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いつから気づいてた?

2024-04-12 by 森野 クロエ

 その日、塔を訪れた私はすぐさまバラダスさんにこう問われた。〝お前は私の名義で帝国に人頭税を納めたか〟──と。

「ど……どうしてですか」
「取り繕うことさえまともにはできん愚かな小娘に一つ教えてやろう。是か否かで答えるべき問いにその他の言を用いて答うる者は、たいていが己に非常に都合の悪い問いであると暴露しているに等しいことをな」

 私は途端に冷や汗をかき、反論もできずにただその場に立ち尽くす。
 たった今問われた通り、私はバラダスさんの代わりにダリウス砦で税金を納めた。その永い寿命に相応の数のゼロが並んでいるのを見た時は驚きもしたけれど、ここしばらく懐に余裕のできていた私は、納税帳に記されていた額を何回かに渡って支払ったのだ。
 それは何も恩着せがましく鼻にかけようというつもりがあったわけではなく、単純に帝国兵を何度も追い返すのは手間だと言っていたバラダスさんに良かれと思ってしたことだった。だからこそ私からそのことを本人に告げようとは思わなかったし、支払いの際に今後アルヴス・ドレレンには行かず私を通してほしいと念を押したように、砦の誰かから話が漏れるということもまずあり得ないだろう。
 だとするとバラダスさん本人がその事実にいつの頃からか思い当たったということなのだろうけれど、それがもちろんこの老魔術師の自尊心をいたく傷つけるということはさすがに私も理解していた。

「……青褪める程度には己のしでかした愚行を悔いるか。だがお前のようなよそ者の小娘には我が矜持など到底理解できまい」

 テルヴァンニの中でも比較的常識人と言って差し支えないバラダスさんが頑なに納税を拒んでいるのは、本人こそがこの土地の先住人だからだという自負があるからに他ならない。エルフではない私が思いを巡らせるのは難しいけれど、既に二千歳を超えているという巷の噂が本当ならば、確かに後から来た帝国に勝手にその臣民と見做されることも、そのために幾許かのお金を強制的に徴収されることも神経を逆撫でするだけだろう。
 バラダスさんが金銭的に困っているかと言えば、当然ながらそんなことはない。華美を凝らした暮らしをしているというわけではないけれど、棚に並んだお酒は皆どれも値の張る上物ばかりだし、付呪した品の一つや二つを売れば悠に数ヶ月は暮らしていけるはずだ。
 そうであるからこそ、払えないのではなく〝払わない〟ことに意味があるというくらいはわかる程度の時間を共有してきたつもりだった。私が見誤っていたのは、それにこんなにも早く気づかれてしまったということだ。せめて数年先であれば、もう少し怒りを抑えられる程度の関係を築けていたかもしれないのに。

「い、一体いつから気づいていたんですか……?」
「そんなことは問題ではない。尤も、完済証明とやらが日常の物資に紛れて届いておらなんだら、あと十数年かそこらはあの目障りな徴税人の存在を忘れたままでいたかもしれんがな」
「……っ!」

 この塔に近づくなという警告は何も物理的なことだけを意味しない。日頃は気味悪がってここへは近寄りもしないのに、こんな時だけ几帳面にいらない物を届けてくる帝国兵に私は内心で小さく毒づいた。

「アルマ、お前も知っておろう。グニシスの民が生きていられるのは、ひとえに私がそれを許してやっているからだと」

 眉一つ動かさずそう言い切る魔術師は、間違いなくモロウィンドでも十指の内に数えられるウィザードの一人だ。テルヴァンニの評議員クラスともなれば、戯れで町一つ滅ぼすことだって簡単にできる。そんな人たちが野放しになっているのは塔に篭り研究に専念しているからというだけで、決してそんな恐ろしいことを考えたこともない善良な人々だからだというわけではない。

「私がそうしようとさえ思えば、今日を限りにこの町は滅ぶ」
「…………」
「お前はそこまで私の気分を害した。私自身の素知らぬところで、私が人間共の帝国に膝を屈しその管理に名を連ねたなどという事実は、お前一人の命で贖えるほど軽い罪ではないのだ。その程度のことはわかっているのかと期待していたが……」

 無情な死刑宣告を聞いている間にも、力なく握りしめた両手が冷たい脂汗でぬめる。余計なお世話、後の祭りという言葉が頭の中を駆け巡るけれど、今回ばかりはそれだけでは済まない。バラダスさんが言ったことを実行すれば、それこそ驚天動地の騒ぎになる。他の大家の領地内、それも帝国軍の砦がある場所を、テルヴァンニのマスター・ウィザードが本人の一存で地図の上から消してしまうのだ。そこまで大きな町でもないとは言え、住んでいる人はきっとかなりの数に上るだろう。
 その後にどんな混乱が続くかを思えば、普通はそんな行為には至らない。けれど私たちはテルヴァンニなのだ。普通なんて言葉とは最も縁遠い、気紛れな魔術師たちの集まり。

「さて、最後に言い残すことはあるか? お前とは短い付き合いだったが、名前と顔くらいは覚えておいてやろう」

 私を見下ろす冷たい目には、手心の手の字も存在しない。それでも名前と顔を覚えていてくれるという言葉に嬉しさを覚えるくらいには、私はこの人のことを慕っていた。恐ろしくも飛び抜けて博識な、ドゥーマー学者の風変わりなウィザードを。

「な……」
「ん?」
「何でもします。あなたが望むのであればどんな命令にも従いますし、絶対に首を横には振りません。ですから──」

 〝グニシスの町だけは見逃してほしい〟と言った私に、ダンマーの魔術師の赤い瞳は何ら感情を見せなかった。

「頭の悪い小娘だ。お前一人の命でなぞ、到底償いきれんと私は言わなかったか? それにしても笑えてくるぞ。随分と安いのだな、アルマ……お前と言う存在は」

 にこりともせずそう言ったバラダスさんは、それでも一瞬考え込むような素振りを見せた。テルヴァンニのウィザードの奴隷になるということが一体何を意味するのか、私だってテル・アルーンやサドリス・モラで嫌と言うほど目にしている。だとしても、無関係の人々をこんな風に巻き込むわけにはいかない。例えそれが余計な紙切れを送ってさえこなければ縁遠く済んだ災いだとしても。
 そして……。

「──何でもする、か」
「バラダスさん……?」
「良かろう」

 小さく震える私の前で、老魔術師は囁くように、けれどはっきりとそう口にした。

「テルヴァンニらしからぬ温情を持つお前に、私も百年程度なら戯れてやる気が出た。お前が我が元で一年の間小間使いをする毎に、グニシスの民の命を一つ助けてやろう。さて町には一体何人の者が住まわるか……覚悟しろ、そう少ないわけではないぞ」
「!」

 それを聞いて思わず腰が抜けてしまった私を、思いがけず力強いバラダスさんの腕が支える。そのまま相手の胸に頭を預ける形になった私は、安堵の涙が滲む瞳でゆっくりと視線を上げる。

「さあ、話はついたぞ。これからは精々私の役に立て。お前はこのバラダス・デムネヴァンニに大きな借りを作ったのだからな」

 そう言って微かに笑ったバラダスさんに心臓が痛いほど鼓動を打ったのは、生涯を共に暮らすことになるであろう強大なウィザードへの恐怖からではなかった。

カテゴリー: Novel, TES3 タグ: TES Short Stories 2

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