るためには、ただアルマを殺しその魂の力を奪うしかなかった。
 だが、決着がついた瞬間にアルマはそのどちらの運命をも拒絶した。知識の悪魔の手先になることも、私に命を受け渡すことも。アルマは膝をついた私にその手を差し伸べ、そしてこう言った──〝一緒にここを出ましょう〟と。
 あの時、確かに私の運命は変わった。開くはずのない扉が開け放たれた。あり得なかった選択肢が、見ることを許されなかった希望が、そこに生まれた。ハルメアス・モラが司っていたはずの宿命が疑いようもなく狂った。
 さもなくば私は今しがたの夢と同じく、あの場で無惨な白骨と化していたに違いない。あの敗者は私の姿なのだ。アルマに顧みられることなく、そのまま朽ち果てる運命を辿るに任せた、愚かな竜司祭の末路。その二つを別ったのは、他でもないこの目の前の存在だ。

「…………」
「ミラークさん?」
「……不思議だな」
「えっ?」

 壁にかけられた松明の炎が静かに弾ける中、まだ不安そうなまなざしで私の様子を伺っているアルマを改めて見つめる。特に何と言う特徴もない、どこにでもいそうなごく普通の人間。その身体のどこにそんな力が秘められているのか想像もできないが、それでもアルマは紛れもなく比類なきスゥームの使い手であり、世界を喰らう者を退け、デイドラ公の鼻を明かした。それらの全ては誰にも否定することのできない真実だ。

「お前といると、なぜかこれまでは考えもしなかったことが現実になるような気がしてくる。死すべき運命さえも捻じ曲げる、何か強力な力が働いているような……」

 不可能だと思われていることでさえ、アルマがいれば道が拓けるのではないかと淡い期待を抱いてしまう。それが押し付けがましい一方的な願望だと理解はしていても、何かを変え得る力がアルマの中にありはしないかと夢見てしまうのだ。

「運命を捻じ曲げる……ですか。それが良い方に働けばいいですが、そうとばかりも限りません」
「思い当たるようなことがあるのか?」
「ある人が息を引き取る間際、『この私が死ぬなんて思わなかったわドラゴンボーン』と言われたことが」
「ああ、この前お前が話していたブレイズの生き残りか」
「はい。あまり気が合うわけではありませんでしたが、あんな風にあっさり死んでしまうような人ではないとも思っていたのに……」

 運命を変えるということは、救われた者の数だけまた逆も生み出してしまうということなのだろうか。自分の選択の一つ一つが今この瞬間に繋がっているということを、もしかするとアルマは誰よりも重く受け止めているのかもしれない。
 その重荷を少しでも分かち合いたいなどと柄にもなく思うのは、誰に言われるまでもなく過ぎた願いだとわかってはいるが。

「ですから、ミラークさんも気をつけてください。私の心配なんていらないほど強いということは知っていますが、何があるかなんて誰にもわかりませんので」
「!」

 初めて顔を合わせた時から、アルマはその感情を隠さずに私を見つめる。警戒、恐怖、敵意、憐憫、信頼、憧憬、そして──尊敬を超えた想いに至るまで。仮面を被って過ごした時間の長い私から見れば、それらはあたかも万華鏡のように煌びやかで眩しいものだ。その率直さを私は初めこそ落ち着かず居心地悪くさえ感じたものの、くるくると変わるその表情に魅入られている自分に気づいたのはいつのことだっただろうか。
 アポクリファで刃を交えた時には目にすることの叶わなかった柔らかいまなざしを、できればもっと見ていたいと考えるようになったのはそう最近のことでもなかったはずだ。アルマにあの夢の中のような悲痛な顔をさせたくはないと、今は本心からそう思える。こうして二人で旅をする理由は、もはや命の恩人への手助けというだけではない。

「……アルマ」
「はい?」
「お前がいてくれて良かった」

 思わずそう呟いた私に、アルマは橙の炎に照らされていてもわかるほどさっと頬を赤らめる。
 その名さえも歴史の中で忘れ去られる忌まわしき存在となる代わりに、私は再びこの世界を生きるチャンスをアルマから与えられた。心の中に渦巻いていた野望はアポクリファの頂で斬り結ぶ間に削がれ、服従のスゥームは生きたいという純粋な願い以外を打ち消した。この時間がいつかそう遠くない時に終わりを告げるとしても、今はただ先達の名に恥じない姿をアルマに見せていたい。

「……私も、ミラークさんがいてくださって良かったと思っています」
「アルマ? 何か言ったか」
「い、いいえ!」

 さっとベッドロールに潜り込み、私に背を向ける最後のドラゴンボーンは、髪から覗く耳が赤く染まっていることには気づいていないらしい。そしてその後ろ姿を眺めている私は、きっと自分でも見たことのない穏やかな表情をしているのだろう。
 光に背を向け闇の中に長らく身を潜めていた私は、運命の悪戯によって再び光の下に戻ってきた。その希望の明かりを灯したアルマの力となれるならば、アポクリファで過ごした時間も全くの無駄ではなかったのかもしれない。
 いつしか静かな寝息を立て始めたアルマの寝顔を見ているうちに、私の心の奥底で燻っていた恐れは跡形もなく消え失せていた。

カテゴリー: Novel, TES5 タグ: TES Short Stories 2

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