Divines Publishing

  • About
  • TES3
  • Novel
  • Illust
  • Offline

ごちそうさま

2023-01-24 by 森野 クロエ

 私がアルヴス・ドレレンに辿り着いた時、辺りは既に暗くなっていた。灯火の魔術以外には目ぼしい明かりもない塔を上まで登ると、古びた本に目を通していたバラダスさんが顔を上げる。

「戻ったか」

 その声にはほのかな優しさが宿っていて、自分が相手にとって特別な存在であることを教えてくれる。それが何とも嬉しくて、私は小走りにバラダスさんの元へ駆け寄った。

「遅くなってしまってすみません。ご希望のスクラップメタルはこちらに」
「うむ」

 目星をつけていたドワーフ遺跡が吸血鬼の巣窟だったために、バラダスさんから頼まれた金属片を手に入れるには少し遠出しなければならなかった。必然的に帰る時刻は予定より遅くなってしまったのだけれど、研究に没頭しているバラダスさんには関係のないことだったかもしれない。

「お前にしては時間がかかるのでな、何かあったのかと思っていたのだ」
「!」
「無論、お前ほどの魔術師ならば命を落とすことなどあり得んとはわかっておるがな」

 天窓をちらりと見上げながら、バラダスさんはさらりとそう言った。私の帰りが遅いことを気にかけてくれていただなんて思わなくて、自分の頬がさっと赤くなっていくのがわかる。誰にでもこんなことを言ってくれる人ではないということがわかっているからこそ、その言葉を胸に刻みつけておきたいと思ってしまうくらい嬉しい。

「ところでアルマ、食事は摂ったのか。まだなら簡単なものを用意してやるが」
「えっ……バ、バラダスさんがですか⁉︎」
「何だ、不満か」
「い、いいえ!」

 バラダスさんの口から出た思いがけない提案に、私は思わず目を瞬く。確かに私たちは友人以上の近しい関係ではあるけれど、こんな申し出をされたことは今まで一度もなかったからだ。

「食うのか、食わんのか。どっちなのだ、はっきりしろ」
「た、食べます!」
「ならばそこに座っていろ。何を考えたのかは知らんが、ここにある手持ちの食料などお前とてよく知っておろうが」

 慌てる私を呆れたように、それでもどこか楽しげに眺めたバラダスさんは、今朝新しく運ばれてきたばかりのクワマの卵と果物をいくつかと、シロディールブランデーの瓶を持って小さなテーブルに戻ってくる。

「さて、私もお前の酒の相伴に与るとしよう」

 そして二つ並んだグラスに琥珀色の液体が注がれ、ヴェロシの塔の中にひと時の安らぎが訪れる。ヴァーデンフェルに着いてからクワマの卵なんてそれこそ数えきれないくらい口にしてきたし、正直なところその味も私の好みだと思ったことはなかったのだけれど、この時食べたクワマの卵はなぜか涙が出そうなほどに美味しくて、私は大切な人と一緒に食べる食事の尊さを噛み締めていた。

「バラダスさん、ごちそうさまでした。美味しかったです、とても」
「改まって何を言う。常と変わらんクワマの卵ではないか?」

 私がよほど神妙な顔でもしていたのか、バラダスさんはそう言って小さく笑う。

「でも美味しかったんです、本当に。これまで食べてきた他の料理よりもずっと」

 どう言えばこの気持ちが伝わるのかもどかしくて仕方がない私に、向かいに座るバラダスさんの手が伸ばされてそっと髪に触れる。

「全く小生意気な娘よ。だが……だからこそと言うべきか、お前と居るとなぜか飽きん。実に奇妙だが、悪くはない……」

 二杯目のブランデーを二人でゆっくりと味わいながら、私は今し方学んだことを改めて思い返す。この人と一緒に食べることができるのなら、それが例えダガーフォールの宮廷料理でも、スクリブゼリーのひと匙でも、私にとっては等しく何にも代え難いご馳走になるということを。

「バラダスさん」
「何だ」
「今夜の食事のお礼に次は私が腕を奮います。何かお好きな食べ物はありますか? お好みの料理とか、味付けとか」

 テーブルの上に身を乗り出さんばかりの勢いでそう尋ねた私は、どんな答えが返ってきても必ず作り上げてみせると決意を固くする。バラダスさんが喜んでくれるなら、エルスウェーアやブラックマーシュにだって材料を集めに行くつもりだ。
 けれど……。

「特にない。強いて言うならばお前の作ったものであればそれで構わん」
「っ!」

 何よりも嬉しく、また難しい注文をされて私が閉口すると、バラダスさんは喉の奥でくつくつと笑いながら赤い目を柔らかく細めた。

「ああ、お前にはまだ話しておらなんだか。こうしてお前と親しい関係を築くまで、私は何を食べるかなどということに注意を払ったことはない」
「え」
「美食家と謳われるブレトンにはまこと奇異に映るであろうな。だがどんな食物であろうと、生命活動の維持に必要という以上の目的を私はそこに見出していなかった。酒の好みはないわけではないが」

 果てしない年月を生きているウィザードはそう言いながらブランデーのグラスを口に運び、そのふくよかな香りを楽しんだ後でもう一度私を見つめる。

「だが一体どうしたことか、お前が我が塔に現れてから先、不思議と口にするものの味が気にかかるようになった。お前があれやこれやとここへ食い物を持ち込んだり、旅の途中で口にしたものの話をし続けたりしたせいもあるかもしれんがな」
「う……」
「しからば私の舌を育てたはお前と言うこともできるであろう。そのお前が直々に手料理を振る舞うつもりがあると言うならば、例えそれが消し炭であろうと全て平らげてみせようではないか」
「けっ、消し炭なんてことはありません!」

 慌てて声を上げた私に今度こそ朗らかな笑い声を響かせながら、バラダスさんは楽しみにしていると告げて私の頭を撫でた。

カテゴリー: Novel, TES3 タグ: TES Short Stories

Copyright © 2026 Divines Publishing.

Taste WordPress Theme by ThemeTaste

上にスクロール