あなた物知りなのね

 大戦が終わり早数年。無慈悲なサルモールはタロスの信者を捕らえては見せしめに殺し、九柱目の神を崇める者は皆それぞれ身を潜めてこの地獄が過ぎ去るのを待つ。人生のほとんど全てでアイレイドの遺跡を研究してきたこのわし、マーティン・ガヴィニウスもまた、持てる限りの力を総動員して信者狩りの追っ手から逃れ、また退けてきた。
 重ねた年月の分だけ深みを増した魔術の知識に、威力と壮麗さを加味するアイレイドの技術を組み合わせる──魔術の極みに近いが故に逆に魔術に耐性のない、アルトマーの侵略者たちにはわしの攻撃は実によく効く。人里離れた場所にひっそりと佇んでいた朽ちた塔を手入れし、我が住まいと定めて後はこれと言った襲撃を受けることもなく、わしは大いなる警戒を伴いつつもひと時の平穏を享受していた。
 とは言えわしは非力な老人で、所詮は一介の付呪師に過ぎない。アイレイド研究にかけてはシロディールで右に出る者なしと自負してはいるものの、どんな守りもやがてはそれを打ち破る者が出てくるものだ。問題はそれが遅いか早いか、わしの命が尽きる前か後か、それだけなのだ。
 ──そしてよく晴れたある日、ついに運命の時が訪れた。

「や……やめろ! それ以上わしに近寄るな!」

 周囲の罠の見回りがてら錬金に使う野草を採りに塔を出たわしは、数メートル先の木立から今まさに姿を現したといった様子の女戦士を見た。見た目の若さにそぐわぬ異様な落ち着き、一欠片の動揺も見せない瞳。そもそもこの塔の周りはわしが仕掛けた付呪の罠で満ちているというのに、一つも発動した形跡がないことが相手の力量を雄弁に物語る。
 その上この女戦士は十中八九ブレトンだ。最も魔術に耐性の高い、わしが抵抗できない相手。

「こんにちは。マーティン・ガヴィニウスさんとお見受けしました」
「わしを殺しに来たんだな……? そうだろう! そうなんだろう⁉︎」
「心配しないでください、私は暗殺者ではありません」

 どことなく困ったように眉を寄せ、女戦士は敵意がないことをアピールするかのように両手を上げてみせた。だがその余裕に満ちたかのような言動が、わしの疑念をますます強めていく。

「騙されんぞ! どうせお前もサルモールが送り込んできた刺客に違いない!」
「それは……違うとは言いきれませんが」
「そら見たことか!」

 女戦士の仲間が潜んではいまいかと周囲を素早く探る間にも、吹き出す汗で身体が冷たい。この数年間心底安らかに眠れた試しもないからか、わしはサルモールに捕えられ拷問を受ける悪夢を何度も繰り返し見た。そんな惨劇が今にも現実のものになろうとしているのだ。頭に焼き付いて離れない悲惨な光景が我知らず口を突く。

「お前も……お前もわしを捕らえて酷いことをするつもりなんだろう! エロ同人みたいに! エロ同人みたいに‼︎」
「エロ同じ──いえ、そんなつもりは」
「さあお前は何を召喚する⁉︎ ハルメウス・モラの触手か⁉︎ それともモラグ・バルの拘束具か⁉︎」
「ガヴィニウスさん、ちょっと落ち着いてください」

 痛めつけられたわしの身体を舌なめずりしながら眺め回すナミラ信者や、用済みとなったわしがサルモールから与えられる瞬間を待ちきれない顔のオークたち。叫びながら飛び起きたいくつもの悪夢が次々に頭をよぎり、情けないほど手足が震える。

