星霜の月三十一日、今日はシロディールで言うところのオールド・ライフ・フェスティバルだ。過ぎ去った一年に想いを馳せ、また亡くなった人に追悼の手紙を書くというしめやかな日でもある。
──けれどこのテル・ミスリンでは、今まさに一年分の鬱憤を晴らすべく豪気な酒盛りが行われていた。
「だから私はあのバカに言ってやったんだよ、これ以上そんな薬を作り続けるつもりならあんたの塔は全部腐っちまうってね!」
「ギャハハハ!」
あらかじめレッチング・ネッチで買っておいたフリン、マッツェ、スジャンマに加え、本土から取り寄せたらしいグリーフやシェインまでもが並ぶテーブルには、スローターフィッシュの鱗やスクリブジャーキーといったダンマーの肴も揃っている。
塔の主の大魔術師様が研究に集中しているという名目で、これ幸いと私たちが下で飲み始めてからまだそう時間が経過していたわけではない。けれどあまり飲んでも酔うということのない私に比べ、エリネアさんやウルヴスさん、ドロヴァスさんやタルヴァス君は既にすっかり出来上がっていた。
「でも〜マスターはこれでも昔に比べれば人が丸くなったなんて聞きますけど〜……じゃあ以前は一体どれだけヤバかったんだって話ですよ!」
「ヒック……そんな頃にも代理人だかって言う弟子が付いてたんだろ? マスター・ウィザード様ってのはさすが違うねぇ……」
素面の時でもネロスさんからの扱いに愚痴を零さずにはいられないのに、こんな状態では当然上がるべくして槍玉に上がる話しかない。私は黙って他の四人の悲惨な心の叫びを聞きながら、空になったゴブレットに何杯目かわからないシェインを手酌で注いだ。
「──で? アルマ、あんたさっきから黙って飲んでるけど、あんたも言いたいことの千個や二千個あるんでしょ?」
「最初から桁がすごいですね」
コンベリーの薫りもふくよかなワインを飲み下すや否や、据わった目のエリネアさんに詰め寄られて私は思わず椅子を少し引く。それでも四人は新たな盛り上がりのきっかけを求めて、どうにか私の口を割ろうと普段よりも赤くなった目をこちらに向けていた。
「いや、まあ……ないとはもちろん言いませんけど、私はどちらかと言うともはや諦めの境地に入ってきたと言うか」
「いくらお前が人間でも、そんな歳で諦めてどうする!」
「そうだそうだ!」
「……わかりました。でも皆さんほどすごい目には遭っていないかもしれないですよ」
そう言った瞬間ものすごい勢いで〝それはない〟と全員から否定されて怯んだけれど、とりあえず最近の理不尽なネロスさんからの要求を話し、その場は一通り盛り上がった。
「……と言うか、あれだな。ネロスは感謝ってものを知らないよ」
「ですよねー!」
スクリブジェリーをスプーンの先でつつきながらウルヴスさんが呟き、完全にベロベロに酔っ払ったタルヴァス君が大声で賛同する。私は自分で持ち込んだスパイス入りワインの栓を抜きながら、つい先日のやりとりを思い出し頷いて後に続けた。
「私もこの前言ったんですよ、『頼んだ結果に満足しているならありがとうの一言くらいあってもいいんじゃないですか』って。当然まともに受け取ってもらえるとは思いませんでしたけど、マスター・ネロスは何て答えたと思います?」
「うーん。キレたか、頭が高いとか」
「目を開けたまま寝てて聞いてなかった!」
「前に一度くらいなかったか? 嫌々ながら礼を言ったこと」
「あいつがまともな言葉を話せるとは思わないね!」
「正解は『なぜ私がお前に感謝などしなければならない? アルマ、むしろお前が私のような最上のウィザードの側近くに仕えられる感謝をもっと示すべきではないのか?』です。もちろん真顔で」
「…………」
「いや、皆さん何か言ってくださいよ」
いっそみんなで爆笑するか、怒りにでも変えて忘れてしまおうと思っていた話だったのに、急に四人は黙りこくり、何か哀れなものでも見つめるような目で申し訳なさそうに私を見た。
「まあ……その……何だ、生きてればそのうちいいこともある」
「そうそう。希望を捨てちゃいけないよ」
「お言葉はありがたいんですが、何かいろいろと飛躍し過ぎてませんか」
私たちはそれぞれネロスさんとは浅からぬ付き合いがあるわけで、大なり小なり同じような経験をしているものだと思い込んでいたけれど、この反応から察するに必ずしもそういうわけではないのだろうか。あるいはごく単純に、誰も変人相手に真っ向から反論なんてしないというだけかもしれないけれど。
「いや〜アルマさんの話を聞くといつも僕なんてまだまだ恵まれてるんだなとありがたくさえ思えます……って、外から何か聞こえません?」
大変に失礼なタルヴァス君の言葉に反論する間もなく、嫌と言うほど聞き覚えのある大魔術師様の声が塔の上から響く。そして私がどうしましょうと伺いを立てるより早く、四組の赤いダンマーの目が再び私に向けられた。
「アルマ、どうせまたお前をご指名だ。早く行け、あっちが降りて来ないうちにな」
「……ではお言葉に甘えて、失礼します」
私は嫌だ、絶対に行かないと言い張り居座ることもできないわけではない。それでも私は立ち上がり、扉を開けて外に出てしまう。頭上に輝く星々の位置や傾きから察するに、あと半刻もしないうちに日付けが変わるという頃だろうか。メインの塔の中には本人以外に誰もいないと知っているのかいないのか、私の名前を叫び続けるマスター・ネロスの声は弱まるどころか大きくなっていくばかりだ。
上に上がればどうせまた茶を淹れろだの石を集めろだのと、今日が何日で今が何時なのかもまるで気にかけない雑用を頼まれるのだろうけれど。それでも私が絶対に来ると信じて疑わない傲慢で偏屈なウィザードのために、私は来たる新たな年もまたテル・ミスリンから離れられないに違いない。
