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また置いていくんだね

2025-05-13 by 森野 クロエ

 こんなことはあり得ない。あってはならない。我が義兄弟にして誰よりも近しい唯一無二の朋友、インドリル・ネレヴァルの名を騙る者にこのヴォリン・ダゴスが破れることなど。
 アッシュランダーの狂信が生んだネレヴァリンと言う形代は、我が偉大なるダゴス家の前では風の前の塵にも等しかった。何処の誰とも知れぬ、薄汚い帝国の犬どもの一匹。眠りから覚めた第六の大家に刃向かおうとする意気こそあれ、力なき野望などこの世界では何の役にも立たない。
 私が夢の中で接触したアルマと呼ばわるその者は、チャイマーの英雄とは何の共通点もないよそ者の女だった。剣の一つも振るえず、鎧を身につけることも叶わぬ虚弱な人間。魔術の才能こそ多少の恩恵を受けてはいるようだったが、かくも穢らわしい存在がネレヴァルの再来の名を名乗ろうというその傲慢な蛮勇に、私が吐き気すら催したことは言うまでもない。
 取るに足りぬ有象無象、確かにアルマはそうだったはずだ。だがウルシラクの賢女が、そしてアズラが課した試練を乗り越える道中、この卑しい人間は一歩ずつ月星の指輪の持ち主に近づいた。獣一匹屠ることにすら苦戦していた魔術師は、いつしか我が家名を冠する評議員に相対するを恐れず、またそれらを打ち破ってついにこの私の前に立つに至った。レイスガードとキーニングの刃、そしてサンダーの槌をその手に携えて。

「何をしている⁉︎ やめろ!」

 ダゴスの精鋭に猛攻を受けつつ、アルマは血塗れになりながらロルカーンの心臓に槌と刃とを振るう。今しがた私から受けた傷を癒やしもせずアクラカーンの間まで追いかけてきた女は、力の源を破壊するための神器の使い方を知っていた。

「愚か者めが! やめろと言っている!」

 灰の使徒たちが、司祭たちが、怒濤の如くアルマを亡き者にせんと襲いかかる。それでも身体中に負った致命傷を自らの意志の力と回復術のみで持ち堪えさせ、敵を退け目的を達成せんと孤軍奮闘するその様は、遥か昔レッドマウンテンの戦いで同じ場所に立っていた英雄に酷似していた。
 そして──。

「……!」

 耳障りな鈍い音、同時に噴き出す奇妙な蒸気。重力の魔術を受けた時のように、身体から急激に力が抜ける。私は神性を失ったのだ──私のみならず三人の裏切り者たちも、もはや誰一人として自身を神と偽ることはできない。
 ならばせめてこの英雄の紛い物を、我が盟友の影から実体になろうとしているこの者を、私は決してこの世界に残しておくわけにはいかない。我が野望が、切なる願いがこの場で潰える運命なのだとしたら、その墓標には必ずこの女の骨をも埋めておかなくては気が済まない。

「終わりだ、全て。苦い終わりだ……だがお前だけを生かしてはおかん……!」

 アクラカーンは崩壊を始め、もはや私にも残された時間はない。それでもアルマの息の根を止めようと伸ばした私の腕は相手に届かず、背後で無情にも吊り橋の縄が切れるぶつりという音が鳴り響く。
 すぐ目の前にいる女は凍りついたような、引き攣ったような表情をその顔に貼りつけたまま、恐怖とも悲嘆ともつかない目を見開いて私の姿を凝視していた。

「……また……」

 〝あの時〟もそうだった。私はただ頼まれた通り神器を守っていただけなのに、我が友と三人の裏切り者は私を溶岩の中へ突き落とした。あの時のネレヴァルもまた、この女と同じ顔をしていたのだろうか?

「また私を置いていくのか、ネレヴァル……!」

 ぐらりと身体が揺らぐ。不思議と死を恐ろしくは感じなかった。だが無意識のうちに口から出た言葉には、永遠の無念と後悔だけが宿る。
 ネレヴァルの死を知った私は、激しい怒りと共にどこか安堵をも覚えていた。私のいない世界を謳歌する偉大な朋友の姿など、見たくもなければ知りたくもなかった。私を時代の流れに取り残し、裏切り者たちと彼方まで行ってしまうネレヴァルの背を見ずに済んだことだけは、唾棄すべきトリビュナルにもあるいは感謝をすべきだったかもしれない。
 だからこそ、次は共に歩めるのではないかと淡い夢を見ていた。今度こそ私を独り暗闇の中に置いていくことなく、互いに手を差し伸べ肩を貸し、再びこのモロウィンドをかつてのような栄光へと導くために。
 だが此度は私が相手を否定した。永い時を経て再会を果たすべき魂の友たるネレヴァルの器が、こんなにもかけ離れた帝国の犬であることを私は許せなかった。
 私はネレヴァルの再来を否定し、それによって皮肉にも預言は成就した。もし私がアルマを受け入れ、我が元へ来いと呼びかけ続けていたならば、完全にネレヴァリンとして覚醒する前のこの女はきっとその招きに応えていただろう。私に拒絶されたことで、アルマはネレヴァリンとして完成した。私を倒す力を得、ネレヴァルと見紛うほどの立ち回りをし、全ての野望を打ち砕き、そしてもう一度私を絶望の淵へと叩き落とす……。

「置いてなんていきません」
「……な……⁉︎」

 だが、その時。重力に従って落ち始めた私の目に、信じられない光景が飛び込んできた。あの薄汚いよそ者の人間が、トゥルーフレイムさえ持たぬ非力な魔術師が、月と星の女神の加護を受けし者が、自ら崖に這い寄り私の元へと身を投げる姿が。

「何、を──」
「あなたが本当にお求めの方ではなくて申し訳ありませんが……私でよければお供しますよ、どこへでも」
「……!」
「もう、あなたを独りにはさせません」

 全てを溶かす灼熱の溶岩に互いの身を焼かれる寸前、そう言ったその女は、アルマは朗らかに笑っていた。交わした刹那の会話も、その眩しげにさえ見える笑い方も、似ても似つかぬ英雄の面影を私に思い起こさせる。
 大した言葉を交わさずとも、あの目は全てを見通していた。その心は全てを包み込み、不倶戴天の敵でさえ友とした。どんな絶望的な状況にあっても、その隣にいれば何も恐れることなどないと思わせてくれた、ただ一人の。

「そうか……やはり、お前は……」

 だからこそ私は死の間際に悟ったのだ。アルマこそ確かにアズラの預言に記されしネレヴァリン、我が親友インドリル・ネレヴァルの魂を真に受け継ぎし者であったと。

カテゴリー: Novel, TES3 タグ: TES Short Stories 3

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