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え⁈ 自分っすか⁈

2025-05-13 by 森野 クロエ

 長らく孤独を愛し日々を過ごしてきた我が身ではあるが、ここ最近その心境に微かな変化が生じ始めている。来訪者を拒みはせぬものの歓迎もしない我がヴェロシの塔へと、暇さえあれば通ってくる奇妙なアウトランダーが現れたのだ。
 それはブレトンの小娘で、私と同じテルヴァンニの魔術師でもある。一般的にダンマーならずば昇進の芽もないモロウィンドの地において、着々とその位を上げられる程度の才には恵まれているようだが、我が塔より外へ出でることなどほぼなくなって久しい私には、その娘──アルマの東での評価を詳しく把握する術はない。
 私が知るその娘は毎回飽きもせず我が塔へと足を運び、手を替え品を替え私にまとわりつくおかしな者だということだけだ。始めこそ何らかの遣いで訪れたアルマを邪険に追い返したような気もするが、一体いつからこんな奇行を受け入れるようになってしまったのだろうか。
 下級の魔術師の常として、高位の者に取り入り甘い蜜を吸おうとする例は尽きないが、そんな奸計の標的に私を選んだとすれば見当違いも甚だしい。私はくだらぬ政争よりも研究にこそ価値を見出し、この理想的な環境を脅かすものは何であろうと排除する。召喚の間、我がデイドロスの周りに散らばる骨はただの飾りではない。
 だからこそ時折訪れる弟子入り志願者にも首を縦に振ることはなかったと言うのに、あの娘は、アルマはなぜか違った。大した知識も持たぬ駆け出しのウィザードの身でありながら、私の神経を逆撫でするような間違いは犯さなかった。言葉を交わしている時は元より、黙っていてもその存在を疎ましいとは思わなかった。私の研究の全てを理解することなど到底できはしないが、それでも耳を傾け、役に立とうとする姿勢には好感を持った。
 アリョンの若造から評議員になれと持ちかけられた時には、アルマの狙いはこれだったのかと献身を訝しみもした。しかしその話が済んだ後も顔を見せる頻度は落ちることなく、それどころか増えてさえいることに、私はある仮定を立てざるを得なくなった──すなわち、この娘は純粋な好意故に我が元へ顔を出しに来ているのではないかと。
 それは馬鹿げた妄言であり、一蹴して然るべき愚かな仮説ではあったが、その枠に当てはめればアルマの行動の全てには整合性が見出せた。一般的に考えて、かくも若い異種族の娘が私のような老人に恋心を抱くことなどありはしないだろうが、この娘は良くも悪くも普通ではない。そしてもしそれが真実だと仮定するならば、私はアルマの想いを拒むことなどもはやできないだろう。
 我が耳には既にこの娘の声がすっかり馴染んでしまい、もはやそれが聞こえぬ日の方が通常のこととは思われない。これまで誰をも側に置かなかった私にしては異様に過ぎるが、今やアルマの居らぬ我が塔は何かが欠けているようにさえ思われる。
 後はどちらかが口火を切りさえすれば、炎は何もせずとも燃え上がる。あるいはそんな日が来ることはなく、全ては単なる私の邪な願望でしかなかったとしても、私がこの娘の来訪を心待ちにしているのは事実なのだ。

「あの、バラダスさん」
「どうした、アルマ」

 然して物事を動かすは若い者の青さと言ったところか。その日もアルマは私の元へやって来ては資料の整理を手伝い、金属片の分類をしている私の背後で雑談を始めた。

「バラダスさんは食べ物の好みはおありですか?」
「好み? 特にこれといったものはないが」
「お飲み物は?」
「安酒は好かん。フリンやシロディール・ブランデーならば嗜むな」
「じ、じゃあ女性のタイプは……?」
「っ!」

 そのあまりにも稚拙な尋ね方に、吹き出しそうになるところを既すんでで堪える。私ですらもう少しまともな聞き方をすることくらいはできようと言うのに、これが花も恥じらう歳頃の娘が口にすることだろうか。

