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ここは任せて

2025-05-13 by 森野 クロエ

「あの……アルマ?」
「はい、何でしょう? サアシちゃん」
「この者はアルマのすることに反対するつもりなんてないんだけど、この元サルモールも一緒に来るの?」

 町の伝承者が所望した、近場のアイレイド遺跡の探索。当然そのカジートはアルマが、リバークレストの守護者であるその戦士のみが同行すると考えていただろう。だがこのアラナンデがいる限り、そう上手く事など運ばせてたまるか。

「うるさいぞ、猫! 文句があるなら今すぐ帰れ!」
「まあまあ、アラナンデさんも落ち着いて。サアシちゃん、アラナンデさんはアルトマーの貴族の家のご出身ですから、アイレイドの歴史や文化にも造詣が深いんです。私たちでわからないことがあったら助言をくださるとのことで。ほら、アドバイザー的な」
「アドバイザー、ねぇ……」

 目を細めた猫は私をじろじろと疎ましげに眺めるが、この町の住民として生きると決めたあの日からそんな視線にはもう慣れている。アルマの正体をブレイズの生き残りと暴き、どちらかの命が失われる覚悟で剣を交えたあの時から、戦いに敗れたサルモールとしての私は死んだのだ。

「とりあえず出発しましょう。早く調査を済ませれば、明るいうちに戻って来られますからね」

 そう言って笑いながらカジートと私の背を押すアルマは軽装だが、その腰にさりげなく下げられた剣は磨き抜かれ、触れたもの全てを断ち斬る。柔和な表情の中でもその目が警戒を怠ることはなく、極限まで細く張り詰めさせた緊張の糸を緩ませることもない。
 幼馴染だというこのカジートですら知らないアルマのブレイズとしての一面、謎に包まれた皇帝直属の精鋭部隊、その生き残り。迂闊にもサルモールに首を刎ねられた者たちとは違う、死線を幾度も潜り抜けてきた者だけが無意識に行使してしまうその身のこなし。長閑な田舎町の住民にはそれが意味することなど理解できないだろう。ましてや、私のようにその剣戟を自らの得物で受けることも。
 あの時、なぜアルマが私を赦したのかは今でもわからない。その師を拷問死の寸前で密かに命長らえさせたことを知っていたからだったのか、あるいは何か他に思うところがあったのかもしれないが、圧倒的な力の差を前に死を覚悟した私に対し、アルマは過去を全て忘れてこのままここで暮らさないかと問いかけた。
 馬鹿にするな、情けをかけるくらいなら殺せと、血の味が広がる口で吠えてはみた。それでもアルマは私を見つめ、憐憫とも苦悶とも判断のつかない表情を一瞬だけ浮かべると、もう友人の命をこの手で奪うことはしたくないのだと、一言そう言った。
 辺鄙なリバークレストで過ごすうち、私は自分がだんだんと絆されていくのが許せなかった。間抜けな道化のふりをして、私を欺こうとするアルマが許せなかった。しかし貴族として常に重圧に晒されてきた私が初めて偽りなく接することができたアルマに、今まで誰に対しても抱いたことのない不可思議な感情の揺らぎを覚えていたことは否定できなかった。
 友人という言葉は時に哀しく残酷なものなのだと、私はあの時初めて知った。だがアルマの側で生きていけるのなら、過去の全てを捨てたとしても悪くはないと、そう思えた。どんな汚名や恥を被ろうと、この町でアルマの本質を理解しているのは私ただ一人だ。穏やかな笑みを絶やさぬ小さな町の腕の立つ英雄は、歴史の影で暗躍する比類なき能力を備えた戦士だということを。
 そして私はアルマの意向でリバークレストの住民の一人となった。当然他の者からの反発は大きかったし、付呪師のガヴィニウスに至っては私の顔を見るなり泡を吹いて倒れもしたが、アルマの強い取りなしで最終的に文句を言う者はいなくなった。町の居心地が良いとは冗談でも口にできはしないが、その全てを甘んじてこの身に負ったとしても私はアルマの側にいられる。それよりも重要なことなど、もはや私には一つもありはしない。

「だいぶ調査も進んだし、今日はこのくらいで……えっ⁉︎」

 そしてたどり着いた古い遺跡で、半日ほどの探索を終えた時。アルマとは姉妹のように育ったと言うそのカジートは、俄かに表情を曇らせると耳を澄ませた。

「サアシちゃん、どうかしましたか?」
「誰か来る! 三人……四人? ううん、もっと多い……!」

 他より耳の働く種族の特性上、サアシは遠く入り口の方を振り向きながら怯えた様子でそう口にする。その瞬間、アルマの瞳に小さく散るブレイズの戦士の火花。私の他には誰も気づきはしないだろう刹那の変化の後、リバークレストの英雄はいつも通りの落ち着いた口調で言った。

「大丈夫ですよ、サアシちゃん。こういう遺跡には奥の方にも外に繋がる場所があるんです」
「そ、そうなの?」
「誰が来たのかわかりませんが、多分このあたりを縄張りにしているならず者たちかもしれませんね。鉢合わせたりしないように向こうの方から出て行きましょう」

