〝ジェイ・ザルゴは大成するよ〟と初めて会った時に言われた通り、ウィンターホールド大学の同窓にしてカジートの魔術師である彼は、ここ最近めきめきと力をつけて頭角を表している。だからこそ一緒に旅をしても安心して背中を預けられるし、カジートらしいユーモラスな物言いにくすりとさせられたことは数えきれない。
時にハプニングに見舞われ、苦境に立たされることもある旅の中では、そんなジェイ・ザルゴさんの存在は心を癒し和ませてくれる──そして、時にはドキッとさせられることも。
「それにしても酷い雪だな。あのまま外に出ていたらカジートは氷像になってしまう」
とある旅の途中、ウィンターホールド大学への帰り道で。方向すらわからなくなってしまう猛吹雪に遭った私たちは、偶然手近な場所にあった洞窟を見つけることに成功し、幸い盗賊やクマといった先住者もいなかったことから、この不運な一夜が明けるまでそこで過ごすことに決めた。
「エルスウェーアの砂のようにスカイリムの雪は尽きない。カジートはこの雪が全てムーンシュガーならいいのにと考えているよ」
「それは……タムリエルが滅びます……」
直接的な雪風を凌げるだけまだだいぶマシとは言え、ぽっかりと開いた入り口から吹き込んでくる冷気を止めることはできない。身体の震えが止まらないブレトンの私に対し、カジートの彼は自慢の毛並みの分だけまだ温かいのか、荒れ狂う外の景色を入り口から眺めつつ飄々とそう言った。
私はどうにかかき集めた薪で起こした貧弱な焚き火にあたり、かじかんだ指先を何とか温めようと試みる。トルフディル先生と改良を加えた冷気耐性の薬を飲み続けていたと言うのに、それをも上回るこの土地の寒さはやはり尋常ではないらしい。
「アークメイジ、大丈夫か? 顔色がウィスプマザーみたいに見える」
「うぅ……」
ジェイ・ザルゴさんはこちらへ戻りながら少し驚いてそう言ったけれど、私は返事とも言えない唸り声を上げることしかできなかった。いつもならそんな軽口にも笑って返すことができるのに、今ばかりはそんな余裕がない。とにかく寒くてたまらない。
氷の生霊に掠られた傷をすぐ手当てしなかったからだろうか? 歩き回り過ぎてブーツの皮が綻んできてでもいたのだろうか? せっかくスコール村から暖かい装備一式を持って帰って来ていたのに、付呪台の上に置きっ放しにしてしまったことがとんでもなく悔やまれる。
骨まで凍えそうなこんな時、欲しいと思うのは炎のマントではない。あのたっぷりとファーのついたスコールのコートにすっぽりと包まることができたなら、どんなにか幸せだろう……。
「……アークメイジ?」
「…………」
「アークメイジ……いや、アルマ。どうしてジェイ・ザルゴをそんな目で見る?」
「……毛皮……」
「アルマ⁉︎ おい!」
後から本人が語ったところによれば、この時の私は完全に目が座っていて大変に恐かったらしい。皮を剥がれて絨毯にでもされるのかと思ったと不満げに言われたけれど、いくら極限状態でも私はそんな残酷なことはしない。
けれど……。
「ご、ごめんなさい。で、で、でも、も、もう、そろそろ、限界なんです」
「な──」
「スパーン・ベックス!」
「!」
〝盾〟を〝開く〟。これにコプラーン、〝肉体〟を加えれば相手は完全に防具を解除される。武装解除のシャウトからヒントを得て私が創り出したこのシャウトは、当然ながらこんな場面で使うべきものではない。それでもシャウトの直撃を受けてわけもわからず怯んだジェイ・ザルゴさんの、ローブの下に隠されていたフワフワの毛並みが目に入るや否や、私はマネキン相手にこのシャウトを練習していてよかったと心から思ったのだ。
「あ、あったかい……!」
「ぐむむ……」