「これが落ち着いていられるか! おおタロスよ、哀れなわしをお救いくださ──がはっ!」
「あ」

 困惑していた女戦士の両の目がぱっと見開かれ、間髪入れずに若干間の抜けた声が響いたのを最後に、わしの記憶はぷつりと途切れた。

「……う……?」
「よかった。気がつかれましたか」
「っ⁉︎」
「突然気絶されたので、勝手に塔にお邪魔しました。すみません」

 慣れ親しんだ小さな塔の中、アルマと名乗った女戦士はそう言いながら上等な薬瓶をこちらに手渡す。わしは一瞬躊躇したものの、覚悟を決めてそれを口に運んだ。サルモールならばこれから殺す相手に値の張る薬など恵まない。奴らはタロス信者など虫ケラ以下だと思っているに違いないからだ。

「お前さんが殺し屋でないのなら、わしに一体何の用がある」
「私の地元で少し……困ったことがありまして。ぜひガヴィニウスさんのアイレイドについての知識をお貸しいただければと」
「……なるほど」

 その瞬間に思い至る、こんな辺鄙な場所まで届いた風の噂。かつてのこの地を支配した、凶悪なアイレイドの王セレマリルが蘇ったと。そしてそれがもし真実ならば、もはや一地域の騒乱だけで収まるような問題ではない。

「このアミュレットがあればヴァレンティス本人から儀式の詳細を聞き出せるかもしれん。持っていけ」
「ありがとうございます!」
「……っ」

 一通りの事情説明を受け、鍵となるだろう付呪品を差し出したわしに、飄々とした態度を崩さなかったアルマが初めて嬉しそうに礼を言って笑った。それを間近で目にしたわしは妙に体温が上がったような錯覚に陥り、思わず若い女戦士から視線を逸らす。

「ガヴィニウスさん」
「な、何だ」
「このアミュレットの石、もしかしてアイレイドのものですか? 先日アイレイドの遺跡で同じようなものが使われているのを見たので」
「──よく気づいたな!」

 わしは弾かれたように立ち上がると、アミュレットを掲げるアルマの手をつい興奮して掴んだ。女戦士が驚いたようにぱちぱちと目を瞬いたような気がしたが、久方ぶりに訪れた好機に精神が高揚しないはずもない。

「これはアイレイドの先祖信仰から分化した霊魂との交信手段、そこから発展した手法で主に使われている石だ。その起源は既にメレシック紀の文献にも言及はされているが──」

 そのまましばらく捲し立てるように言葉を紡いだ後ではたと口を噤む。蓄えた知識を披露する機会は何度あっても多すぎることなどないが、昔からわしの話は細かい上に長いと評判が悪かった。若かりし頃には想いを告げた相手からくどいと一刀両断にされたこともある。
 だがアルマとわしは初対面で、何ら気を遣ってやらなければならない間柄ではない。好き勝手に蘊蓄を垂れたところで、幻滅されてもいいではないか。大いなる危機を打開するための有力な手がかりを得られるならば、思う存分語りたいという欲望の発露に付き合うくらいどうということもないはずだ。
 それでもわしは確かに思った。この若いブレトンの女戦士から、つまらない話を聞かせるなと言わんばかりの冷たいまなざしを向けられたくはないと。
 しかし……。

「さすがガヴィニウスさん、噂通り大変博識でいらっしゃるんですね」
「……!」

 臆病な老人の想像を裏切るように、アルマの表情を彩っていたのは純粋な関心と敬意だった。わしが受けるものとしては恐らく初めてであろうそんな反応に、何と返せばいいのかわからなくなる。
 
「そうするとセレマリルを封じるためにはこの手の石の力が使えるかもしれないということでしょうか。もっと大きな力のあるものがいくつもないと役には立たないかもしれませんが」
「……アルマ……」
「はい?」
「お前さん……わ、わしの話に興味があるのか……?」
「えっ? はい、もちろんです」

 そうでないはずなどあるものかとでも言いたげな、真っ直ぐにこちらに向けられた瞳。例え剣を振るう方を生業として選んでいても、ブレトンの身体の中にはその血と同じくマジカが巡っている。だからこそわしの話にも耳を傾けたのだろうと頭ではわかっているが、それが他ならぬこの女戦士であるということがどうにもこそばゆい。