「そんなことを聞いてどうする」
「いえっ……その……こ、後学のために?」
「何だそれは? だが……そうだな。好みかどうかは別としても、このところ気にかかる者がいると言えばいないわけではない」
「えっ」

 古びたコグを磨きながらそう言った私の答えを聞くなり、視界の外のアルマが勢いよくこちらを振り向いた気配がした。

「そ……それはスケルトンとか? 下の階にいるデイドロスとか」
「女とお前は言わなかったか。私は人間の話をしているのだが」
「う……」
「ふとした瞬間頭に浮かぶ。今あやつは何をしているのかと、そんなことを考える時さえある」
「……そ、そう……なんですか……」

 ブレトン娘の落ち込んだ顔など、目を向けずとも手に取るようにわかる。だが僅かに続いた沈黙を破るように後ろを振り向いた私は、すっかり手の止まっているアルマに長らく秘めし想いを告げた。

「不思議なものだ。これまでは独り静寂の中に在ることを何より尊んでいた私が、その者ならば共に暮らすも悪くはないと思い始めた」
「……!」

 絶望というものがどのようにして人の目に現れるのか、私は今日この時それを間近で観察する機会を得た。見開かれた瞳は色を無くし、それを埋めるかのように虚無が満ちる。それはもはや悲しみですらない、全ての感情を飲み込む深い沼だ。

「そ……それがどんな方か……参考までにお尋ねして……も……?」

 今すぐこの場を立ち去りたいと言わんばかりの表情ながら、アルマは気丈にも口を開き、スクリブの鳴くような声でそう尋ねる。憎からず思う相手に鎌をかけるには些か度を過ぎているような気もするが、それでも私の一言にここまで感情を揺さぶられている姿を見ていると、やはり私と同じ想いをこの娘も抱いているのではないかと、そんな希望的観測をますます強めずにはいられないのだ。

「構わん。お前も見てみるがいい」
「見る?」

 そこで私は片手を上げると、迷うことなく目の前の娘を指差す。

「……え……」

 アルマは怯えながら俯きがちに私の指先を見つめ、次にそれが示す方を小さく震えながら振り向き、そして当然そこには誰もいないということを認識した後、再び私へ向き直ると弾かれたように顔を上げた。

「わ……わた……っ私ですか⁈ わ、私⁈」

 そのあまりにも滑稽なアルマの様に、今度こそ含み笑いが漏れる。これでもサドリス・モラでは冷静なウィザードとして通っているそうなのだから、人の目などというものは何とも当てにならん。

「何をそんなに動揺している。私が何かおかしなことでも言ったか?」

 くつくつと喉の奥で笑いながら私がそう問いかけると、喜びと混乱と驚愕、そして僅かな疑念が入り混じった表情で娘はすぐに答える。

「それはもちろんおかし……! っいえ、おかしくはない……ですけど……でも、バラダスさんは……あなたは、これまでずっと私のことなんて」
「何とも思ってはいなかったと? 確かにそうだ。だがお前が私を変えた」
「……!」
「さもなくば共に暮らしてもいいなどとは口が裂けても言いはしまい。無論、お前が望まぬことを強いるようなつもりはないがな」

 その言葉を聞き終わるや否や、ブレトン娘の両目いっぱいに溜まった涙がついに零れ落ちる。それと同時に白く細い手からは束ねた書きつけが滑り落ち、古びたメモが舞い散る中でアルマが私に飛びついてくる。

「せっかく整理をしたばかりだと言うに、また一からやり直しではないか」
「ご……めんな、さ……」
「だがこれからいくらでも時間はあろう。幸い、私はゴスレンやネロスのように短気ではないからな」

 そんな単純な作業でさえ喜びに変わることもあるのだと、私に教えたその娘は泣き顔のまま嬉しそうに笑った。

カテゴリー: Novel, TES3 タグ: TES Short Stories 3

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