 アルマと私の力があれば、来た道を戻って侵入者を蹴散らすくらいは造作もなくできる。しかしアルマは幼馴染の猫が万が一怪我でもしたらと考えたのだろう。無論おもしろくはないが、アルマらしいと言えば実にアルマらしい。こんな風に配慮をして、時には敵にさえ情けをかけてみせるというのに、立ちはだかる相手を倒すと決めたなら鬼神の如く強い。

「良かった、ここからなら出られそう! でも狭いから一人ずつ順番に──」
「危ない!」

 外へと続く朽ちた階段の前、カジートが崩れはしないかと恐る恐る壁に手をかけたまさにその時、地上に現れた丈の高い影をアルマは瞬時に剣で仕留めた。相手が何者かなどわざわざ声をかけて誰何するまでもなく、金の縁取りが施された漆黒のコートを見ればその素性はすぐに知れる。

「サルモールか……!」

 私がそう吐き捨てる間にも、物音を聞きつけたのだろう兵士たちがこちらへ向かってくる気配がする。サアシはすっかり慄き、自らの足で立っていられるかどうかさえ危うい。

「ここは私に任せろ。アルマ、お前はその猫と先に行け」
「アラナンデさん⁉︎」
「奴らを始末するくらい容易い。私は後からお前たちを追う」
「ですが──」
「私が信用できないのか?」
「いいえ」

 その返事は尋ねた私が驚くほど間髪入れずに返された。少しでも疑念を持っていたら、決してこんな風には口に出せない。

「ですが……あなたはかつて彼らと同じ組織にいた方です。もしかしたらあの中に顔馴染みがいるかもしれません」
「だったらどうした。私がそいつに手心を加えるとでも?」
「そうは思いませんが、やはり気分はよくないものです。私はそんな思いをアラナンデさんにしてほしくはありません」
「!」

 あの日、私を地に打ち倒した時もアルマは同じようなことを言っていた。ブレイズに属する者はそれぞれ自分がそうであるということを他人に知らせず、またそれを口にしてもならないと聞く。そして皇帝の命にはその心身の全てを懸けて従い、例え相手が肉親であろうと容赦なく任務を遂行する誓いを立てると。
 それらのことから考えるに、恐らくはアルマも親しい知人をその手にかけたことがあったのかもしれない。そして──あるいはだからこそ、あの時私の命を奪わず生きる選択肢を与えたのかもしれない。非情なブレイズの戦士としてではなく、リバークレストの守護者であるアルマとして。

「ですから、ここは私が残って──」
「甘いな、アルマ。お前たちはサルモールというものを知らん。あそこに友人などという生ぬるい存在などいない。互いに足を引っ張り合い妬み合う、そんな連中の集まりだ」
「…………」
「安心しろ。私を家名の七光りと呼んでいた奴がもしあの中にいれば、この機会に私の実力を思い知らせてくれる」

 私はもはやサルモールではなく、またそこには二度と戻る気もない。一度死に、生まれ変わった私の居場所はもう決して揺らぎはしない。

「さあ、無駄話をしている暇があるならサアシを連れてさっさと行け。それに……今私が立っているのはお前の側だということを忘れるな、アルマ」
「!」

 軽く目を見開き、そしてすぐにそれを柔らかく細めたアルマは、一度深く頷くとカジートの背を支え素早く遺跡から去った。
 そして──。

「あ、アラナンデさん!」

 日暮れと同時に町に戻ってきた私に、門の脇に立っていたアルマがすぐに声をかける。てっきりサアシと共に夕食でも摂っているのかと思っていた私は、その意外な出迎えに驚いてしまったことを何とかごまかすべく、必死に憮然とした表情を作りながら咳払いをした。

「な、何だ。戻って来ないとでも思っていたのか?」
「いいえ、それは全く」

 遺跡でのやり取りと同じくすぐにそう返事をしたアルマの、その目に宿る信頼の色に私の魂が満たされていく。両親でさえそんなまなざしで私を見たことなどきっと一度もなかったというのに、こんなシロディールの片田舎でそれを知る運命だったとは。

「アラナンデさんには彼らなんて相手にもならなかったでしょう。なのでそちらの心配はしていませんでしたが、お戻りになる頃にはお腹が空いているかと思いまして」

 〝サアシちゃんに三人分の夕飯の準備をお願いしておきました〟と、私の想いなど考えたこともないだろう町の英雄は微笑みながら告げる。私がなぜその手を取り生き延びることにしたのか、アルマが知る日など来ないかもしれない。だがもしそうだとしても、私はリバークレストを離れる気などない。私にとって、アルマがそれほど大切な相手であることはこの先もずっと変わらない……。

「サアシが準備しただと? まさかカジート飯ではないだろうな」
「大丈夫ですよ、普通のご飯です。ネギは入っていませんけど」
「フン……まあいい、行くぞ」
「はい」

 いつかアルマが私以外の、別の誰かを選ぶ時が来たとしても、私は自分の選択を後悔することはないだろう。それでも今この瞬間、こうしてアルマの隣に立てる栄誉は私一人のものだ。
 その切なくも輝かしい幸福の味を噛み締めながら、私は誰よりも心を寄せた相手と二人肩を並べ、食欲を誘う夕食の香りが漂う町の中を歩いて行った。

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