私が帝国軍に加わってからいくつか位を上げ、リフトの野営地へと配属された時。ここの責任者だという特使の元へ挨拶に行った私は、もはや珍しいと言っていいアルトマーの兵士を見て我知らず驚いた顔をしてしまっていたのだろう。
「スカイリムでそういう反応をされるのはこれで百回目だが、俺も帝国軍の軍人だ。安心してくれ、何も取って喰おうってわけじゃない」
けれど場合によっては非礼を咎められても仕方のないそんな下士官の振る舞いを、ファセンディル特使はそう言いながら明るく笑い飛ばしてくれた。きっと私はその時からこの人に他の誰とも違う何かを感じていたのかもしれない。
「特使、エールをお持ちしました」
「もうそんな時間か。いつも悪いな」
あれからしばらくの時が経ち、季節は本格的な冬を迎えていた。スカイリムの中では温暖なリフトも、真冬ともなれば当然その寒さは凍えるほどになる。降りしきる雪のように白い湯気を上げている熱いエールのジョッキでさえ、五分もすれば一気飲みできるほど冷たくなってしまうだろう。
従軍魔術師として変性魔術の修練も重ねているとは言え、残念ながら私の能力では未だにエールの温度をずっと保ってはおけない。かと言って試しに錬金した保温の薬を温めたエールに混ぜてみたところ、青臭かったり魚臭かったりととんでもない代物ができてしまったのだけれど。
いずれリッケ特使が合流してグリーンウォール砦への総攻撃を命じられる時までは、少しでもファセンディル特使の役に立ちたい。そう思うからこそ自分なりにあれこれと努力してはいるものの、剣の鍛錬の相手も務まらない身ではなかなかうまくいかないものだ。
「どうぞ。では私はこれで──」
「ああアルマ、ちょっと待て」
「!」
少し疲れた横顔でさえ格好いいだなんて思っていたら、不意に特使に呼び止められて危うく飛び上がってしまいそうになる。何かまずいことでもしたのだろうか? ドール城からの招集でもあったのだろうか? 武器の扱いに長けない魔術師はやっぱり不要だとでも言われたらどうしよう……?
「そんな顔をするってことは、何かやらかした自覚でもあるのか?」
「えっ⁉︎ いいえ! そういうわけでは……」
「もちろんそうだろう。お前はこの野営地で一番品行方正な兵士だ、特使である俺よりもな」
私があまりにも不安そうな顔でもしていたのか、ファセンディル特使はいつものようにからかい混じりの口調でそう尋ねる。それでも呼び止められた理由がわからない私としては、ときめき以外の要因で心拍数が早くなってしまっても仕方のないことだ。
「聞いたぞ。また二人のストームクローク兵士が投降してきたそうじゃないか」
「あ……」
「ペイルでも何人か説得に成功したんだろう? お前もなかなかやるな。何も斬ったり燃やしたりするだけが戦いなわけじゃない。話し合って、わかり合えるなら本当はそれが一番いいんだ」
エールのジョッキを傾けながら、特使は穏やかな表情で続ける。
「ストームクロークだってみんながみんなウルフリックの思想に賛同している奴らばかりじゃない。家族や自分が食うのに困って仕方なく来ているような場合は、本当は戦場で斧なんか振り回したくないと思っているかもしれないだろう」
そしてアルトマーの帝国軍人はジョッキを手近な机の上に置くと、揺らぎのない信念の秘められた瞳を真っ直ぐ私へと向けて言った。
「例えそれがストームクロークの兵士でも、俺はやはり一人の帝国市民だと思っている。やむにやまれず参加している者まで全員斬り伏せるのが正しいとも思わない」
「……特使……」
「そしてそれが帝国市民である限り、俺はできる限り多くの民をこの手で守りたいんだ。戦火からも、サルモールの陰険な企みからも」
聖堂で捧げる祈りの言葉のように厳かに聞こえるその言葉に、私は瞬きも忘れてファセンディル特使を見つめ返すことしかできない。
昔の自由に行き来ができた時代の帝国を知っていて、センチネルでは悲惨な現場を身を以て体験していてもなお、帝国軍人としての誇りを忘れず軍を離れることもなかった。この土地で帝国兵、しかもアルトマーがいい扱いを受けないことは火を見るよりも明らかなのに、それでもサルモールの暴走を食い止めるためにスカイリムへの配属を引き受ける。
そんな人が多くはないことはきっと誰にでもわかるだろう。私たちには決して話さない辛い出来事もたくさんあったはずだ。それでも特使の琥珀色の瞳に宿る固い決意を挫くことは、ストームクロークにもサルモールにも、誰一人にだってできはしない。
「そこでアルマ、お前みたいな弁の立つ奴が活躍してくれると双方共にありがたいってわけだ」
「ほ、本当ですか?」
「敵は命拾いして戦場を離れられる。我々はそいつに殺られるかもしれなかった危機から逃れられる。おまけにこれで敵も減った、つまりお前は三倍の戦果を挙げたと言ってもいい。これからもこの調子で頼むぞ」
「はいっ!」
「よし、その意気だ!」
そしてファセンディル特使は湯気の消えつつあるエールでもう一度喉を潤すと、手の甲で口元を豪快に拭いながら嬉しそうな笑顔を見せた。
「うまい! やっぱり長い一日の終わりはこれがないとな。長丁場になるなら尚更、毎日の気分転換も大事だ。アルマ、お前はいつもちょうどいい温度にして持ってきてくれるから助かってる」
「ありがとうございます。こんなことでお役に立てるようでしたらいつでもお申し付けください」
「ハハハ、そう畏まらなくたっていいさ。ああ、そう言えば──」
「?」
そこでふと言葉を切った相手は、どこか思わせぶりな視線をこちらに送って口を開く。
「今はこのエールを飲むのと同じくらいお前といる時も安らぐな。リッケがお前をここに回してくれたことに感謝してるよ」
「……っ!」
今のはどういう意味ですか、なんて聞くのは悪手にも程がある。他意がないなら自分で夢を台無しにしてしまうだけだし、他意があるならわざわざ尋ねるなんて野暮な真似はできない。特使は一体どちらの意味でこんなことを言ったのだろうか? 欲を言えばどちらもあり得ないわけではなさそうな気もしてきて、私は不覚にも返す言葉に詰まってしまう。
ユーモアのセンスを持ち合わせたアルトマーというのはとても手強く、厄介だ。
「ん? どうしたアルマ、顔が赤いぞ」
「いえ……これは、っその」
「その?」
「さ、さっき飲んだハチミツ酒の度数が高すぎたようで!」
我ながら無理があると思わずにはいられない言い訳を口走りながら、〝失礼します!〟と言い放つなり私は軍幕から走って逃げ出す。その間も私の頭は予想外の出来事に混乱しきってはいたけれど、特使の押し殺した笑い声だけはなぜかこの耳にもはっきりと聞こえていた。