シャウラス・ハンターよりも素早い動きでその胸元に飛びついた私を、ジェイ・ザルゴさんは呆れたように眺めながらも引き剥がそうとはしない。今から思えば顔から火が出るほど恥ずかしいことをしたと言っても過言ではないのに、その時の私はただただこの暖かさを享受できる幸せを噛み締めていた。
「アークメイジ、ジェイ・ザルゴは毛布じゃないぞ」
「もちろんです……ただの毛布はこんなにモフモフしていないし暖かくもありません」
「そういうことじゃない」
いつも変わったことを言うのはジェイ・ザルゴさんの方で、私はそれに笑ったり怒ったり呆れたりするのがお約束だった。けれどその時突飛な言動に戸惑っていたのは明らかに彼の方で、その困惑ぶりがなぜか私にはとても微笑ましく思えた──その時はまだ。
「こんな風に襲いかかるんじゃなく、寒いなら寒いから胸を貸してくれと言えばいい。カジートだって寒くないわけじゃないが、毛無し族がそこまで凍えているなんて考えもしなかった」
「襲いかか……いえ、そういうつもりでは……それにしてもあったかい……」
「もう十分暖まったんじゃないのか? いい加減下着一枚だとジェイ・ザルゴも冷えてきたぞ」
「すみません……でも後もうちょっとだけ」
「……そう言えばカジートはこの前とある本を読んだ」
もう少し私の頭がはっきり働いていたなら、この時ジェイ・ザルゴさんの口調が変わったことに気がついていたかもしれない。それでも暖かな毛皮に包まれて眠気さえ催していた私は、彼が楽しげに語り始めた言葉でようやく正気を取り戻す。
「その本に書いてあったんだが、ノルドと獣人以外の男と女が雪山で遭難すると、お互いの服を脱いで裸で暖め合うそうじゃないか?」
「……はい?」
「毛のない肌でどうやって暖まるのかジェイ・ザルゴは是非とも知りたい。前にも言った通り、この者はどんな疑問にも真剣に取り組んでいるが……独りじゃできないこともある。ちょうどいい機会だ、手を貸してくれるか?」
「っ!」
そこでがばっと顔を上げれば、何か良からぬことを企んでいる時独特のカジートの細められた目が、にんまりと言わんばかりの笑みを伴って私を見ていた。
「いや、ちょっ……ジェイ・ザルゴさん⁉︎」
「どうした、恥ずかしいのか? まさかな。先にカジートの服を剥いだのはお前だ」
「すみませんでした! 謝りますから!」
「なあに、誰かが忍び寄れば匂いで分かる。心配しなくていい」
「そういうことじゃなくて! ちょっ、待──」
今度慌てるのはこちらの番だったけれど、器用なカジートは私の抵抗なんてものともしない。それでも行き過ぎた薄着という範囲で何とか勘弁してもらった私は、妙に上機嫌なジェイ・ザルゴさんに後ろから抱きしめられる。
「なるほど、なるほど……不思議なほどに暖かいな。これは驚きの大発見だ」
「……ぐ……」
「そう怒るなよ、アルマ。困った時は助け合うものだろう? フーンフフーン……」
聞こえてくる鼻歌はいつもに増して楽しそうなもので、カジートに逆追い剥ぎを働いた代償を身につまされていた私の仏頂面も、きっと左右に揺れているだろう彼の尻尾を想像してつい緩んでしまう。
ジェイ・ザルゴさんは狡い。私が絶対に彼を嫌いになれないということを知っている。同じ学び舎の仲間や、ライバルや、良き友人としてだけではなく、私が相手を特別に大切に想っているということも、もしかしてこのカジートにはとっくにバレていたりするのだろうか……?
「ここの砂は冷たいが、お前がいるとカジートはどこよりも暖かく感じるよ」
何だか嬉しそうにそう言ったジェイ・ザルゴさんにぎゅっと抱きしめられて、私は不覚にも一瞬考えてしまった──このままこの吹雪が止まなければいいのに、なんて。