「ではそろそろ行きましょうか」
「行く? どこにだ?」

 何とも言えない奇妙な感情に戸惑うわしを知ってか知らでか、アルマはちらりと窓の外に目をやると静かに立ち上がる。

「私の故郷、リバークレストです。ここにガヴィニウスさんがいることは既にサルモールが把握していますので、このまま留まっているのは危険ですから」
「ふむ……」

 サルモールの審問官からこの場所を聞いたというアルマの話に基づけば、塔に残るということは自殺行為に他ならないだろう。手早く重要な資料を封じ身の回りの荷物をまとめたわしは、黒檀の鎧に身を包みつつも足音一つ立てないしなやかな戦士の後ろをついていく。こんな風に遠出をすることもここしばらくはなかったはずだが、アルマの後ろを歩いていればなぜか疲れは感じなかった。

「……ガヴィニウスさん」

 そしてリバークレストの町の外壁が遠目にもはっきりと見えてきた頃。女戦士はくるりとこちらを振り向き、じっとわしの目を見つめる。脈が不規則に早まり、瞬きの回数がやけに増える。

「ど、どうした。サルモールの兵士でもいたか」
「いえ、ただ……」

 アルマは一度そこで言葉を切り、短く視線を外した後で何かを決意したようにもう一度目を合わせた。

「これからエロ同人の導入のような出来事に見舞われたとしても、あなたは私を信じてくれますか?」

 また困ったように眉を寄せてはいるが、その声とまなざしは限りなく真摯だ。これまで何年もの間サルモールの魔手から逃げ延びてきた経験からしても、わしにはわかる。共に過ごした時間は短くとも、アルマは信用に足る人物だと。

「ああ、信じる。だがエロ同人の導入とは……?」
「信じていただけるならそれだけで十分です。なるべく早く助けに行きますので」
「……助ける?」

 訳がわからず閉口するわしに微笑みながら一度頷くと、若い女戦士は再び前を向き町への道を辿っていく。わしはその後ろ姿を追いかけながら、今し方の言葉が意味するところを考える……たまたま宿に空きがなくアルマの家でなし崩し的に同居することになるであるとか、わしの付呪師としての腕に感銘を受けたアルマが毎日昼夜を問わず押しかけてくるであるとか、その過程で嬉しくも破廉恥な偶然の出来事が度重なったりするであるとか。
 エロ同人の導入とは、何も過激である必要はない。明るく楽しくいかがわしい書物とは、得てしてこういう路線であるべきなのだから。
 ……ところが。

「遅かったではないか、アルマ! ん? 何だその男は」
「ヒッ⁉︎」

 町の門をくぐるなり仁王立ちでアルマを待ち構えていたサルモールの女によって、わしの甘く淡い幻想はたちまち粉々に打ち砕かれる。そして恐怖に足が竦んで動けないわしを尻目に、女戦士はサルモールの審問官とにこやかに会話を始めた。

「アラナンデさん、すみません。でも件のガヴィニウスさんをお連れしましたので」
「何だと⁉︎ 貴様……私はこいつを生かしておくなと言ったつもりだったのだがな!」
「ヒイッ!」

 わしが力なくサルモールの兵士に連行されていく間、アルマがほんの一瞬申し訳なさそうな目配せをこちらに送る。あれはそういう意味だったのか? これからわしはとても口にはできないような目に遭うのか⁉︎ エロ同人の導入は導入でも、無理やりあれこれされる方のやつだと言うのか⁉︎
 〝なるべく早く助けに行く〟と言ったアルマを信じるべきか、それとももはやそんな希望など葬り去ってしまうべきか。冷たい牢の中にただ独り取り残され来るべき尋問に怯えるわしは、それでも願わずにはいられないのだ──どうか手遅れになる前に早くわしを救いに来てくれ、と。